第31話 ひとのものに手を出すやつは容赦しねー

 公爵の邸で、ゆっくりとくつろいでいると、眼下に見える街並みが不穏な空気で満ち溢れた。

 あちこちから煙が上がっている。


「何事?」


 セラスが不安げな顔でお母さんを見た。

 立ちのぼる煙からは火を連想させる。それは、すなわちセラスにとっての恐怖の記憶。聖教国家の魔女狩りである。

 誰かが魔女狩りにあっているのでは?とセラスは不安になった。が、お母さんはそんなセラスの頭を優しく撫でた。


「魔女狩りじゃない」


 それを聞いて、一瞬安堵の顔をしたけれど、

「もっと厄介なのが来た、セラスはアルクと隠れていろ。あいつに見つかると厄介だ」

 立ちのぼる煙から、厄介なのがやってきた気配がよく伝わっていた。

「あきら、なんだってあいつらは自分からやってくるのかな?」

「自己主張が激しいんでしょ」

 あきらは分かっていた。どうせ、ゲームの時と同じぐらい凶悪なお母さんが暴れ散らして元凶をぶっ潰すんたろーなぁ。って。




 街はだいぶ燃えていて、あちこちから焦げた匂いがした。

 あきらは、漠然と石畳が燃えるのを眺めた。

「石、燃えるんだ」

 何が燃えているのか分からないけれど、石畳が燃えているのは不思議な光景だった。戦争で油の着いた火矢が飛んできたわけでもなく、ただ、石畳が燃えているのだ。

「石を燃やすのは相当な熱量が必要なのに、大して熱くもなく燃えているのは変だよね」

 とりあえず、あきらは目につくところを消火してみるが、根本的な解決にはならないと分かっていた。


 元凶を叩かないと。


 とりあえず、お母さんの邪魔はしないようにしよう。と、あきらは辺りを見渡した。元凶の気配はそこはかしこにあった。その辺で燃える火から気配を感じるのだ。それで納得する。やはりそうなのだ。と。

「お願い、助けて!」

 切羽詰まった声に、あきらは振り返った。

 ほぼ街全体が火の海になっていて、人々は逃げ惑っていたが、女の人が、あきらを見るなり駆け寄ってきたのだ。

「助けてください」

 アニメで見たようなシュチュエーションが、自分の目の前で起きている。

 言われて指さすそこを見れば、2階の窓から女の子が顔を出していた。


 逃げ遅れたのだろう。


 火事ではないので、突然燃え広がってわけが分からないままそこにいたとは容易に想像がついた。

 あきらにとっては、2階の女の子を助け出すなんて、造作もないことだ。魔法で飛んで、女の子を抱き抱える。そして、下に降りようとした時、炎の塊があきら目掛けて飛んできた。


「え?」


 咄嗟に防御の魔法を展開したが、降りる体制になっていたため、バランスを崩して落ちてしまった。防御魔法のおかげで、石畳に叩きつけられる。と言うことはなかったけれど。


「あんた達ね」


 そこら辺の炎から、悪意が向けられたのがわかった。

 さすがといえば、流石なんだけど、こんなことして本当に大丈夫なのかと逆に心配になる。

「これが神様のやること?」

 あきらは女の子を抱き抱えたまま、一番意思が集まっている炎に向かってそう言った。

 女の子を母親の方へ行かせたら、そこを狙われるのはお約束すぎて笑えない。


「かみさま?」


 女の子は、そう言ってあきらの顔を見る。そしてキョロキョロと辺りをみるが、女の子には神様の姿は見えない。

 防御の魔法を展開したまま、あきらは辺りの気配を必死でよんだ。その化身である相手は、この周りで燃え盛る炎の中全てに潜んでいるわけで、どんなに警戒をしても、女の子を守りきれる自信はなかった。自分一人なら何とかなるけど。

「聖なる炎で浄化してあげるわ」

 声が聞こえると同時に、悲鳴が聞こえた。

 女の子の母親が炎に全身を焼かれていた。

「ママァ!」

 それを見た瞬間、女の子が走り出す。そこを狙って炎が女の子に飛んできた。

 耳を塞ぎたい悲鳴が女の子から発せられた。

 あきらはすぐに女の子の火を消したが、見事に全身が焼かれている。

 あきらが憎しみを込めた目でにらみつけると、炎を中からソレがようやく姿を現した。


「おっかしーの、すぐに死んじゃえのねぇニンゲンって」


 不愉快な笑い方をする女。赤い髪に赤い瞳、炎のような衣を纏ったフリーディアが姿を現した。

「あんたがそうなの?」

 気だるげにあきらに問う。

 一瞬、何を言っているのか分からなかったけれど、何を言っているのか理解出来た。お母さんを探しているのだ。

「言ってる意味がわからないな。分かりたくもないけどね」

 あきらはこの世界に来て、本気で怒っていた。ヒロシたちに向けたのとは違う。

 腹の底から湧き上がる、どうしようもない憤り。


 こんな奴のせいでこの世界に召喚された?こんな奴のせいで?


「誰に向かって口聞いてるか分かってる?」

 言うなり炎の塊があきらに飛んできた。

 防げる。

 ゲームの時と同じだ。

 防げる。

 同じ精霊魔法だと、直感した。

 あきらが防ぎ続けるので、フリーディアがだんだんイライラしてきた。

 神である自分の魔法を防ぐ存在なんて、彼女は知らない。自分は絶対だと思っているから、自分と互角の存在なんて受け入れられない。

 あきらは分かっていた。対峙するフリーディアが神ではないことを。本当の神の名前は知らないけれど、放たれる魔法が精霊魔法だと理解出来た。だから、対峙しているのは神ではない。


 そして、ゲームを介してこの世界に召喚されたあきらは、存在自体がチートなのだ。この世界の住人たちと比べたら、強い。

 強くなる為の理屈が分かっているから。

 名前はわからなくても、その存在を信じること。

 それだけで、1.2倍は強くなっているはずだ。

 だから、フリーディアの魔法を防いでも、あきらのHPは削られていない。体力の消耗を感じない。


「なんなの!あんたっ!」


 フリーディアはそのイライラをそのまま魔法に乗せてあきらに叩きつけていた。あきらは防ぐことは出来ても、反撃が出来ないでいた。下手に反撃をすれば、街が壊れる、ここに住むこの世界の住人たちが死んでしまう。

 まだ、中学生の常識あるあきらは、異世界とは言え、誰かの命を、傷つけることに、躊躇した。



 いつまでも、、いつまでも、自分の攻撃を防ぎ続けるあきらに、フリーディアは苛立ちがつのっていった。

 自分の思い通りにならないなんて、いままでそんなことはなかった。なんでも思い通りになって、ニンゲンたちは自分に平伏してきたのに…


「なんなの、もう!」


 苛立ちが募りに募ったのか、先程までと比べ物にならない炎の塊が発生し、あきら目掛けてとんできた。

 防げる。が、弾いた炎から発生する魔力はどれほどだろうか?あきらは躊躇し、受け止めてしまった。

 飛んでくるその威力を受け止められたけれど、受け止めてしまったために、追撃された炎に、対処できなかった。


「ーーーうっ」


 受け止めた炎の塊を消滅させているうちに飛んできた二激目が、あきらの、頭に直撃した。魔道具の装備をしているが、それでも普通に痛くて、あきらの体は軽く飛ばされた。

 石畳に叩きつけられると、普通に痛かった。

 魔道具の装備が軽減してくれたから、火傷とか頭部が消し飛ぶとかはなかったけれど、激突して吹き飛ばされ、叩きつけられる。なかなか、痛い。

 見た目上はなんともないけれど、あきらは地味に痛かった。

 体育の授業でやったドッチボールだって、こんなに激しくボールはぶつからないし、サッカーでぶつかったとしても、こんなに飛ばされることは無かったし、うっかりぶつかったバスケットボールだって、こんなに固くなかった。


 生まれて初めて全身に満遍なく受けた痛みで、あきらは泣きそうだった。いや、泣いているかもしれない。いっそ気絶した方が楽だったかもしれないのに、魔道具の装備がいい仕事をして、あきらが受けた痛みは気を失うほどではなかった。

 起き上がろうと思った時に、更に炎の塊が飛んできた。

 避け無きゃヤバいやつ。とは思ったけれど、殺された時より痛くてあきらは動けなかった。

 ああ、やだなぁ、とは思いながらもあきらはなすすべなく炎の塊を全身で受けた。受けたくなかったけれど。


「なによ、たいしたことないわねぇ」


 フリーディアが愉悦をもった言葉を発する。

 倒れているところにバスケットボールを立て続けに当てられた状態のあきらは、泣く寸前だった。死にはしないけど、とにかく痛い。魔道具の装備のおかげで、外傷がないだけマシかもしれないけれど。

「燃えちゃいなさい」

 フリーディアがそう言って魔法を繰り出そうとした時、

「…て、おか…」

 あきらが何かを呟いた。

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