第14話 多分、黒い人が楽しんでると思います

 翌日、体力的には大丈夫。と、いうことでセラスはトーマくんのお母さんたちと、街に出かけることにした。

 リハビリと言って、いきなり魔法の訓練というのはなんなので、暗示がかかっていない状態でどれほどのブレが出ないかを確認するためである。広場には、大勢の人がいて、活気があった。人混みの中、人にぶつからずに歩けるのか?心と体のバランスを確認しながらセラスは歩いていた。


 ふと、前方から大きな旗が近づいてきていた。

「あれは……」

 セラスが認識をした時、そちらの旗持ちも認識をしたらしい。

「いたぞ」

 どこか嬉しげな声で、あろう事か、セラスを指さした。




 公爵領の街中で、公爵令嬢を指さすなど、無礼極まりないことをしたのは、聖教国家の連中だった。

 聖教国家の連中は、正義は自分たちにあり、全ては神に許された行為である。と、傍若無人に振舞っていた。


そもそも、回復薬の生成が僧侶やシスターにしか出来ないことに由来しているのだが、このモリアナ公爵領では、魔女が作ったものが半値で出回っているので、聖教国家に媚びへつらう必要はなかったのである。


 だがしかし、それこそが聖教国家の権威に傷をつけている。と、粛清に来てしまったのである。聖教国家は、魔女の存在を許していないのだ。

 魔女は火炙り。

 魔女は処刑。

「お前がセラスか」

 そう言って、騎士らしい男がセラスの腕を掴んだ。

 突然のことに抵抗できず、セラスは前のめりになり膝をおった。

「おやおや、これは、噂通り、魔法が使えないようだ」

 なすすべなく騎士に押さえつけられたセラスを、神官らしい男が愉悦の表情で眺める。

 その態度は、アルクを激高させるのに十分だった。

 が、

 トーマくんのお母さんが、アルクを諌めた。

「何すんだ!」

 当然、アルクは抗議した。

「奴らの筋書き通りに動いてやる必要は無い」

 そういったトーマくんのお母さんは、アルクよりもっと全身から殺気を放出しているのだった。



「このままだと、姉さんが」

「お前が出ていって、アイツらを斬り殺したところで、思うつぼだ。公爵家の息子が、聖教国家の神官を殺害した。ってね」

 先程、背筋が凍るほどの殺気を出していたのに、今はものすごく穏やかな顔をして、トーマくんのお母さんはアルクを諌めていた。


「あいつの言葉をちゃんと聞いたのか?『噂通り魔法が使えない』」

 アルクは、それを聞いて一旦思考が停止した。

「なんでそんなこと知ってるんだ?」

 口から言葉は出たが、ほぼ反射だった。

「おかしいだろ?メイドちゃんからは、そんなこと聞いていない」

「それって、つまり……」

「横で繋がっているんだろ」

 そんな事を言っているうちに、聖教国家からきた神官は、ノリノリのご様子で(でっち上げのストーリーだから当然なのだが)お約束の口上をすらすらと語っていく。

「ほら、何も言い返せないのが肯定の証では無いですか!」

 声高らかに、お約束のセリフを観衆に聞かせている。


 もはや、寸劇。


 仕組まれたフラッシュモブのようなものだ。

 だいたい、年端もいかない娘が、いきなり男に腕を掴まれて矢継ぎ早にまくし立てられれば、反論できるはずがない。

 人間の心理を上手いこと利用した、冤罪の寸劇なのだ。

 トーマくんのお母さんは、その寸劇を楽しむでもなく

 黙って見ていた。騎士や神官の動きを凝視していた。


「この聖なる炎、この炎には神の加護がある。もし、魔女でないというのなら、決してこの炎に焼かれることはないであろう」

 そう言って、神官が仰々しくガラスのランプを掲げた。中には、炎がともされていた。

「ただの火に見えっけど?」

 アルクが呟く。

「そうだね、ただの火だね」

 トーマくんのお母さんは、興味無さそうに答えた。ものすごく、呆れているようだった。魔法が使えるものにならわかる。ガラスのランプの中の炎は、ただの火だ。魔力を感じない。

 が、悠長に見ているばあいではなくなった。

「お、おい!」

 アルクが、慌てふためいた。なぜなら、神官は あろう事か、ランプの、ガラスを取り外し、その火をセラスの顔面に押し当てたのだ。

 アルクの首根っこを掴んだまま、トーマくんのお母さんは笑っていた。そして、顎でよくみろ。と指し示す。

「-----!」

 アルクは、目の前の光景が信じられなかった。

 確かに、神官はランプの火をセラスの顔面に押し当てたのに、セラスはまったく無傷だった。前髪の一筋さえ燃えていなかった。

 もちろん、1番驚いているのはセラスだろうけれど……



「 んなぁ……」

 騎士に抑え込まれた公爵令嬢が、顔面を焼かれて悲鳴を上げのたうち回る。そんな楽しい光景を想像していた神官は、目の前の状態を理解出来ないでいた。

 ランプの炎は、公爵令嬢の顔面で揺らいでいるだけだった。


「奇跡だわ!」

 群衆の中から声が上がった。


「セラス様は、神に守られている!」


「セラス様は、魔女なんかじゃないぞ!」


 沸き立つ群衆を、神官は止められなかった。

 自分たちで始めた寸劇が、筋書き通りに進まない。それどころか、まったく違う方向に進んでいる。それこそ、望まないエンドが待っている。


「だ、、だだだ黙れっ!」


 神官は慌てふためいて怒鳴った。が、群衆は黙らない。今、目の前で起きた奇跡的な光景に心奪われているのだから。

 セラスの腕を掴んだままの騎士は、どうしていいのか分からなくなった。いつもなら、火を押し付けられて、娘は絶叫し、のたうち回る。そのさまを見て、神官が「お前は魔女だ」と断言し、騎士である自分が娘を押さえつけてその服を引き裂き、魔女の証を見つけ出す。という名目の元裸の娘を群衆の前で思う存分陵辱するのだ。そんな楽しみが、奪われたのである。


 騎士は、なんだか分からないまま固まっていた。

「いい加減、手を離せよ」

 言われて押しのけられた。

 相手は、黒ずくめの魔道士だった。いつもなら無礼者と叩き切るところなのだが、今日は何も出来なかった。

「『聖なる炎』なんだって?」

 騎士を押しのけた黒い魔道士は、神官が持っているランプを、そのまま神官に押し付けた。


「ぐっ ごわぁ」

 ランプの炎が押し付けられた神官は、燃え上がる炎にのたうち回った。簡単に言えば、神官が普段から身につけている香油がランプの炎で燃えたのだ。

 驚いて地面を転げ回る神官を、黒い魔道士は侮蔑の顔で見下ろしていた。


「き、貴様っ!」

 転げ回って火が消えたところで、神官は黒い魔道士を指さした。こんな侮辱は始めてた。

「貴様、魔女だな!全身に魔道具をまとっているのが何より証拠だろう」

 転げ回って疲れたのか、神官は肩で息をしていた。服は焦げ、砂が付いて汚れている。そんな神官の脇に侍従が膝まづいて服の汚れを落とす。そのまま、神官をささえ、立たせることに成功した。

「全身に魔道具、そして、杖も剣も装備していない!すなわち、お前こそ魔女だな!」

 神官は、飛んで火に入る夏の虫と言わんばかりに、目の前の黒い魔道士を睨みつけた。


 が、


「何言ってんだ?『聖なる炎』に焼かれたのはお前だろう?」

 黒い魔道士が、そう言い放つと、追随するように群衆から声が上がった。それはそうなのだ。審判の道具として用いたランプの炎。


それに焼かれてしまうとは?


 神官の完全な失態だった。

 だが、そんなことはどうでもいいのである。正義は我にあるのだ。聖教国家こそが正義。仇なすものは罪。裁きを受けるのである。

「だーまれ!何を言うかっ!この私に無礼を働きおったな、この魔女め!神の裁きをくれてやるぞ」

 神官は鼻息荒く、騎士に指示をした。


 こいつを殺せ。


 だがしかし、騎士の剣は黒い魔道士にかすりもしなかった。

 それどころか、いつの間にか黒い魔道士は頭上にいた。そう、宙に浮いているのだ。

「神の裁き、ね」

 口元に薄ら笑いを浮かべて、黒い魔道士は広場を見渡した。聖教国家の連中は、広場の所々にいるようだ。


「なんか、楽しんでるよな?」

 トーマくんのお母さんを、見上げてアルクはあきらに、聞いた。

「うん、お母さん、イベント好きだから」

 あきらは、この後の展開が何となく分かったので、自分に隠密の魔法をかけるのであった。



「かの罪人に、天の裁きを----『天雷』」

 わざわざ、トーマくんのお母さんはご大層な杖を取り出して、わざわざ詠唱をして、魔法を繰り出していた。真顔を保てないらしく、口元が完全に笑っている。

 無数の雷が広場に降り注いだ。

 群衆は慌てふためいたが、天より降りし雷は、ピンポイントで聖教国家の連中にヒットしていた。


 再び見た光景に、セラスは恍惚の表情で頭上の魔道士を見つめるのであった。

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