第23話 とりあえずお母さんの邪魔はさせません
ジャックが生き返って最初に見たものは、女の頭部だった。もちろん、知っている顔だ。見開かれた目は、何も映していなかった。床にゴロリと転がるそれは、何だかとても奇妙だった。
自分を殺したのは誰だか分かっている。そこに立つ、黒い魔道士。絶対に太刀打ちできない。
「お前ら、私の質問に答えろ」
居丈高な女の声がした。
黒い魔道士が言っているのはわかる。
「分かった」
抵抗するとか、なんとか、そんな感情は出てこなかった。逆らってはいけない。人の命を操る魔法を使う、そんな者に逆らってはいけない。
「お前たち、先程まで死んでいたが、どこにいた?」
何とも趣旨の分からない質問だったが、男たちは理解したらしい。
「この街を出て、南に」
一人の男が指を指す。扉の方角。
「壁も扉もすり抜けて、南に向かっていた」
男たちは顔を見合わせて、頷き合う。おそらく、一緒にいた。死してなお、一緒に歩いていた。
「他にも誰かいたか?」
「他に?ああ、遠くにも同じ奴がいた。じーさんが歩いていたなぁ」
思い出しながらのせいか、言葉が曖昧になるのか、回りに確認を取るように話す。
「それで、お前たちはどこに行こうとしていた?」
「 あぁ、どこ……どこ、かなぁ」
1人が考える。回りも顔を見合わせてはいるが、答えが出ない様子だ。
「場所はわからねぇ、ただ、そっちの方に何かあるってのだけはなぜか分かっていた」
ジャックがようやく口を開いた。
「そうだ、すげー遠くの方に何か白っぽい光?が見えてて、そこに向かってたんだ」
ようやく説明が出来て、ジャックは自分なりに納得している様子だった。周りの男たちも頷いている。
「なるほど、分かった」
黒い魔道士は、満足したのか、ギルド長の顔を見る。
「ジャック、お前はいつからこんなことをしてたんだ?」
ギルド長は、ジャックに訪ねた。
「Cランクになってしばらくしてからだ。Bランクに昇格するための壁に挫折した」
「そうか」
ギルド長は、返事をする前に、テーブルの向こう側にいる冒険者たちを一瞬みた。何かを言いたそうな目をしたのが何人もいる。
それは、ジャックと男たちも分かっていた。強制労働が終わったとしても、もうこのギルドには帰って来れない。
「連れて行け」
ギルド長の合図で、職員が男たちに縄をつけた。魔道具の縄は、男たちから抵抗するための力を奪う。
「期間は、お前たちのやらかした事がわかり次第決定される」
それを聞いて、男たちはみな項垂れた。やったのは一つや二つではないのだ。
職員が縄を引き、男たちは一列になってギルドの扉の中に消えていった。
「じゃあ、次はこのお嬢ちゃんかな?」
椅子にどっかりと座り直し、黒い魔道士はぞんざいに魔法を使った。
元ギルド職員の女が、切り落とされたはずの首を付けてムクリと立ち上がった。そして、なにか恐ろしいものを見るような目をして、黒い魔道士を見る。
「まず、要件からいうよ。死んでいる間に、何を見た?」
「……どこからやって来たか分からない、大勢の死者を見た」
「それで?」
「みな目的は一緒だった。同じ場所を目指していた」
先程の男たちと似たような答えだった。
「場所は分かるか?」
「わからない。 ただ、あそこだ。と言う光が見えていた」
やはり、似たような答えだった。
「方角は?」
「ここから南、やや西よりになる?街をぬけて森を通る感じだった。距離は分からないけれど、かなり遠い」
元ギルド職員の女は、淡々と答えた。回りは敵だらけで、誰も助けてはくれないのが分かる。冒険者たちの視線が痛い。
「面白い魔道具だね、これ」
黒い魔道士がら水晶を片手に弄んでいた。見覚えのある水晶だ。
内心面白くない。初めから見破られていて、首を落とされたのだ。力の差が伝わってくる。
「リズ、いつからだ?」
ギルド長が声を発した。
「覚えてないわ、少なくともジャックのクエストは全部、って言った方がいいくらい」
開き直るしかない。いまさら取り繕ったところで、ジャックたちがもういない。何もかもバレている。
「随分やってくれたなぁ」
ギルド長は、頭を抱えた。冒険者がCランクからBランクに上がるほどのクエスト。考えただけでおそろしい。
「冒険者たちの報酬を、横流しして、書類を改ざんしたものね、立派な犯罪者として裁かれてあげるわよ」
リズは、完全に開き直っていた。
「裁かれて、強制労働の期間が終わったら、魔女としてやっていくつもりかな?」
黒い魔道士がリズの顎を押えた。
「何よ」
気付かれていた。水晶は魔道具。作ったのはリズ。
「お前みたいな魔女がいるせいで、他の魔女が迷惑するんだよ」
黒い魔道士が、リズの目を覗き込む。
「はぐれ者の魔女が何をしようが関係ないでしょ」
リズは、睨み返した。魔道士くずれの魔女など、相手にする価値もない。そう思っていた。
「お前程度の魔女が契約した相手など、あたしの相手になりはしないよ」
黒い魔道士がニンマリと笑った。その顔をは魔道士のそれではなく、真っ赤な唇をした魔女のそれだった。
「ーーーー!」
リズは、今更後悔した。目の前の、先程まで魔道士だった女は、魔女だ。しかも、完全な。
「お前の契約したそれが、あたしの契約したそれより優るのか試してみようか?」
目の前の魔女が、その赤い唇をリズに近づける。
「あ……」
ダメだった。目の前の魔女の契約したそれは、自分の契約したそれとは雲泥の差。
真っ赤な唇が、自分の唇に重なった。
リズは、完全な負けを理解した。
「おしまい」
唇を離し、そう宣言する。
「あんたから、契約したそれはもういない。あんたはもう魔女じゃないよ」
宣言され、リズは深く項垂れた。
何もかも、失ったのだ。
「なに、したんだ?」
一部始終を見ていたギルド長は、質問した。
なにやら、あっという間に決着がつき、リズの体から力が抜けたのがわかる。だが、それがなせなのかさっぱり分からない。
「簡単なことさ。あたしとその子の契約してるものを戦わせた。結果、その子の契約しているものが負けた。負けたら、契約が無くなるからね、魔女の力は失われる」
簡潔に説明されて、ギルド長はうなづいた。
「リズ、お前のやった事は許されない。全てを明らかにして損害を請求することになるだろう」
ギルド長の言葉を聞いても、リズは動かなかった。牢獄だろうと、どこにだろうと、連れていかれればギルドを裏切った犯罪者として最も惨めな扱いを受けるだけだ。
無抵抗のまま、リズは枷を着けられギルド職員に連れていかれた。先程の男たちと違いそのまま騎士に引き渡されるらしかった。
「お母さん!ひどいよっ!」
リズを見送っていた黒い魔道士に、背後から思いっきりヒロシが抱きついてきた。
その勢いで、そのまま前のめりに倒れ込む。
「いきなりなんだ」
抱きついてきたヒロシを引き剥がそうとしたが、
「ひどいよ、あんな奴ら生き返らせて……あきらは、あきらは、ダメなの?」
ヒロシは若干涙目だった。
「あーー」
黒い魔道士のお母さんは、ちょっと困った顔をした。言い訳を、考えては見るのだが、いい言葉が思いつかない。
「お母さん、あのさぁ」
ヒロトがぽつりと言った。
「あきら、生きてんでしょ」
上手に嘘はつけなかった。
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