第21話 忘れ去らているので、みんなで考えたいと思います

「遅いから、夕飯食べちゃいましたよ」

 トーマくんのお母さんは、帰ってきた公爵に会うなりそう言った。


「アリアナからの使い魔で大筋は聞いております」

「そうか」

 公爵は、自分の書斎なのに、大変居心地の悪い思いをしていた。くつろげるはずのソファーには夫人が座っており、長椅子には魔道士とその弟子が座り、娘と息子は、空いている来客用の椅子に座りお茶を飲んでいた。

「あれだけのことが起きれば、事後処理に時間がかかるというものだ。信頼出来る者達しかいなかったが、ひとの口に戸は建てられぬ」


 大筋は知っている。と言われたからか、公爵は主語を取り去って話をした。確かに、言われなくても話はわかるのだが。

「アリアナは、教会にある神書を読むと言ってましたけど」

 夫人が聞く。

「それの、護衛も決めてきた」

「王都の教会に行くのに、護衛の選定が必要ですか?」

「聖教国家の連中が、どこを狙ってくるかわからん王都とはいえ警戒は必要だろう」

 公爵はそう言うと、ようやく腰を下ろした。とは言っても、夫人が座っているのが主賓の席のため、客用のソファーになるのだが。


 公爵が座ったのを確認すると、メイドがすぐさまお茶を出してきた。ポットの中でお湯を沸かすぐらいの簡単魔法ならどのメイドもできるようだ。もしかしたら、出来なければメイドになれないのかもしれない。


「魔道士殿、ここの図書館はまだ使われていますか?」

 公爵は、少し離れた位置いるトーマくんのお母さんに尋ねた。

「あらかた読み終わりましたよ」

 そう言って、改めて公爵に向き直った。そんなことを聞くなんて、続きが気になる。

「王宮付きの編纂者たちが、ここの図書館を見たいそうだ。ここの図書館はもとから非常時のために国の蔵書を保管するためのものなのでな」

 公爵に言われて納得する。確かに、ファンタジー感あふれるあの図書館は、建物自体が魔道具で出来ていてあらゆる魔法が無効化されていた。

「じゃあ、しばらくは使えない。っか」

 トーマくんのお母さんは、ちょっとだけ考えると

「あのおっさんは、暇かな?」

 名前が出てこなかったので、あの公爵をおっさん呼ばわりした。たぶん、トーマくんのお母さんより若いと思うのだが。


「ハルス公爵か、あれだけのことがあったのだ、既に動いているだろう。まだ報告はなかったが」

 いつの間にかに、給仕が公爵に夕飯を出していた。もはや晩餐ではなく、ワンプレートにまとめられた食事が出され、公爵はそれをもりもりと口に運んでいた。夫人はそれを横目に4個目のケーキを食べている。

「お母様、それ4個目ですか?」

 セラスはそう言うと、メイドを睨みつけた。確か、セラスには、夜にそんなに食べたら豚になります。とか言ってケーキを1つしか食べさせなかったのだ。

「私は、あなたを産んでいます。いざと言う時に多少走れれば問題ありません」

 要するに、結婚前の女子は体型維持に務めろ。と言うことらしい。



「あのおっさんに」

「ハルス公爵ですよ、お母さん」

 あきらが訂正する。

「その、ハルス公爵のとこに、明日行ってもいいかな?夫人に、聞きたいことがある。記憶が薄れる前に聞きたい」

 トーマくんのお母さんがそう言うと、公爵は使い魔を出して飛ばした。

「明日伺う。ということでいいだろう?あなたは女性だし、命の恩人だから、拒まれることは無い」

 公爵がそう言うと、トーマくんのお母さんはお礼を言って書斎を後にした。もちろん、あきらも後に続く。

 それ見て、アルクとセラスも慌てて続くのだった。



「なぜ、お前たちもここにいるんだ?」

 風呂から上がって、髪を風魔法で乾かしながらトーマくんのお母さんは聞いた。当たり前のように寝巻きに着替えたセラスとアルクが、これまた当たり前のようにベッドにすわっていた。メイドたちが、ハーブ水を用意して下がっていく。


「魔道士様は、髪が意外と長かったのですねぇ」

 セラスは、今気が付きましたァ、と言わんばかりに風になびく黒髪を見つめている。

 やっぱり、女の人のなんだ。とアルクは思う。全身魔道具でかためているせいで、性別や年齢が分かりにくい体型になっているが、風呂上がりの今はとてもわかりやすい状態になっていた。

「つか、ここで寝るつもりか?」

 トーマくんのお母さんは、一応聞いてみた。なんか確定しているみたいだけど、ここの邸の娘と息子だけど、一応ここ客室なんだけど。


「何が起きるかわからなくて、怖くて1人では寝られません」

 セラスが、そう言うと、

「なんかあった時、すぐに魔道士様のこと見られるじゃん」

 アルクは、トーマくんのお母さんが使う魔法や魔道具に興味があるだけだった。

 深ーい、ため息を着いてトーマくんのお母さんは、ハーブ水を飲み干し、真っ黒な魔道具を装備した。

「ずっと気になってたんだけど、それって何でできてんの?」

 アルクが尋ねる。

「ブラックドラゴン」

 トーマくんのお母さんは、あっさり答えるとなぜかベッドの下に潜り込み寝てしまった。

「えぇ?」

 突然の事にアルクと、セラスは驚いたが、あきらは特に気にしない様子だった。

「気にしないでくださいね。トーマくんのお母さん、あれが普通だから」

 そう、あきらにとっては見慣れた事だ。遊びに行くといつもテーブルの下とか、ソファーの裏とか食器棚の影とかに行き倒れみたいに寝ているのが、トーマくんのお母さんの通常運転なのだ。


「あのさぁ」

 今更なんだけど、という質問をようやくアルクは口にした。

「その、トーマくんのお母さんって呼んでるけど、その、トーマくんって、誰?」

 セラスも興味はあったが、冒険者に過去を聞くのはご法度なのできなかったのだ。公爵である父がいうには、鑑定スキルで見てみたが、ステータスボードも職業しか公開していないらしく本当に名前がわからないらしかった。

「あぁ、そう言えば、もっともですねぇ」

 あきらが答えに困っていると、下から声がした。

「トーマは息子、見つからない」

 それを聞いて、3人は顔を見合わせて、そのまま何となく眠ることにした。やがて静かになり寝息が聞こえてきた。



 翌日、トーマくんのお母さんは、あきらの魔法の鍵を使ってダイレクトにハルス公爵の邸にいこうとしたが、さすがにやめてくれと公爵にいわれ、仕方がないから王宮経由で行くことにした。


「たいして変わらんだろ、これ」

 王宮の無意味に長い廊下を歩きながら、トーマくんのお母さんはぶつくさと不満を漏らす。

「いきなり寝室に現れたら、普通びっくりしますよ」

 あきらは、トーマくんのお母さんをなだめながら歩いている。確かに、こんなに堂々と魔道具を使える環境に来たのに、使っちゃダメとか理不尽ではある。が、一応、命の恩人とはいえ、高貴な人のところに行くのだから、それなりに作法を守って欲しい。と言うのがモリアナ公爵の願いだった。


 一応、トーマくんのお母さんとあきらは、モリアナ公爵の客人扱いらしいので……

「こんにちはぁ」

 ノックしてドアを開けて挨拶するのがほぼ同時だったとしても、礼儀作法は一応全部守ったと主張したい。王宮の政務室なんて、作りは全部同じだろうと思っているので、トーマくんのお母さんは最初にいるのは侍従か騎士だろうと思っていた。のに、

「お待ちしておりました」

 扉を開けた目の前には、ハルス公爵夫人アザレアが立っていた。



「主人がいない邸にいるのは不安でして」

 アザレアは慣れた手つきでお茶を入れる。簡単な生活魔法が使えるらしい。娘のユーリは、その隣に座り注がれるお茶に興味津々のようだ。まぁ、色のついた水が出てくるのだから、不思議には違いない。

「お口に合うといいのですけれど」

 アザレアは、手作りケーキを2人の前に差し出した。公爵夫人の割にはとてもとても家庭的な人のようだ。

 メイドさんたち、仕事無くなるんじゃ……とか考えたが、趣味の範囲と思えばいいのだろう。出されたケーキは、ドライフルーツにお酒がよく染み込んでいて、しっとりとして大変美味しかった。日本で言うところの中学生にあたるあきらには、ちょっと大人の味だったけれど。



「死んでいる間どこにいたか?ですか……」

 アザレアは、トーマくんのお母さんの質問に、少し思いをめぐらせた。

 死んでいる間、死んでいた……物凄い苦痛だったように思う。でも、遠い過去のような気がして記憶が虚ろだ。

「自分の遺体の傍らに立っていて、ユーリを守れなかった。と、泣いていました」

 目を閉じ、その時の光景を思い出しているようだった。

「でも、隣にユーリがいたのです。私の服を引いて、『あっちに行こう』と言っていた。……確か、海の方を指していたような 」

 アザレアは、ひとつひとつを確認しているのか、言葉をゆっくりと出してきた。間違えないように、記憶をたどる。


「ユーリ、ママとあっちに行きたかった」

 無邪気に答えたのは、娘のユーリだった。

 ハッキリと覚えているのだろうか?痛みや怖さを記憶から消したからか、それとも母親と共にいたからか、幼子は素直に記憶を喋る。

「あっち?」

「そう、あっち。みんないくところ」

 ユーリは、どこ?と言うのことに場所の答えが出ない。まだ幼いゆえに地名や方角が明確でない。そのせいで、その時感じたことを素直に口にした。

「みんな?ママだけじゃない?」

 トーマくんのお母さんの問いかけに、ユーリは大きく頷いた。

「そうですね、他に誰かが歩いていました。でも、見知らぬ人たちでした。みな、同じ方向を目指している。……そう、そこに行く。場所はわからないのですが、行かなくては行けない場所があったんです」

 アザレアが記憶をたどる。朧気だか、漠然とどこか、目的地があったらしい。知らないけれど、そこに行かなくてはいけない。それだけが分かっていた。上手く説明は出来ないけれど。


「見知らぬ人も、みんなでめざす場所、か」

「死んだら、突然にそこが分かるんでしょうか?」

 あきらの質問も、結構漠然としていたが、なんとなくは分かる。

「そう、だな。あのメイドちゃんもそんなこと言っていたから」

「お母さん、いつの間にそんなことしてたんですか」

 あきらの知らない間に、トーマくんのお母さんはモリアナ公爵邸にいる、蘇生させたメイドちゃんにも話を聞いていたらしい。

「方角はどっちかな?大体でいいよ、あの時、どっちに行きたかった?」

「うーんとね、あっち」

 ユーリが指さした。あの時のことを思い出して、行きたかった方角を指さしたのだろう。

「方角としては西の方でした」

 アザレアが補足する。


 あの日、あんなことが起きたのは屋敷の近くの広場だった。そこから、街の西門を目指して歩く。そんな感覚があった。普段、歩くことは無かったけれど、そにらに歩いていくのが当たり前のように思った。

「あの街から西の方、ね」

 トーマくんのお母さんは、ざっくりとした地図を頭に描いたようだ。

「ありがとう。参考になった」

 トーマくんのお母さんは、ハルス公爵には本当に用がなかったようで、そのまま入ってきた扉に魔法の鍵を差し込むと、さっさと帰っていった。

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