第32話 おしおきするから覚悟しな

「人のモンに、手ぇ出すんじゃねー!」

 あきらの呟きが終わると同時に、黒い魔導士が空中に現れた。


 フリーディアの、ほぼ真上。


 存在に気がついて、フリーディアが避けようとするより早く、黒い魔導士がフリーディアを殴っていた。

 もはや、グーパンチである。

「魔導士、どこいったの?」

 石畳に伏せたまま、あきらはその攻撃に弱々しいツッコミを入れた。

 全身魔道具をつけているから、黒い魔導士の攻撃は全てに魔力が宿っているのだが、だからといって魔法を繰り出さないで殴り続けるというのは、魔導士としてどうなんだろう?


 ようやく痛みが引いたので、あきらはゆっくりと起き上がった。

 そして、空中でフリーディアとなぜか接近戦をしているお母さんを見つけた。

 フリーディアが、自由飛行できるのは分かるけど、なぜにお母さんまでできるのか?そう考えているうちに、あきらはお母さんが身につける黒い魔道具と、同じ色をした羽をつけていることに気がついた。やや小さめだけれど、間違いなくそれは、ブラックドラゴンの羽だった。


「お母さん、それはチートすぎるよ」

 お母さんのめちゃくちゃに、あきらはただ呆れるしか無かった。が、その戦い方が一番被害が出ない戦い方だと、あきらはちゃんと理解していた。

 それに、空を見上げれば神様のはずのフリーディアが黒い魔導士と殴りあっていて、なおかつ炎をあちこちにばらまいている。

 しかも、時折「ニンゲンのくせに生意気よ」とか、「死ねニンゲン」なんて、叫んでいるのだ。

 そんなものを見てしまっては、この世界の住人たちは神の存在を疑うだろう。

 おそらく、それさえもお母さんの作戦だ。


 疑問を持たせる。


 この世界の神とはなんぞや?


 そう、疑問を持たせるために。小さな疑問が、大きな疑念に変わる様に。

「どうした?精霊」

 お母さんは、フリーディアを煽りに煽った。殴りあっているようで、実際はほとんどお母さんは殴られていない。フリーディアは、殴るという行動が出来なかったのだ。普段からなんでも魔法で片付けていたし、ニンゲンを下僕のように扱って、何でもやらせていた。言うことを聞かないニンゲンなんていなかったから、力任せにするなんてしたことがない。腹が立って八つ当たりをしたこともない。


 だから、殴るという動作がわからないのだ。


 お母さんから殴られると、そこに魔力がのっているため、フリーディアは魔法が飛ばされていると解釈して、お母さんと同じ動作で魔法を飛ばしているのだ。

 だから当然お母さんに当たらないほうが多く、お母さんは実弾として自分の拳を確実にフリーディアに当てていた。


「ふざけるなっ!私は神よ」


 精霊呼ぼわりされて、フリーディアは怒ったけれど、お母さんはそんなことぐらいで怯えたりはしなかった。

「へぇ、神様のくせに私一人倒せない?」

 空中で止まって、お母さんはフリーディアにそう告げる。

「私は神よ!」

 そう言って、フリーディアは炎の塊をお母さんに投げつけようとした。が、お母さんは指先ひとつでその炎を消し去った。

「な、なに?」

 自分の魔法が消しさられて、フリーディアは慌てた。


 女神の核を持っている自分の魔法が消された?


 フリーディアの疑念は大きくなる。なぜ勝てないのか?自分は神であるのに!

「どうした?精霊。、もうお終いか?」

 お母さんは、笑いながら言うと、詠唱もなくちょっとした動作で魔法を放った。

「きゃあああ!」

 放たれた魔法を浴びて、フリーディアが悲鳴をあげる。火の女神でなあるので、水魔法は全身が切り裂かれるほどの激痛を与えるのだ。


 だが、この魔法はふざけてウォーレルから浴びせられた魔法より数十倍も痛かった。

 享楽のために生きてきたフリーディアにとって、この痛みは耐えがたかった。もとより、痛みなんて知らなかった。

「なんなの?」

 急に力を失って、フリーディアは墜落した。みっともなく石畳に叩きつけられた。

 それは、とてつもない屈辱であった。

「どうした、精霊?」

 墜落したフリーディアの真正面に、お母さんは立っていた。

 フリーディアが墜落したのは、広場だった。

 街が燃えて、逃げ場を失った人々が集まっている広場だった。

 人々が、堕ちた女神を眺めている。



 しかし、人々は何もせず、また何も言わなかった。

 女神が落ちてきた。自分たちを救うために来てくれたのだろうか?街中が燃えているから、消しに来てくれたのだろうか?それにしては、空中で争っていたような気がする。

 女神を前に人々は何も出来なかった。

「ふざけるな、ニンゲンのくせに」

 しかし、女神の口から発せられたのは慈悲の言葉ではなかった。

「あーあー、よくそんなこと言えるよね」

 空中から堕ちた女神を見下すのは黒い魔導士。

「黙れ!ニンゲン」

 フリーディアは魔力を集中させて、黒い魔導士目掛けて解き放とうとした。が、

「なっ」

 フリーディアの魔力はその場に留まり、放たれたりはしなかった。

「いい加減、理解しろ」

 黒い魔導士は冷たい目をフリーディアに向けた。

「この世界を創りし創世の女神の名を忘れたお前の魔法は、ただの精霊魔法に成り下がったんだよ」


 それを言われても、フリーディアは理解しない。


「ニンゲンのくせに、ニンゲンのくせに!」

 足掻いて魔力を放とうとするが、全てが不発に終わる。

「仕方がないか、教えてやるよ」

 黒い魔導士は、ゆっくりとフリーディアの前に降りた。

「『創世の女神ーーーーの名において、』」

 巨大な水魔法が展開されるが、もはやフリーディアにひそれを消し去ることが出来なかった。体が言うことを聞かないのだ。

「あ、ああ」

 フリーディアを巨大な水柱が覆った。

 まるで氷柱のようにフリーディアが閉じ込められた。

 その柱に、お母さんがゆっくりと近づいて来た。


「創世の女神の力の前では、所詮精霊は無力だな」


 動かなくなったフリーディアに、黒い手袋をしたお母さんの手が伸びる。そうして、その手はそのままフリーディアの胎内に深く潜り込んだ。

「見つけた」

 何かを見つけ、嬉しそうにそれを掴み取り出した。

「火のクリスタル」

 黒い手袋をした手が、赤い結晶を掴んでいた。

「………………」

 水柱が消えて、フリーディアがその場に座り込んだ。フリーディアから色が失われていた。そして、声を発することも出来なくなっていた。


「創世の女神の力が無くなれば、ただの精霊になりさがる。言葉も失ったんだろう?」


 赤い結晶を懐にしまいながら、お母さんが残酷にそう告げる。

 色を失ったフリーディアは、目を大きく見開いてお母さんを見つめていた。口が動くけれど、言葉は紡がれない。

「確か精霊の寿命は10日ほどだったよな?」

 歪んだ笑みを浮かべてそう言うと、フリーディアの輪郭が朧気になってきた。


「創世の女神の力を得て随分と長生きをしたもんだ。だが、もういいだろう?」


 目を見開き、口をパクパクと動かすけれど、フリーディアからは何も聞こえなかった。そして、朧気になった輪郭が崩壊していく。


「時間だ」


 お母さんは、それが完全に消え去るのを見届けると、あきらの元にやってきた。

「ボロボロだなぁ」

 揶揄うように笑って、あきらの頭を軽く撫でた。それだけであきらの怪我がたちどころに消え去った。

「街も戻さないとなぁ」

 お母さんはそう言うと、掌を地面にあわせた。

「『創世の女-----の名において』」

 掌を中心に街が戻っていく。燃えたり崩れたりした街並みが、元に戻っていった。

「凄い」

 ここまで巨大な再生魔法を、あきらは初めて見た。さすがはチートなだけはある。

「創世の女神の力があるからな、割と簡単」

 イタズラが成功した時のような顔をしてお母さんが立っていた。

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