第16話 ちょっとしたピクニックかもしれない
薬草を取りに来た森は、要するに最初にいた森だった。ヒロシたちは、ギルドの訓練で薬草採取の依頼をこなしていたので取り方はわかっていたらしい。が、今回はたくさん集めて自分たちで回復薬を作るのだ。依頼の分と自分たちの分。相当大量に必要になる。
森の中に入ってから、トーマくんのお母さんはヒロシたちに向き合った。
「大量の薬草を持って魔物に襲われると大変だから、お前たちにこれをやる」
そう言って、魔法のカバンを1人に1つづつ渡していった。
「え、魔法のカバンじゃん」
ヒロシは、カバンの中に自分の剣を入れたり出したりして喜んでいた。
魔法のカバンも、ゲームでは課金アイテムであった。素材を集めて職人に作ってもらうのだが、その職人に製作を依頼するのが課金だったのだ。素材は集められても、製作費が出せない。そんなわけで、ヒロシたちは魔法のカバンをもっていなかった。
「素材があったから、作ってみたんだ」
トーマくんのお母さんは、実にあっさりと言った。
「作れるのー!?」
ヒロシだけでなく、ヒロトもこーたも叫んでいた。
「そりゃ、まぁ、魔道士ですから、ねぇ」
回復薬の作り方教えるんだから、他にもなんか作れるって、気づかないもんかなぁ。とは、トーマくんのお母さんの心の声である。
虎に似た魔物が、冒険者のパーティを襲っていた。
冒険者のパーティとしてはよくある構成の様で、戦士が2人に魔法使い、回復役の4人のパーティだった。
だが、魔法使いと回復役は武器であるらしい杖を破壊され、頭から血を流していた。1人の戦士は巨木の根元にうつ伏せに倒れている。
唯一、立っているのがやっとの状態で、戦士が1人魔物と対峙しているが、勝ち目はなさそうだった。盾を持っていないのか、魔物の攻撃を剣で塞いでいる。そのせいで、腕には傷があり血が流れていた。
「グゥゥゥ」
低く唸りながら、魔物は戦士との間合いを詰めて行く。魔物は既に勝ちを確信しているのか、走るわけではなくゆっくりとした足取りだった。
「くそっ、ここまでかよ……」
剣を構えたまま、戦士は呟いた。仲間は、まだ一応生きている。だか、全員を回復できる程の回復薬は持ち合わせていない回復役も、魔力を補ったところであれだけの傷を自己回復できるほどの回復魔法を唱えることは出来ないだろう。
「……あ、カイ、助け……」
杖が壊れている状態では、魔法使いは魔法が使えない。使えるのはせいぜい灯火程度の火の魔法。少しでも、魔物の気を逸らしたい。その一心で、魔法使いは呪文を唱える。
竈に焚きつける程度の火が、ゆっくりと魔物に向かっていた。だが、そんな速度では、すぐに魔物に気づかれ、あっさりと前足で潰された。
「……カイ、逃げて」
掠れた声で魔法使いが言う。発動した魔法のおかげで、魔物の気は、戦士から魔法使いにうつっていた。
「ガゥゥゥ」
獲物を仕留め損ねたと、魔物が魔法使いに向かって行こうとしたその時だった。
虎に似た魔物の首が地面に鈍い音を立てて落ちた。
「なっ、なんだ」
剣を構えて立っているのがやっとだった戦士は、突然現れた黒い魔道士に驚愕した。
空間が歪むでもなく、自然に、そこに黒い魔道士が現れたのだ。
「…………」
黒い魔道士は、この状態を見て無言だった。
「あ、あんた誰なんだ?」
唯一、致命傷をおっていない戦士が尋ねる。助けては貰ったようだが、現れ方が異常すぎる。こんな魔法は見たことがない。
それに、魔物のやられ方もおかしい。血が出ていない。落ちた首の断面は滑らかで、骨や血管が見えているのに、血の一滴も垂れていないのだ。
「死にかけかよ」
キッズ専用だったはずなんだけどなぁ。と独り言を言いながら、黒い魔道士は右手を倒れている魔法使いと回復役にかざした。淡い光が2人包み、程なくして2人は立ち上がった。
「何、これ?どーゆーこと?」
魔法使いは、自分の身に起きた出来事を理解できないまま黒い魔道士を見た。
「こっちの戦士はやばいなぁ」
伏せるように倒れている戦士を見て、黒い魔道士は独り言のように呟くと、また右手をかざした。
「無詠唱」
聞いたことはあるが、回復魔法を無詠唱で使えるとは初耳、否、初めて見た。
ギルドで、怪我をした冒険者がギルド職員から有料で回復魔法をかけてもらうことがあるが、深い傷を治すのには詠唱を伴う強力な回復魔法が必要だった。しかも、1回では治らず、2回3回と重ねがけするのが通常だ。
「……うそ、でしょ セラハムは、盾ごと……」
淡い光が消えた時、ほぼ死んでいると思われた仲間の戦士は、ゆっくりと立ち上がったのだ。
「あれ?俺って?」
事態がわからず、セラハムは仲間を見た。盾役の自分が防ぎきれなかったせいで、後ろにいた魔法使いも一緒に魔物の一撃で吹き飛ばされたはず……なのに?
「生きてる? つか、みんな無事?」
仲間がみんな立っていて、魔物は倒れている。どうやって勝った?
「あ、ごめん、1人まだ回復してないや」
のんびりと黒い魔道士は、まだ剣を構えたまままのカイに近ずき、右手をかざした。
血まみれだった両腕が、綺麗になっていく。
「な、なんだよ、これ? こんな、回復魔法、見た事ねーぞ」
自分の腕の治り方を目の前でハッキリと見てしまい、カイは狼狽えた。こんな上級魔法、いったいいくら請求されるんだ?脳裏にシャレにならない金額が浮かぶ。
そもそも、その魔物も、この、黒い魔道士が倒したのだ。依頼失敗の上に、この回復魔法だ。ギルドに払うのはいったいいくらになることか。
「なぁ、この魔物」
内心冷や汗をかいているカイに、黒い魔道士が聞いてきた。
「あ、ああ、依頼の魔物だけど」
失敗料だ、失敗料。C級クエストとはいえ、失敗は失敗だ。罰金はいくらになる?回復魔法の代金は?カイは緊張のあまり唾を飲み込んだ。
「首ぶった斬っちまったけど、まずかった?」
思っていたのと、質問が違った。
「あ、おかーさんだ」
ヒロシがそう言うと、すぐさまトーマくんのお母さんは、ヒロシの頭を小突いた。
「お前のお母さんじゃねーよ」
ギルドからとってきた依頼は、薬草採取だったので割とすんなり終わった。自分たちの必要分も4人がかりでとったため、随分と取れたと思う。
「昼飯は、ギルドの、食堂にするか。んで、調合するとしよう」
トーマくんのお母さんに言われて、ヒロシたちは街に向かって歩き出した。
薬草は、森に入ってすぐの日当たりのいい拓けた場所に生えてはいるが、魔法が使えない魔女にとっては安全ではない。依頼料を払って安全に大量に薬草を手に入れて、回復薬を作った方が効率がいいのだ。ギルドにとっても、安定して回復薬がてにはいり、初心者向けの依頼が常にあるのは願ったり、という所なのだから。
「依頼の薬草です」
ヒロトが代表してギルドのカウンターに薬草を置いた。自分たちの命に関わるものだと分かっているので、とても丁寧に、採取してきた。
「とても、いい状態ですねぇ」
カウンターの、ギルド職員は薬草の状態を確認して、依頼書を受け取る。依頼達成ですね。
そう言って、報酬をヒロトに渡した。薬草採取の依頼は大したことがないけれど、冒険者の命に関わる依頼のため、薬草の状態によっては色をつけてもらえることもある。
報酬をみて、ヒロシはにんまりした。
ちょっと多い。
「いよっ、元気い?」
食堂の、1番ギルドよりのテーブルに4人組のパーティが座っていた。
実はかれらは、森で黒い魔道士に助けられたあと、魔法でギルドに飛ばされていたのだ。
ギルドに戻ったものの、討伐対象の魔物の部位を持ってこなかったため、報告もできず、かと言って助けてくれた黒い魔道士に心当たりもないため、ここで待っていたのである。
しかも、ギルドの職員に黒い魔道士について聞いたところ、公爵家の坊ちゃんと一緒に森に行った人物と特徴が合致している。と、目の前が真っ暗になる情報をもらてしまったのだ。
「はい、全員元気です!」
なんかの点呼みたいな返事をして、カイは立ち上がった。つられて他のメンバーも立ち上がる。
「助けていただきありがとうございます」
続けてセラハムがお礼を述べる。
改まってお礼をされるとは思っていなかったのか、黒い魔道士は頬をポリポリとかいていた。
「あ、魔物持ってきたよ」
言うなり、無造作にカバンから虎に似た魔物を引き連り出した。ドスンと言う音を立てて、死んだ魔物が床に落ちる。
「あ、あとこれ」
カバンから、さらに魔物の頭部もでてきた。
ご丁寧に切り口を下にして、飾るように置いてくれたのだった。
「ワイルドタイガー!」
驚いたのはギルド職員だった。
「あ、ごめん、血抜きとかしてないんだ」
謝るところが違った。
恐縮する冒険者パーティを説得して、ワイルドタイガーの討伐は、カイたちのパーティの依頼達成ということにした。
公爵家のお抱え?魔道士の申し出を無下にすることは出来ないので、とにかく、穏便に!とギルド職員に耳打ちされては一介の冒険者パーティでは従うしかない。
「回復魔法の代金も払わなくていいのかなぁ」
カイの後ろで申し訳なさそうに回復役のリサが聞いてきた。
「いらないだろう、つか、払えねーだろ、俺たちじゃ」
瀕死状態だったであろうセラハムを傷一つない状態に回復させた魔法である。そんな見たことも無い回復魔法の代金なんて!Cランク程度のパーティに払えるわけが無い。しかも、それを3人分だ!オマケに討伐対象の魔物まで運んで貰って……計算したくもなかった。
ギルドをさっさとあとにして、ヒロシたちは回復薬を作るためにあるところに向かっていた。
「えーっと、ここ?」
着いたのは教会だった。しかも、孤児院付きの。
どうやら、ギルドの近くにある教会とは違い、祈りの場と言うよりは、生活の場の意味合いが強いようだ。
「魔道士様、ようこそいらっしゃいました」
教会の裏からシスターがでてきた。
「あら、アルクもいたのね」
領主の息子にぞんざいに話しかけてくる。
「母さん、うるさい」
アルクは、そっぽを向きながら返事をした。
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