第15話 みんな仲良くて大変よろしいようです

「おかーさーーん!」

 でかい声で、トーマくんのお母さんを呼ぶ少年がいた。

 ヒロシである。


「お前のお母さんじゃねーよ」

 トーマくんのお母さんは、なんの躊躇もなくヒロシの頭を殴っていた。

「痛い」

 ヒロシは殴られた所を擦りながらも、トーマくんのお母さんにまとわりつく。子犬がじゃれているようにしか見えない。


「雷が落ちるのが見えたんで、きっとそうだと思って」

 ヒロトがそう言って、セラスに軽く頭を下げた。

 冒険者は、誰であっても基本タメ口。でも、明らかに高貴そうな人だったので、ヒロトは反射的に会釈をしていた。


 あの洞窟でのことは、よく覚えていなかった。それに、ゲームと違って登場人物は服装が毎日違っているので、真剣に覚えられなかった。

 多分、この高貴そうな女の人は、あの洞窟にいたお姫様なんだろう。が、名前も知らないし、覚えてもいなかった。


「まさかとは思いますが、あなた方はあの時の?」

 代わりにセラスがヒロシたちを覚えていたようだった。だが、あんな格好の悪いのを覚えられているのは、ある意味恥さらしである。


「えっと……」

 ヒロトがもごもごしていると、

「そーでーす!あの時洞窟で、賊に木っ端微塵にされた新米冒険者でーすっ!」

 ヒロシが清々しいまでに、自虐自己紹介をしてくれた。



 色んな意味で注目されて、こーたは困っていた。以前ならヒロシと一緒におちゃらけていたけれど、ギルドに登録して、教官にしごかれ、魔物と戦い、剥ぎ取りをして、色んな意味でこーたは大人になっていた。


 街中を注目を浴びながら闊歩するのは恥ずかしい。


 しかも、この公爵領のお姫様と王子様が一緒の下っ端冒険者だなんて、コネかよ。と言われそうでなんだかいたたまれない。

「ギルドの方は順調?」

 トーマくんのお母さんに聞かれて、ヒロシが嬉しそうに答える。

「冒険者ランクが上がったんだよ!っても、FからEだけどな」

「短期間でよく上がったな」

 トーマくんのお母さんは、自分より少し背の高いヒロシの頭をなでなでしてやった。それを見て、こーたはちょっとだけ、羨ましかった。


 そんな光景を見ながら、アレクはふと1人いないことに気がついた。自分の後ろにいたはずの、あきらがいなくなっていたのだ。

 それは、とても自然な行動で、いついなくなったのか、アレクはまったく気づかなかった。一瞬、その事を口にしそうになったが、セレスが唇に人差し指を当てる仕草をして、それを止めた。

 セレスも気づいていたのだ。



「昇進祝いしてやるよ」

 トーマくんのお母さんの申し出に、ヒロシたちは素直に喜んだ。

 そんなわけで、トーマくんのお母さんに連れられて、ヒロシたちは街の食堂にむかっていった。

 去り際、アレクたちにそっと耳打ちをする。「あきらをよろしく」セレスがにっこり微笑んで了承した。




 ギルドの、食堂と違って家庭的な雰囲気の料理がヒロシたちの胃袋を満たしていた。

 ギルドの食堂は、基本冒険者たちの胃袋を満たし、明日への活力となるような食事が多かった。つまり、肉が多い。日本人のヒロシたちにとっては、たとえ育ち盛りとはいえ、胃に優しくなかったのである。


「おいしー」


 ヒロシほどでは無いけれど、ヒロトも思わず口に出していた。魚を久しぶりに食べたのだ。

 ほとんど魔法が使えないヒロシたちは、ギルドの宿屋に泊まらないと、安心してねむれなかった。治安がいいとはいえ、絶対に泥棒が出ないと約束されていないのだ。安心安全の日本からきたヒロシたちは、全員一致でギルドの、宿屋に1ヶ月分の宿代を払ったのだった。


「それで、せっかくランクが上がったのに美味しい食事が取れていなかった、って」


 トーマくんのお母さんは、呆れながらも嬉しそうだった。なにしろ、お調子者のヒロシが仲間と協力して、ランクを上げ、堅実に生活しようとしているのだ。教官の教習期間が終わっても、呼び出されないあたり、随分と上手に仕事をこなしているようだ。


「なにか、面白い情報はあったかな?」

 トーマくんのお母さんに聞かれて、

「やっぱり、回復薬が高いよ。この街は魔女が作っているから相場が急変するってことは無いみたいなんだけど、魔女がいない街は、仕入れの量で値段が変わるんだって」


 ゲームでは、どこの、街でも激安価格だったのになぁ、とボヤキを入れる。自分たちで使える回復魔法はレベルが低くちょっとした、切り傷ぐらいまでしか直せない。体力の回復を、考えると、回復薬が必要になる。

「作ればいいだろう」

 トーマくんのお母さんは、味噌汁作るようなもんだ。と言わんばかりにあっさり言った。

「俺たちがァ」

 途端、面倒臭いこと嫌いなヒロシが口を開いた。

「自分たちで作れば節約できるだろう。たくさん作れば売れるぞ」

 お金が絡んだので、こーたが反応した。

「作る」

 当然、作り方をトーマくんのお母さんに聞く前提だ。

「じゃあ、明日教えてやるよ。材料集めからな」

 トーマくんのお母さんは、そう言うと、食堂のお会計を済ませて帰っていった。


「明日は材料集めからだな」

 ヒロトに言われて、ヒロシはこーたを見た。

「ギルドの依頼にいつでも薬草集めがあるから、それこなしながらやれば一石二鳥」

「ダナ」

 3人はワクワクした気持ちでいっぱいになった。



 翌日、あきらは公爵家の図書館に案内された。

 トーマくんのお母さんが歴史書や古い宗教の書物が見たいと言ったから。

 案内された図書館は、まさにファンタジーの世界そのままで、上にものすごく高く、下にもものすごく深くできていた。壁一面が本棚になっていて何が何だか分からない蔵書の数々となっている。


「えーっと、歴史を、『この世界』の歴史を知りたいんです。宗教、えと、神様の話」

 あきらは、読みたい書物の大雑把なジャンルをつたえた。

「ああ、それなら」

 歌うようにセラスが言うと、下の方に淡い光が見えた。

 どうやら、この図書館自体が魔道具らしく、床の石畳に物凄い魔法陣が施されていた。それで、外からは平屋の建物なのに、中に入ると物凄い階数のある図書館となっているのだった。


「読みたいと思う事を思い浮かべてください。そうすると、書物が答えてくれます」

 セラスに言われて半信半疑のままあきらは、思い浮かべた。『この世界』の歴史、神について。

 するとどうだろうか、螺旋階段が見える下の階層に、ぼんやりとしたあかりが見えた。

「本が光っている」

 蛍の光、と言えばわかりやすい。そのくらい、暗闇の中に本が光って見えるのだ。

「下の階層は、下りていけば自然に部屋が明るくなりますからご安心ください」

 セラスは、どうぞごゆっくり。と、言って図書館を出ていった。新しいメイドさんはまだのようだった。




 ギルドの宿屋に、朝早くからトーマくんのお母さんは訪れていた。

 昨日の約束のため、ヒロシたちを迎えに来たのだ。

「いつまで寝てんだよ!」

 魔法の鍵がかかっているはずなのに、トーマくんのお母さんは何事もなくドアを開けていた。

「え、なんで?」

 1人起きていたヒロトは、顔を濡らしたままびっくり顔でトーマくんのお母さんを見ていた。

「魔法道具『魔法の鍵』」

 自慢げに見せてきたそれは、ゲーム内の課金アイテムだった。



「ずるい、ずるい、ずるいずるいずるい」

 ヒロシは不満だった。

 課金アイテムでは、『この世界』では手に入るはずがない。たぶん、ロストアイテムとか言われてしまうシロモノになるだろう。

「これこそが大人の力だな」

 トーマくんのお母さんは、自慢げに言ってくる。課金アイテムなんて、キッズプレイヤーには、夢のまた夢だ。持ってなくてもゲームはできるが、持っていれば楽ができるのだ。

 そして今、確実にトーマくんのお母さんは楽をしている。

 そして、なぜだか知らないが、領主さまの息子、王子様までついてきていた。

「俺も回復薬作りたいんだ」

 多分、、いくつか年上のはずのアルクは、性格がヒロシによく似ていた。そのせいで、敬う気持ちはこれっぽっちも湧かなかった。



 ギルドで常に出ている薬草採取の依頼をとり、森にむかう。5人で薬草採取の依頼をするには依頼される量が少なすぎるので、金になりそうな魔物もついでに狩ることにした。

 剣が振るえるということで、アルクは嬉しそうだった。

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