第11話 権力者と交渉したいと思います
怒りに振るえていたアイーサは、黒い魔道士が何をしているのか、最初は全くわからなかった。
だが、何度も繰り返すその言葉と、ルイの反応を見て、ようやく事態を理解出来た。
娘に施された呪いを、そのままルイにかえしているのだ。
魔女に、自分の呪いを送り返す。
なんと恐ろしいことをするのだろうか?
自分の力量に自信がなければできない事だ。
そうして、黒い魔道士はルイの体に何かを見つけて怪しく微笑んだのだ。
「こええ、顔してんな」
背後からアルクのつぶやきが聞こえる。相変わらず口の悪いことだ。だが、これを見て品よく振舞えというのも無理な話かもしれない。
セラスは、呪縛から解かれて脱力してしまったのか、メイドに抱えられるようにして長椅子に下ろされていた。ひどく疲れた様子で黒い魔道士を見ている。
まだぼんやりと、状況は理解していないようだった。
「なるほどねぇ、こんな所に魔女の呪いですか」
新しいおもちゃを見つけたように、黒い魔道士は喜んでいた。
ルイの心臓の上の皮膚に、模様が描かれている。
それは魔法陣とは使われている文字が違うようだった。見慣れない文字は、魔女の使うものらしい。
「メイドちゃん、君、死んじゃうんだね」
目の前にいるメイドが、まだ少女にしか見えないようなものなのに、その人物が死んでしまう事に黒い魔道士は感慨もないらしい。
「何を引き換えにしているかは聞かないことにしようか。 死んだら終わりだしね」
黒い魔道士の顔に歪んだ笑みが張り付いた。
ルイは、最後に何かをいおうとして口を開いたが、言葉は出てこず、掠れた空気の音だけが聞こえた。
それが合図だったのか、ルイの皮膚から何かが剥がれるように消えていった。
「呪いがとけたね」
黒い魔道士は満足そうに呟くと、ルイの体をテーブルの上に運んだ。
「ところで、公爵夫人。話が変わった、公爵は早く帰宅できないかな?」
振り返りざまにそう言い放つ。
公爵に早く合わせろ、と娘の命の恩人からの要望だ。
「すぐさま使い魔を送りましょう」
アイーサは、額に汗をかきながら即答した。
公爵夫人としての意地である。
この程度のことでは、臆することでない。と
「セラスに持たせた使い魔は、主人が作ったものでしたのに」
ルイの方を見ながらアイーサは言った。
使い魔は、製作者の力によってその能力値が変わる。つまり、この公爵家で1番の公爵が作った使い魔を、おそらくルイは1突きで破壊したのだ。確実に核を狙って。
それだけの力を持っていた。
なのに、
この黒い魔道士は、そのルイを遊び半分で終わらせたのだ。それがたとえ魔女の呪いのせいであっても、そのように仕向けたのだ。
「心当たりはあるんですか?」
黒い魔道士に聞かれて、アイーサは頷いた。
公爵家の敵は多い。
「とりあえず、このメイドちゃんが死んじゃったから、違う手を打ってくるとは思うんだよね」
いいながら、黒い魔道士はセラスの様子を確認する。魔女の呪いが解けたばかりで、いまだぼんやりとした様子だ。自分の身に起きたことを理解するのは明日になるかもしれないにしろ、一年近く魔女の呪いにかかっていたのだから。
「学校にいる間に気づけなかったな」
アルクが、悔しさを滲ませた。
邸を離れて、同じ魔法学校に所属していた。クラスが違くても、ほぼ毎日顔を合わせていたというのに。
「おそらく、一年近くかけて準備をしていたのでしょう。魔道具でしっかりと操れるように」
学校が休みに入り、帰宅した所でことをなす。
公爵領の中でことを起こしたかった。
大きなダメージを与えるために、コツコツと積み重ねてきたのだろう。
だがそれも、あっさりと打ち破られた。
「公爵様がお戻りでございます」
メイドが、待ち人の帰宅を告げた。
ルイの遺体を丹念に確認して、公爵は黒い魔道士を見た。
「可能な限りの、礼をさせて頂きたい」
「そりゃどうも」
お互いが、腹の中を探りあっている。
敵ではない。が、味方になり得るか?
お互いが、この世界に敵が多いのだから。
1度目の襲撃は失敗した。
今日は2度目の襲撃の日だ。
報告によれば、娘は別邸を1人で使用している。
警備の兵士たちも、空からなら……
だがしかし、耳打ちされた報告は、ルイの呪いが消えた。との事、つまり、ルイが死んだことになる。
「とんだ失敗作だ」
書類を目で追いながら、舌打ちをした。
ところが、
「何事だ?」
周りが急に騒がしくなった。
「モリアナ公爵に使い魔がとどき、急遽帰宅する。と」
その報告に、男は満面の笑みをうかべた。
「まずは、質問に答えて欲しい。こちらから一方的にする」
黒い魔道士は、ルイを寝かせたテーブルの脇にある椅子に座って、侯爵に向き合った。
礼をしてくれるのなら、聞きたいことこが山ほどあるので、それを全部答えて欲しい。情報が欲しいのだ。
「分かった」
公爵は、軽い宣誓のように、片手を上げた。
「この世界の神の名は?」
「火の神フリーディア、水の神ウォーレル、風の神ウィンデー」
「この世界に蘇生魔法は?」
「ない」
「回復魔法は?」
「ある。だが、年々弱くなってきている」
「この世界に宗教は?」
「神を信仰する聖教国家がある。先程答えた三神を崇めそれによって国を維持している。世界各地に存在する神父やシスターは必ずその国で修行をしてから教会に配属される。故にこの世界に三神以外の神を信仰する宗教はない」
「この世界の住人は、その三神を信じている?」
「近年の回復魔法の弱体化により不信感は募ってきている。回復薬もなかなかの高値なので、怪我や病気は自然治癒に頼るものの方が多い」
「その、回復薬を作っているのは?」
「基本は神父やシスターだが、教会で買うのは高くつく。お布施が上乗せされているからな。だから、魔女が作る回復薬が出回っているが、聖教国家がそれを良しとしていない」
「魔女狩りがされている?」
「されている」
「この領地でも?」
「私の領地では勝手はさせない。聖教国家からの侵入は断っている」
「他の領地ではある?」
「あるな」
「このメイドちゃんは魔女だと思う。あんたの敵に利用されていたと考える?」
「考える」
黒い魔道士は、ニヤリと笑って
「あんたの敵の目星はついている?」
「ついている」
「新しい神を作り出そうとしている組織はある?」
「ある」
「どっちも敵?」
「……敵だ」
黒い魔道士は、満足そうに笑った。
「あんたに付いた方が良さそうだ。欲しい答えが確実に手に入る」
そう言って、椅子から立ち上がる。
アルクは、2人のやり取りをアイーサの後ろから見ていただけだった。
会話ははっきりと聞こえ、内容はよく分かった。
が、意図がまったく見えなかった。
自分が脳筋なのだろうか?どうして黒い魔道士がそんな質問をするのか、全く分からない。
「あの魔道士は、なぜ『この世界』というのかしら?」
疑問を呟いたのは、前に座るアイーサだった。
『この世界』、確かに言い得て妙ではある。
どうしてわざわざそんな質問の仕方をするのか?
他にどんな世界があるというのか?まさか、魔女たちがまことしやかに口にする『魔界』から来たとでも言うのだろうか?
「あの魔道士は、おそらく全身魔道具を身につけているのでしょうね」
ローブに覆われて、全体が見えないが、魔法を感じることができる。そもそも、あのローブは、何でできているのか?見たことの無い素材であることはたしかだ。
「あのローブ、まさかとは思うが、魔物の皮でできているのではないだろうか?」
アイーサは、どうやらアルクに向かって話しているようだった。独り言ではなく、アルクに質問をしているのだ。
「魔物の皮?」
ゆっくりと観察をする。
鑑定スキルは持ち合わせていないので、観察眼で確認する。知識として知っているものなら、分かるはずだ。
「ブラックドラゴン?」
観察眼で見えたのは、魔物の名前だった。おそらく、ローブの素材。
「ブラックドラゴンを素材としている、と?」
アイーサは、アルクのつぶやきを聞いて、目を凝らした。
アイーサも、観察眼で魔道士を見る。確かに、ローブの素材はブラックドラゴンと表示されている。革素材のものは、ほとんどブラックドラゴンを使用しているようだ。
これだけの加工をするのなら、かなり状態の良いブラックドラゴンが必要だっだろう。質が悪ければ一体では足りなかったはずだ。
「ワイバーンを倒した時のように、1撃で仕留めていれば一体で済んでいるかも知れないが、どちらにしても手練だな」
いいながら、アルクは唇をぺろりと舐めた。
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