第30話 回収するから邪魔するなよ
謁見の間には奇妙な空気が流れていた。
この場にいあわせた人々は、黒い魔導士が消し去ったのが何であったか正しく理解出来ていなかった。否、理解したくはなかった。
あれは正しく神ではなかったのか?
心に過ぎる疑問は、決して口にできることではなかった。
「説明をしてやろう」
黒い魔導士は、王の御前であっても態度を改めなかった。
「この世界の住人たち、よく聞き考えろ」
よく通る声で話し始めた。不快に感じない音程が、すんなりと耳に入る。
「そもそも、この世界の神が間違っていた」
言われて動揺がはしるものの、誰も声には出せない。なぜなら、先程見た事があるからだ。
「聖教国家に祀られている三人の女神、そもそもそれらが神ではない。精霊だ」
続けて言われて、人々は異議を唱えられなかった。あれの最後は正しく精霊の最後だった。短い寿命を終えて、霧散する。色彩のない体が精霊であった。
「かつてこの世界は一人の女神によって創成された。女神が丹精込めて作り上げたこの世界は、女神の愛情を注がれて素晴らしい世界になった」
人々は、黙って黒い魔導士の話を聞いた。
自分たちの知る創世の歴史と少しだけ違うその話を。
「女神の作りあげた世界には、人も魔物も精霊もいた。精霊はその短い命から楽しむことだけをして消えていく。ある日女神の回りに生まれた精霊が、女神の持つ力の石に触れた。すると、体に色彩が宿った。それを享楽と捉えた精霊は、次々と女神の持つ石に触れ、自らに色彩を纏ってはしばらくして消えていった。だが、たくさんの精霊がそんなことをしたがったため、女神の持つ石が落ちてしまった。女神は慌てたが、精霊たちはもっと慌てた。誰か一人が石に飛びつくとその石が体の中に入り込んだ。すると、その精霊は色彩を纏うだけでなく、石からの力をも手に入れた。それを見ていた他の精霊も、同じことがしたいと女神の持つ石に殺到した。女神は慌てたが、溢れすぎた精霊たちは、享楽だけの感情で暴れ回り女神から石を奪った。慌てた女神は、最後のひとつを体内にしまい込んだ。水、風、火の石はそれぞれの精霊の体内に宿り、それらは勝手に女神と名乗った。石からの力を自分のものとし本来の女神から最後のひとつさえ奪い取ろうとした。とんでもないことになったと気づいたものの、三人相手では1つしか石を持たない状態では勝てる気はしない。創世の女神は最後のひとつの石を体内宿したまま逃げ出した」
長い話を人々は黙って聞いていた。
話を聞けばなんとなくは理解出来た。先程取り出された石の正体も。だが、それをなぜこの魔導士がさわれたのか?
「ひとつ、聞きたい」
王が口を開いた。
「どうぞ」
黒い魔導士は王に笑顔を向けた。
「なぜに其の方は女神の石を集める?いや、そもそもなぜこのことを知っていてのだ?」
王の質問はふたつになったが、黒い魔導士はきにしなかったらしい。
「呼ばれたんだよ、この世界の神に」
なんてこもはない。とそんな態度。
そして、若干の苛立ちを含んだ言い方で、
「『助けて、お母さん』ってね」
ゲームのシステムを利用して、創世の女神に異世界召喚されたなんて、笑えないどころか、ただ呆れるだけである。
「まぁ、要するに、だ」
黒い魔導士は、あっさりと自分の目的をバラした。
「この世界の神を復活させて、元の世界に帰る。ってのが目的だよ」
そのために偽物の三人の女神を葬る必要がある。だから、聖教国家が邪魔である。
「まぁ、あの三人の女神がいなくなったら、聖教国家の力は無くなるだろうけどね」
魔女狩りだの、お布施の強要だのなくなって、平和になるだろうねぇ。って笑いながらいわれると、どうしようもなく背中が寒くなるものだ。
「あと二つ、きっちり回収するから邪魔するなよ」
黒い魔導士はそう言うと、魔女の道具を使ってさっさと帰ってしまった。
後に残された人々は、固唾をのんで王を見つめた。このことをどう処理するのか?
「箝口令だ」
王は低くそう言った。
このことがおおやけになれば、国だけ出なく、この世界が混乱することだろう。
謁見の間にいた人々は、その言葉を聞いて胸をなでおろした。とてもではないが、こんな恐ろしいことは口にできない。言ってはいけないことになったことが、こんなにも安堵できることになるとは思いもよらなかった。
「アリアがひかり?」
船で戻ってきたために、お母さんから遅れること10日。ヒロシとこーたとヒロトが帰ってきた。もちろん、その他の冒険者たちもである。
参加者は順番にギルドから参加料という名の報酬を受け取り、新しいクエストを探したり、久しぶりの食堂でくつろぐ者もいたりして、そこそこな喧騒があった。が、そんなことを気にしないぐらい、三人は異口同音、新たな事実に素直に驚いくれた。
「召喚した神様の手抜きとしか思えない」
これだけご近所同級生が一度に異世界転移させられていると、神様が手抜きをしたとしか思えなかった。
「そうじゃない」
お母さんが、手を振って否定する。
「ゲーム内でこの世界の歪に気づいてしまったのが、こんなにも身近に二人もいたことが、異常だ」
お母さんの、言わんとすることが、三人にはよく分からなかった。
「この世界の歪?」
あきらが怪訝な顔をして聞いてきた。
幼なじみの悪ガキ三人のマヌケ顔を無視して、あきらは食い気味に聞いてくる。
「あきらには調べさせたよね?この世界の神について」
「うん」
「この世界の真実について、アリアもたどり着いた一人だ」
お母さんの言わんとすること、それは、つまり、
「アリアも本当の神に会った?」
「会えてはいない。だけも、真実に気がついた。だから土魔法が使える」
それを聞いて、三人の顔が真顔になった。
「なにそれ?」
「この世界の真実の、神の名を知らなければ蘇生魔法は使えない。アリアは土魔法は使えるけれど、蘇生魔法は使えない。つまり、歪の真実にたどり着きはしたけれど、本当の神にはたどり着いていない」
「お母さんは、たどり着いた?」
「そう、だから神の名において蘇生魔法を行使できる。その反対に神に出会えていなければ、名前を聞いても使うことが出来ない。この世界の住人が本来の神の名前を聞き取れないように」
「ちょっと難しい」
ヒロシが項垂れた。直激思考のヒロシには、聞いても分からないとか、聞こえないとか、そんなフィルターの話は要領を得なすぎて、意味不明、理解不能のようだ。
「前にも言ったけど、神様は信じて貰えないと存在出来ないんだよ」
「わかった」
つまり、信じるものは救われる。ってことと解釈する。
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