第33話 寝坊助は起こすでしょう
「やあ、女神」
非常に軽いノリで、黒い魔道士がやってきた。
アリアはサイズが合わなくなった衣装を、何とか魔力で自分の体に固定していた。しかし、身長がかなり縮んだせいか裾が長すぎる。胸のブカブカはそれなりにごまかせたけど、丈がどうにもならなかった。
「えーっと、女神?」
アリアは小首を傾げた。ここにいるのは自分だけなのだが?
「後ろの、茨の中にいるんだよ」
振り返って、茨の塊を見つめるけれど、どう見てもそれは茨だった。もしかして、かぐや姫のようにみきの中に?いや、茨は竹のように空洞はない。
「女神の石が光ってる」
懐から赤と青の石を取り出して、黒い魔道士はそういった。2つの石の光は、何かを呼ぶようにやや不規則に光を放っていた。
「なぁ、私を呼んだのはあんたなんだろ?女神」
黒い魔道士はそう言って、茨にそっと手を触れた。
「あ、あの……」
茨が緩むと、その中に女の人が座っていた。
座っていたのだが、その女の人は茨の隙間からこちらを覗くだけで、出てこようとはしない。
「引きこもりかよ」
黒い魔道士がそ言うと、茨の隙間が少し開いた。
「ごめんなさい」
女の日の声は、意外と若かった。
「土の女神なの?」
ある程度この世界の秘密を探っていたアリアが、力の波動を感じて口にする。茨の中から感じるのは土の力だ。
「いえ、あの…ごめん、なさい」
消え入るような声でそう呟くように言うと、女の人が項垂れるのが分かった。
「人のこと呼びつけといて、これはないんじゃない?」
黒い魔道士は、腕組みをして仁王立ちした。
「まぁ、助けてっていうんだから助けるけどね。ただ、私ら全員を元の世界に戻してもらうからね」
「え?そ、それは…」
茨の中で女の人は慌てていた。一人じゃなくて、複数を元に戻すとなれば、なかなかな力が必要だ。
「文句を言うな、お前は創世の女神なんだから、できて当然だ」
「…分かりました」
「あと、私の息子が見つからない。どこにいる?」
「あ、聖教国家にいると思う」
質問に答えたのはアリアだった。
「聖教国家?」
黒い魔道士が、聞き返す。
「えーっとね、トーマくんのお母さん。あの、本当にごめんなさい。私とトーマくん、聖教国家に落っこちたんだけど、あそこの人達に取り囲まれた時、私怖くて、トーマくんを、置いて逃げちゃったの」
アリアから、まさかの告白だった。
女神の力を持ったまま、黒い魔道士は聖教国家を目指していた。
最後の力を持つ、水の精霊ウォーレルは海の中にその力を見つけられなかった。おそらく、聖教国家の神殿辺りで寝ているはずだ。ゲームの設定に限りなく近いのなら。ただ、厄介なのは水の精霊の弱点は土なのだが、上手く捉えられるかが心配だ。
それに、トーマがどんな状態で聖教国家に滞在しているかも気になる。
ギリギリまで近づいたところで、ウォーレルがどこにいるのか感知できた。やはり神殿の際置くで女神像の足元にある噴水の中で寝ていた。
黒い魔道士は、躊躇いなくウォーレルを目指して飛んで行った。
火と風の力を感じて、ウォーレルは二人が帰ってきたのだと感じた。外の世界をフラフラと飛び回るのが好きな二人とは、ウォーレルはなかなか仲良くなれなかった。享楽をなにより好むのは同じだが、ウォーレルは動き回るのが好きではなかった。
寝ているのが好きなのだ。
だから全く気がつかなかったのある。眠る自分に近づくのがウィンディーとフリーディアでなきことに。
そうして、気がついた時には胸に痛みがあり、水色の石が自身から抜き取られていた。
「ぁっ………………」
声が出たのかさえ分からないぐらい、空気の振動と言えばそれまでのものだった。ウォーレルはあっという間に色を失い、言葉を失った。
女神の石は黒い魔道士の手にあった。
取り返そうとして起き上がり、手を伸ばしたが、自分の体の輪郭が朧気になる。
色を失った体は、周りの空気に溶けていく。揺らめく大気のように、じんわりととけてなくなる。
水の精霊は、最後に自分たちの像を見た。
「これで揃ったな」
黒い魔道士は満足気に神殿を見回した。周りに人の気配がない。随分といい加減な神殿だ。黒い魔道士は、ゆっくりと歩いて人を探すことにした。
この世界で一番の力を有している以上、聖教国家の兵士など恐れるものではない。
神殿の地下に入ると、そこに簡易的な牢屋を見つけた。
「ゲームでは、ここには来なかったな」
そんな独り言を呟くと、黒い魔道士は牢屋の一つ一つを確認する。聖なる力で閉じ込めるらしく、床も天井も白い。施されている光魔法のせいなのか、不思議と体が楽になってきた。
「浄化魔法でも発動してるのかな?」
黒い魔道士は、そんなことを呟きつつ、閉じられた牢屋をようやく見つけた。
「トーマ」
真っ白な床に、ずっと探していた息子の姿をようやく見つけた。
「う、ん」
光魔法が発動してるおかげなのか、トーマは肌ツヤのとても良い状態で寝ていた。おそらく、睡眠に囚われている状態なのだろう。
「トーマ、おはよう」
扉を開けて、黒い魔道士は牢屋の中に入った。
「う、うーん」
「トーマ朝だよ」
優しく声をかけると、ようやくトーマの目が開いた。
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