第29話 お母さんは怒ってますよ

戻るのにめんどくさくなり、魔女のアイテム魔法の鍵を使って、さっさと公爵の邸に帰ることにした。

 が、冒険者であるヒロシとこーたとヒロトは普通に置いてきた。

 茨の正体が分かったので、さっさと国王に報告してしまおうとモリアナ公爵と、転移門を使って謁見の間に行くと、他の公爵たちも合わせて謁見の間に集まってくれていた。


 あの時と同じように、騎士やら宮廷の文官やらが後ろに控えて静かに待っている。メチャクチャをする黒い魔導士に、多少の、警戒を持っているのかもしれない。

「して、茨の正体とは?」

「私たちと同じ転移者だね」

 サラッと言って、様子を伺う。

「この世界に降り立った時、聖教国家の神殿だったんで、驚いてあそこまで逃げ込んだそうだ」


 簡潔にまとめるとそうなるのだけど、本人からしたら恐怖でしか無かっただろう。なにしろ、目の前にあの三人の女神がいたのだから。


 驚いて、咄嗟に自分の周りに茨の檻を展開してしまったら、三人の女神たちがそれを壊そうと攻撃を仕掛けてきたので、もうダメだぁ、と思ったらあそこにいたらしい。物凄い瞬間移動なのだが、この世界も地球のように丸いと仮定すれば、ほぼ真逆に突き進んだだけになる。土魔法のなせる技、ということにしておきたい。


「しかし、その『茨の檻』とは何の魔法なのか?」

 王が問おうとした時、空気が歪んだ。


「あんた、何者?」


 空気が凝縮していると思えるほど、ソコに集まっていくのがよく分かった。ソコから、居丈高な女の声がした。

 謁見の間にいた人々は、みな警戒をしたが、黒い魔導士だけは飄々とソコを笑って見つめていた。

「先にテメーが名乗れよ、精霊」

 鼻で笑ってそう言うと、公爵たちに手で下がれと合図を送る。おっぱじめるつめりらしい。ここは謁見の間だと言うのに。

 ソコと、対峙しつつ黒い魔導士は自分の背後に結界をはった。それを見て、更に内側に魔導士たちが結界を施す。


「誰に向かって口を聞いてるか、分かってないんじゃない?」


 ソコから現れたのは、青い髪に青い目をした女だった。

 その姿を見て、驚愕したのは王宮の人々だった。とんでもないものが来てしまった。そう知って、気分は奈落の底に突き落とされる。が、

 黒い魔導士は、態度を変えるわけでもなく、宙に浮かぶ青い女を見て軽く笑っていた。

「偉そうにするなよ、精霊」

 もう一度、今度はもっとハッキリとそう言った。


 精霊


 それがどれほど相手を怒らせるのかよくわかった上で。

「舐めた口聞いてんじゃないわよ」

 その青い目を怒りで満たして、女は魔力を放った。

 風が刃となり黒い魔導士を目掛けて飛んでいくが、黒い魔導士は微動だにせず、軽く払う仕草でその魔力を消し去った。

「なんですって?」

 青い髪の女は今しがた起きたことを受け入れられなかった。

 自分の魔力を片手で消した?この世界で、私を凌ぐ者がいる?そんなのはありえない。あってはならない。そんなことが出来る存在は、随分前に自分たち三人でどこかに追いやったのだ。


「ウィンデー、精霊の分際で随分と好き勝手やってくれたな」

 黒い魔導士はそう言うと、指先から何かをはじき出す。

 ちっぽけな塊がウィンデーに向かって飛んできたが、いつもの通りに消し去ろうとして、それが出来ないことにウィンデーは驚愕した。

「どういうこと?!」

 消し去ることが出来なかった塊が、ウィンデー目掛けて速度を変えずに飛んできた。なすすべなくそれにぶつかるのは腹ただしいので、ウィンデーは不本意ながらそれを避けた。

「ちゃんと、避けろよ」

 黒い魔道士は、そういうなり無数の塊をウィンデー目掛けて飛ばした。もちろん、ウィンデーがそれらを避けるためには、この謁見の間にそのままいては不可能だった。


「くっ」

 不本意ながら、ウィンデーは高速で後ろに飛ぶしかなかった。天井の高い謁見の間において、下がれるだけの後ろはあったが、それだけでは避けられはしない。

「なんなの!」

 それなりに強力な所望壁を貼ると、塊はそれに当たって砕け散ったが、貼った障壁も同時に崩れ去った。

「どうした、精霊」

 黒い魔道士は、宙に浮くウィンデーを下から眺めている。眺めているだけなのに、ウィンデーはどうしようもなく居心地が悪かった。この世界の神として崇められてきた自分なのに、何故かこいつは自分をみくだして、あまつさえ精霊と呼ぶのだ。


 ありえない。


 あり得ないのだ。 


 私は精霊ではない。神になった。


 私の存在を否定するのは悪だ。許されない。


 私たちは神になった。


 この世界の人々から崇められて、好きに生きてきた。絶対的な存在で、誰もが私たちの力に縋ってくるというのに。


 それを、精霊呼ばわりなんて!


「口の聞き方に気をつけなさい」

 先程、自分の魔力が消されたことも忘れて、居丈高に振る舞うと、ウィンデーは黒い魔道士に再び魔力を放った。今度は先ほどと違い、手加減はしていない。髪の一筋さえ残さずに、散り散りに切り刻んでやる。そう思って放った一撃なのに、黒い魔道士はそれを苦も無く受け止めた。


「ーーーっ」


 あり得ないことが起きて、ウィンデーは言葉を失った。一体何が起きているのだろうか?

 あの茨、私たちには理解できない魔法だった。私たちが生み出すことのできない魔法。


「どうした精霊。もうおしまいかな?」


 黒い魔道士は、ゆっくりとウィンデーに近づいてきた。

 かつて感じたことない圧に、ウィンデーは屈しそうになっていた。が、享楽が、基本で生まれ落ちた本来のせいで、どんなに、生きながらえようと本質が変えられない。

 ウィンデーは目の前にいるこの、得体の知れない黒い魔道士に興味を持ってしまった。


 新しいおもちゃ。


 恐怖が享楽に、すり替えられ、ウィンデーは笑顔になっていた。あの二人より先に新しいおもちゃを手に入れた。何故か、思考はそうなっていた。


「『茨の檻』」


 新しいおもちゃを捕まえようとしたウィンデーは、黒い魔道士が生み出した茨に捕らえられていた。

「なに?、なによぉう」

 茨に阻まれて、ウィンデーは動けなかった。

「風の精霊にはこの土魔法は破れないよ」

 黒い魔導士が見下ろしている。

 そしてまた、精霊と呼ばわる。

 かつて無い屈辱を与えられ、ウィンデーは怒りにみちていた。私は神なのに!

「無礼者!神に何をするか!」

 ウィンデーがそういったところで、黒い魔導士は鼻で笑うだけだった。

「神なら、この程度の土魔法ぐらい破れば?」

 見下したように言ったその言葉。


 土魔法?


「いま、なんて?」

 ウィンデーは、驚愕に目を見開いた。

 そんなものこの世界に存在しない。私たちは、そんなものを存在させていない。

「きこえなかった?」

 黒い魔導士はゆっくりとウィンデーに、近づくと、茨の檻の隙間から手を伸ばす。

 黒い手袋をしたその手は、ウィンデーにとってまさに悪魔の手だった。

「なぁ、なんでぇ!」

 力が振るえない。魔力が出ない。

「嘘!嘘!嘘!」

 享楽から生まれたウィンデーにとって、初めて感じる絶望。

「やめて!やめてよぉ」

 黒い手袋をした手は、そのままウィンデーの胸の中に潜り込む。


「あ、ああぁ、 い いゃぁ…」


 ずるリ


 と、体内から何かが引き釣り出された。

「ひぁ い ぃ」

 黒い手袋をしたてが、煌めく青い石を握りしめている。

「…あ、ぁぁぁあ」

 ウィンデーの体から色彩が失われる。青い髪は白く。瑞々しい肌は透明に。

 それを確認すると、黒い魔導士は茨の檻を解いた。


 色彩を失ったウィンデーは、所在なさげに床に座り込む。

「たかだか精霊が、力を得ただけでよくもまぁ千年も生きながらえたものだ」

 黒い魔導士が、手に持つその石。

 あれを取り戻せば、ウィンデーは再び自由気ままに生きられる。取り戻そうと床を蹴った。

 が、ウィンデーの手は届かなかった。

 体が霧散する。


「ーーーー!」


 悲鳴もあげることを叶えられず、ウィンデーは精霊本来の姿となり空に掻き消えた。

「たかだか精霊が、よく生きた。本来の寿命からすればまさに神をも恐れぬ所業だ」

 ウィンデーであったものがいた辺りを、なんの感情もない目で見つめていた黒い魔導士は、その手にした石を懐にしまい込んだ。

「まずは、ひとつ」

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