第17話 とりあえず、閑話休?

「あの、さぁ、あの人が、お母さん、なの?」

 ちょっと衝撃的すぎて、ヒロトは小声で聞いてみた。


「そうだよ。この教会、邸のすぐ下にあるだろ、お忍びでチョロっと来るのに都合が良かったらしいぜ」

 自分の誕生の馴れ初めが、公爵の浮気で、しかもその相手が教会のシスターだと言うのだから、知ったその日はショックのあまり寝込んだほどだ。


「この街の連中はみんな知ってるよ。シスターが産んだのが時期公爵だってーんで、聖教国家の連中も大人しかったんだけどな」

 なのに、けしかけてきやがった。裏であちらさんと繋がっているのは分かったが、だからといって証拠がない以上何も出来ない。防戦するしかないのだが、最近、この教会に対して聖教国家からの支援が無いに等しいのだ。

「嫌がらせ、ってのはわかってんだけどよ」

 ぶつくさいいながら、アルクは回復薬を作り続けた。



「まぁ、こんなに沢山、ありがとうございます」

 シスターは、山ほどできた回復薬をみて小躍りしてよろこんだ。自分1人では出来ないが、かと言ってまだ小さい孤児たちでは品質が安定しない。

「今後は、こいつらが手伝います。手間賃代わりにこいつらをここにおいてくれませんか?こんなんだけど、冒険者なんで、用心棒にはなりますよ」

 トーマくんのお母さんは、唐突にシスターに申し出た。

「材料を集めてくれるだけでなく、回復薬も作ってくれて、おまけに用心棒までしてくれるなんて、なんてありがたいのでしょう」

 シスターは、嫌がるどころか大歓迎の様子だ。


「え?いいの?」

 ギルドの宿屋は安いが、トイレがアレだし、風呂も共同というのが毎日だと、現代っ子にはちと辛かった。

「お掃除などの奉仕活動はして頂きますよ」

 にっこりと、シスターは笑ったが、学校で毎日掃除をしていたヒロシ達からすれば教会の掃除なんて苦でもない。むしろ、自分の部屋の掃除が出来ないだけだ。

「ありがとうございます」

 仲間の意向を気にせずに、ヒロシは有難く了承した。



 晩餐の席で、公爵が聞いてきた。

「セラスが聖教国家の連中に絡まれたらしいな」

 邸の執事辺りから報告されたのか、そうは言いつつも公爵は平然としていた。大切な娘は、何事もなく一緒に晩餐の席に着いている。

「はい、お父様。聖教国家の騎士に腕を掴まれましたが、魔道士様が助けてくださいました」

「ほぉ」

 公爵は、片眉を上げて魔道士を見た。

 公爵から1番遠い席に座り、黙々と食事をしている。自分の手柄をこれみよがしに報告もしてこなければ、この会話にも興味がなさそうだった。弟子の少年も、取り立てて師匠の功績を褒めたたえもしない。


 謙虚なのか、はたまた……


 公爵は、一瞬考えたが言及は避けた。娘の命の恩人であることにはかわりない。しかも、3回目だ。


「して、聖教国家の連中はどうした?街中には見かけないが」

 下にある教会にも姿が見えない。わざわざ遠路はるばるやってきて、公爵家に無心してこないとは、おかしな話だ。


「雷に打たれて死んだ」

 抑揚のない声でアルクが答えた。


 その答えに公爵は強く反応した。雷?そんな魔法は『この世界』に存在しないはずだ。公爵はもう一度魔道士を見た。

 魔道士は、今度も反応しなかった。アルクの言葉に驚いてもいないらしい。

「失礼だが、魔道士殿は雷の魔法に驚かれないのか?」

「自然現象だとは思わないんですね」

 しれっとした返事が帰ってきた。


「雷に助けられたのは2度目です、私。魔道士様」

 セラスがそう言うと、ようやく魔道士は顔を上げた。

「見慣れたでしょ?」

 あえてはっきりとした肯定ではなかった。が、それは肯定と取るべき答えだった。


「あの詠唱は、わざとですか?」

 広場での魔道士の行動が、わざとらしく思えたのでセラスは聞いてみた。

「わざわざ杖なんか持ってたよな」

 アルクも広場での出来事を思い出しながら聞いてきた。それと、もうひとつ聞きたいことがあった。

「あとさ、姉さんの顔に炎が押し付けられたのに、姉さんは火傷も何もなかった。あれはなにをしたんだ?」

 アルクは、ここぞとばかりに聞いてきた。ここでなら、はぐらかされずに答えてもらえるだろう。


 アルクの話を聞いて、内心穏やかで無くなったのはアイーサだった。そんな話は聞いていない!我が娘の顔に炎?

「ああそれね、『聖女の守』って、防御魔法」

 聞いただけで凄そうな魔法である。が、公爵の知らない魔法だった。


「完全防御です。魔法も打撃も通りません」

 あきらが補足した。

「すげー、そんなんを無詠唱で離れた人にかけられるなんて」

 アルクは、ただただ純粋に目の前にいる魔道士に感動していた。学校の教師たちより遥かに凄い人がいるのだ。


 公爵は、話を聞いて心穏やかではなかった。なぜなら、昼間王都の政務室で聞いた話と酷似していたからだ。違うのは、娘が無傷だったこと。聖教国家の連中がまとめて死んだこと。

「昨日、ハルス公爵領にも聖教国家の連中が現れたらしい」

 公爵が重々しく告げると、晩餐の席にいた全員が視線を向けた。


「つまり、ハルス公爵領では何らかの被害があったんですね」

 魔道士は、静かに話をしているが、言葉に怒りが感じ取れる。

「失礼致します」

 公爵の執事が入室してきた。

 そして、公爵に、そっと耳打ちをする。

「すまん、王都から緊急の、召集が入った」

 公爵は、そのまま執事とともに晩餐の席からいなくなった。

「どーやってこんな時間に王都へ?」

 魔道士が聞いてきた。

「主人の部屋に王都の執務室と繋がる転移門がありますの」

 アイーサが答えると、魔道士は少し考え込んだ。

「誰でも使える?」

「いいえ、こちらの転移門はこの邸の主人、モリアナ公爵にしか使えませんわ」

 アイーサの答えに興味が湧いたのか、魔道士が立ち上がった。

「みたいな」



 見るだけならいいだろう。と、公爵の、書斎に案内をする。アイーサの後ろに魔道士とあきら。さらに後ろにセラスとアルクがついてきた。

 公爵の書斎には、家族はめったに立ち入らなかった。入ったところで転移門は使えない。仕事をしている公爵にわざわざ話すことも無い。

「これが転移門?」

 ちょっと想像していたのと違う。門と言うのに扉はなく、青っぽい陽炎のような炎のようなものが揺らいでいる。触ったところで熱くもなく、かと言って掴めるわけでもなかった。

「ふーーーん」

 とか言いつつ、魔道士はおもむろに首から鍵を取りだした。

 それを見たあきらは、「あー」と言う顔をする。

「魔道士様、何を?」

 見たことも無い鍵を出されて、セラスは困惑した。もちろん、転移門にはそんなものを差し込む鍵穴なんてない。の、だが。


「え?」


 なぜだか分からないが、魔道士が鍵を回す仕草をすると、扉が開いて魔道士はその扉の中に入って行ってしまったのだ。

「もー、自由人だなぁ」

 あきらは慌てて後を追う。

 あきらも、首から同じ鍵を取りだした。

「ええ?」

 2人揃って、さも当たり前のように鍵を回して、あるはずのない扉を開けてその中に入って行ってしまったのだ。後に残された3人はただ顔を見合わせた。

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