第26話 とりあえず本気だすので覚悟してください
不毛の大地は、本当に何も無かった。
船を着岸するのにさえ、場所が限られていて、いわゆる砂浜さえなかった。断崖絶壁みたいな赤土の島。
降りたってすぐに見えたのは、件の巨木。
赤土の大地に、1本緑色の木が生えている。
木が緑色だ。
「あきら、木が緑色っておかしくね?」
ヒロシが言った。
「普通、木の幹って茶色いよね?」
「蔦が絡まってるとか?」
ヒロトとこーたが感想を述べる。が、どれもハズレだ。
アレは確かに木なのだが、普通の木ではない。
茨だ。
巨大な茨が、天に向かって伸びているのだ。
「トゲがものすごくデカイな」
アルクがのんびりとした声で言った。ある程度近づくと、巨木の正体がわかった。
生えたての茨、と言えばわかりやすいのだが、なにしろ巨大すぎて訳が分からない。このあと花が咲くとしたら、バラが咲くのだろうか?だとしたら、何色の?
茨の先端は赤いので、まだまだ伸びるのだろう。
「お母さん、嬉しそうだね」
こーたがいう。マスクをしているけれど、お母さんの顔は嬉しそうだった。目が笑っているのがわかる。
「茨って、なにか思い出すことない?」
お母さんが問いかける。
ヒロシもヒロトもこーたも考え込む。茨?和風のタイトルに、使われていた気がするけど、世界的有名なプリンセスシリーズの1人、よく寝てた人。あの人のお城が茨で囲われてなかったかな?とか考える。
でも、生えてるのは1本?
あの幹の中にいるとか?花が咲くとそこから現れるとか?
「『鉄壁のアリア』」
あきらが呟いた。
「え?」
名前だけは聞いたことがある。
真っ白な髪に、真っ白な肌、真っ白なドレスを着て、目だけが赤い。そして、何より恐ろしいほど防御力が高い。キッズタイムには現れないけれど、PK職人たちが束になってもアリアの壁を崩すことはできなかったらしいし、ストーリーモードでは、アリアさえいてくれれば全滅はしない、とまで言われている。なぜなら、アリアの作る防御壁が得体の知れない茨なのだ。
そう、あのゲームの世界から来たのなら、知っている。恐らく、あの茨の下にアリアが居る。
ただ広い赤土の大地に、冒険者たちが散っていく。何か、生き物がいないか? そびえ立つ巨木がなんなのか?騎士団と共に探索を開始する。王都からの船がまだ来ていなので、お宝発見のチャンスは高い。
しかし、遮るものは何となく、ただ赤土の大地が広がり、茨の巨大な影が日時計のように動くだけ。
何も発見出来ないために、何も食べられないので、船で持ち込んだ食料を、炊き出しのように配るだけである。
野営の準備をする騎士団と、探索をする冒険者。アルクは公爵の名代という形で来てみたが、何もすることがなくただ天蓋のなかで椅子に座っているだけだった。
セラスは、何も無いことをこれ幸いとして、魔法の訓練を始めた。長い間使えないと信じ込まされてきたため、コントロールをつけるために、障害物のない場所で魔法を使いたかったのだ。ここはうってつけの場所である。
アルクは、ただなんともなしに姉であるセラスの繰り出す魔法を眺めていた。別になにか教えることもなく、付き合う必要もない。野営のための水でも出そうかと椅子をたった時、それは突然やってきた。
うふふふふふふふ
あはははははははは
赤土の大地に不愉快な笑い声が響き渡る。
少女のような、それでいて不快。
くすくすくすくす
うふふふふふふ
耳を塞ぎたくなるような、嗤う声。
聞く人を不愉快にさせる。
冒険者たちは、それを聞いて立ち止まった。
あるいはその場に座り込んだ。
声の出処を探す。が、隠れられる場所などない。あの茨の巨木は、ただ真っ直ぐにたっているのだから。
冒険者たちが何も出来ずにいると、今度は赤土の大地に何かが落ちてきた。
爆音がして、砂が飛ぶ。が、何も無い。
それが、ただ繰り返される。
下手に動いては当たる。と判断したのか、冒険者たちは、仲間と身を寄せあって辺りを警戒する。
「あれは、ジュリエッタかな?」
空中に、紫と黄色の2色使いの服を着て、同じ色のとんがりボウシを被った、黒いほうきにまたがる人影があった。
「そうですね」
あきらが目を細めて確認をする。
「ジュリエッタ?」
聞きなれない名前に、こーたが聞き返す。ヒロシとヒロトは、ようやく走ってきた。
「お母さん、アレ、なに?」
頭を抱えながら、ヒロシが聞いた。
指さす先には、ジュリエッタ。
「アレは、『魔女狩り』イベントのラスボスさ」
お母さんが笑って答えた。
「イベント?」
ヒロシたちは、ききかえす。
「そう、ゲームのイベント。『魔女狩り』のラスボスだよ。魔女狩りイベントなのに、ラスボスが魔女って凄いだろ?」
お母さんは笑っている。その笑い方は、いままで見たことがない笑い方だった。
「魔女に勝つには魔女で戦うしかないんだ」
あきらが言った。
「そんなの無理じゃん」
「そう、だからクリアしたプレイヤーはほとんどいない」
あきらはそう言いつつも、少しも焦ってなかった。
「魔女は、魔法を使わないんだ。使うのは、魔力」
お母さんがマスクをとる。
「魔女の魔力は、契約した魔物に寄る。より強い魔物と契約をした魔女が強い」
ここで区切って、お母さんはヒロシたちを見た。
喉がなった。
なぜか、汗が額から流れる。
「ジュリエッタの契約した魔物より強い魔物と契約をして魔女にならないと、イベントはクリア出来ない」
お母さんは、いつもの優しい笑顔を見せた。
「でも、このイベントは クリア済み」
お母さんが視界から消えた。
「野営場所まで走るよ」
あきらがヒロシの手を引いた。
「へっ?」
「早く!魔女の戦いに巻き込まれる前に!!」
ヒロシたちは、それを聞いて必死で走った。ジュリエッタの笑い声を、聞かなかったので、体は自由だった。
あはははははははは
きゃはははははははは
再び、笑い声がした。
先程とは違う、女の笑い声。
それを聞いて、空中にいたジュリエッタは、辺りを見渡した。自分以外に魔女が?
魔女の笑い声は威嚇。
これを聞いて、耳を塞ぎたくなるのなら、逃げろ。
これを聞いて、動けなくなるのなら、死を覚悟しろ。
これを聞いて、逆らえるのなら戦え。
きゃはははははははは
あははははははははは
笑い声が響き渡る。
しかし、これを聞いて冒険者たちは金縛りが溶けたかのように動き出した。先程とは違い、自分たちに襲いかかってこない笑い声。聞いて、冒険者たちは弾かれたように走り出した。誰にも言われてはいないけれど、野営の場所を目指していた。
「ようこそ、ジュリエッタ。あたしの大地に」
声がした。
ジュリエッタは、目の前に自分ではない魔女が現れたのを確認した。
その魔女は、ホウキではなくクッションに座っていた。紫色のクッションだ。足を組んでくつろいでいるようだ。
「あんた、誰?」
ジュリエッタは、それを言うのが精一杯だった。
魔女の笑い声は威嚇。ジュリエッタは、不覚にも先程の笑い声を聞いて、一瞬背筋が寒くなったのだ。
「あらあら、あたしの大地にやってきたくせに、あたしの名前を知らないなんて」
歌うように、笑うように目の前の魔女が言う。
黒いとんがりボウシに、黒い服。黒いマントをつけていて、黒いブーツを履いている。
「知る必要なんかないわよ!」
ジュリエッタは、魔力を思いっきりたたき出した。遠慮なく目の前の黒い魔女ぶつける。
が、
「なんで?」
ジュリエッタの出した魔力は、黒い魔女にぶつかる前に四散した。
「あら、嫌だ。あたしの大地で、あたしになにか出来ると思っているの?」
黒い魔女は、髪をひと房払った。切れ長の目がジュリエッタを見ている。
「そうねぇ」
考え込むような仕草をしつつ、黒い魔女は空中を動く。ゆっくりと、値踏みするように。
「せっかく遊びに来てくれたのだもの、お相手して差し上げなくてはね」
黒いとんがりボウシから、赤い唇が覗く。
ニタリと笑うその唇は、歪。
「じゃあ、遊んで貰おうじゃないの!」
ジュリエッタは、魔力を放った。だがそれは、黒い魔女に届く前に四散する。
「ちっ」
思わず舌打ちをしてしまうほど、面白くない。自分の魔力が通じない相手が、いるなんて!自分の契約こそが最強だと思っていたのに。
「あんたの契約とあたしの契約。どっちが上かしらねぇ」
黒い魔女が言う。
「ふざけるな」
ジュリエッタはイライラしていた。まったく、自分の魔力が届かない。これは一体どう言うことなのか?
ジュリエッタはついに我慢しきれなくなって、契約を実行した。
ジュリエッタの背後に、黒いモヤが現れ、徐々に形を生していく。現れてきたのは異形の獣。
「キメラだ」
ヒロシがその姿を見て叫んだ。
「そうだね」
あきらは、別段驚きもせずのんびりと空に現れたキメラを眺めていた。
「あの魔女、あんなのと契約してるのかよ……お母さん、勝てるの?」
ヒロシの意見は最もだ。だが、言った通り、このイベントはクリアした。
「言ったでしょ、このイベントはクリア済み。お母さんは、アレより強い魔物と契約をした」
あきらの言葉に、周りにいた冒険者たちがざわめく。
「本物の魔女がどんなものか、よく見るといいよ」
あきらはすました顔をしてそういった。
「本物の魔女」
冒険者たちは、黙って空を見上げた。
黒い魔女は、面白そうにキメラを見ていた。
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