第10話 やっぱり、権力は便利なようです
案内されたのは、本宅のサロンだった。
かなり広い応接室、と言うにはやたらと椅子が置かれていた。セラスとアルクは椅子に座らず、アイーサの後ろに立っていた。メイドが入れるのは2人分のお茶、女主人アイーサと、客人の黒い魔道士の分。
「あえてお名前はお聞きしません。詮索するのはよろしくないでしょう?」
メイドが入れたお茶を口にして、アイーサが言う。
これだけの実力者が自分の領地内にいたのなら、知らないはずはない。魔道を推奨する国で、自分の子ども達を魔法学校の寄宿舎に入れているほどだ。
見知らぬ実力者。
他の侯爵領から流れてきたのか?
誰かに匿われていたか、囲われていたのか、もしそうなら名前は出せまい。権力者ならこの力を懐に入れたいところ。不在の夫に代わってもてなすのは女主人。
引き止める名分はある。
娘の命の恩人、しかも2回も!
盛大にもてなすのに、何のためらいがあるだろうか?
しかし、名乗らないところが重要で、線引きを考える。
「名乗る程の者じゃないんです。 で、勘弁していただけるとありがたいですねぇ」
黒い魔道士は、マスクをした口元を右手で撫でながら答えた。本当は名乗ってもいいのだけれど、ゲームのプレイヤー名があんまりなので名乗りたくないのと、本名はさすがにキッズかよ!だし、と内心困り果てているのである。
「では、魔道士様 と、お呼びしても?」
アイーサに、言われて承諾した。既にセラスにはそう呼ばれているけれど、皆さんで統一してもらいましょう。
それで持って、マスクを外してお茶を飲むべきか?黒い魔道士ことトーマくんのお母さんは考えるのである。マスクをしているのは、花粉症だからで、くしゃみからの喘息の発作というコンプが発せすると死にそうなぐらいの呼吸困難に陥るからだ。
そんなわけで、普段のマスク姿をゲーム内で再現していたわけなのだが、本当にそのまんまの格好でここにいるから、困ったものである。
死んでないはずなので、転移のはず。
最初に自分にかけた治癒魔法は、完治をもたらしているのか?
まぁ、掃除の行き届いている公爵家のサロンですから、ホコリとかないよねぇ と、マスクを外してお茶を飲むことにした。
アイーサは、それを見て内心喜んだ。
全身黒づくめで、ガードが固いのが見て取れる魔道士。話し方だけでは分かりにくかったが、マスクをとったことで顔が分かり、その所作で相手を推測する。
年齢は若くない。
その所作から言って、ゴロツキがただ成り上がったわけでもなさそうだ。
「主人は仕事に出ておりまして、夜には帰宅します。お差し支えなければ晩餐をご一緒して頂けますか?」
晩餐をとってもらえれば、そのまま一泊。そこからの長期滞在へと持ち込みたい。
「先程、失礼を働いたのは息子のアルクと申します。落ち着きがなくて困っておりますの、そのために学校にも入れたのですが、まだまだのようで」
女主人の後ろで、アルクは頭を下げた。
姉のこととなると落ち着いてはいられないが、普段はきちんとできるのだ。
特に今は、学校にいる間に、姉に異変が起きてしまった。
それが解決しない状態では、姉を全力で守る。の一択しかアルクの頭にないのである。
黒い魔道士が、アルクではなく、セラスに向いていることに女主人は気がついた。
「やはり、分かりますか?」
黒い魔道士の反応を伺う。
黒い魔道士は、セラスをじっくりと観察しているようだった。上から下までをじっくりと見つめて、考え込む仕草をする。最初は、捕らえられているからだと思った。先程は恐怖のためだと思った。が、いまは?
セラスから状態異常の状態が出続けている。
その原因が何なのか?
「いつから、魔法が使えない?」
セラスの状態異常は、魔力封じ。
魔力量があるのに、魔法が発動していない。
先程もそう、明らかな窮地に陥っていたのに、ガードが働いていなかった。ある程度の魔力があれば何かしらの障壁魔法が発動したはずである。
「そろそろ1年になります」
魔法が使えないことが恥ずかしいのか、セラスは俯いてしまった。
「何か、精神的なダメージでも?」
いいながら、黒い魔道士はセラスを観察する。
違う、この状態異常は内部的なものではなく、外部的。誰かに何かをされている。だが、魔法がかかっている感じはしない。
なんだろう?
魔法が発動できないように、なんらかの作用をもたらすもの。なにかが……
「それは?」
ふいに、黒い魔道士は立ち上がり、セラスの頭を指さした。
「え?」
言われてセラスは頭に手をやる。その手に触れるものは?
「それ、です」
黒い魔道士が断言する。
「それ、そのカチューシャは、いつからつけてます?どうしてつけているのですか?」
質問の内容が理解出来ず、セラスはとまどって自分の頭を触る。
カチューシャ?
いつから?
「え?」
2度目の間抜けな返事。
娘の態度にアイーサは、眉をひそめた。
貴族の女性として、自分の身なりも分かっていないのか、と。
「お嬢様は、そちらのカチューシャがお気に入りなのでございます」
壁の方から声がした。
声の主は、洞窟で見たメイド。
「そ、そうね、そうだわ」
メイドに言われて、思い出したように答えるセラス。
当たり前だが、そんな答えに黒い魔道士は納得しなかった。むしろ、確信しただけである。
自分より、若干高い位置にあるセラスの頭、そこの着いているカチューシャをスポッと外した。
「ふむ」
黒い魔道士は、そのカチューシャを手に取って、じっくりと眺めた。なかなかよく出来ているなぁ、と感心しながら。
「失礼ですよ、断りもなくお嬢様に触るなんて!」
メイドが慌てて黒い魔道士に駆け寄り、手にしたカチューシャを奪い取ろうとした。が、
後一歩のところで、メイドはピタリととまってしまった。
「なかなかよく出来た魔道具だね」
カチューシャを、片手に持って、黒い魔道士はメイドに笑いかけた。その笑いは挑発。
「魔道具?」
それはカチューシャですよね?という問いかけを飲み込んで、セラスは黒い魔道士を見た。
なぜ?
魔道具を自分は身につけていたのか?
どうして?
自分のことなのに、そのカチューシャを身につけるようになった経緯が思い出せない。
どこで買ったのだろう?
誰かに貰ったのだろうか?
思い出せない。
「魔法封じの呪いが刺繍されている。素人目には分からないように布の色と同じ糸を使って、ね」
よく出来ているなぁ、と黒い魔道士はしきりに関心をしていろようだが、アイーサはそれを聞いて怒りが込み上げた。もちろん、後ろにいるアルクもである。
「呪いの魔道具ですって!」
怒りの矛先は、当然メイドである。
娘のセラスにつけた、メイド。
魔法学校での生活のために、付けた専属のメイドである。3年も付き従わせておいたのに……
「つまり、ルイ、お前は……お前は、ずっと私たちを欺いて、セラスを陥れ命さえも奪おうとしていた魔女であったというのね」
怒りに震えているのがはっきりと分かるぐらい、アイーサの肩が小刻みに震えている。
「黙れ、よくも邪魔をしたな魔道士」
「おぉ、頑張るねぇ」
ルイが絞り出すように声を発する。だが、黒い魔道士は、茶化す様にルイに近づいた。
「いい魔道具だね、これ」
カチューシャを、弄びルイの前にチラつかせる。
「それを返せ」
ルイは物凄い目付きで黒い魔道士を睨みつけた。
「はいはーい、じゃあ返してあげますよー」
そう言って、ルイの頭にのせた。
「『とてもよくお似合いですよ』」
途端、ルイの顔色が変わった。
「な、なぜ…なぜそれを」
「『とてもよくお似合いですよ』このカチューシャは、一体どこで手に入れられたのでしょう」
黒い魔道士は、歌うようにルイに問いかける。
だがその顔は身震いするほどの笑顔であった。
「っは、っは……あ、そ、それは、その、魔道具は」
「この魔道具は?どうしたんでしょう?」
黒い魔道士は、優しくルイの顔を手のひらで包み込んだ。
「『とてもよくお似合いですよ』」
残忍な笑みをはりつかせ、ルイの目を覗き込む。
「っは、そ、それは」
ルイは、何かをいおうとしておるのに、それを言葉に出来ず大きく喘いでいるのがわかる。
苦しそうに顔をゆがめて、
「あっ、が……」
なかなか思い通りにいかないのか、黒い魔道士はルイの目を覗き込ながら、さらに呟く
「『とてもよくお似合いですよ』」
繰り返される言葉が、呪文なのだとようやく気がついた。
そう、メイドが主人に必ず言う言葉。毎日毎日、必ず口にする言葉だ。特に、主人が女性なら尚更。
それを言われることになんの不思議を感じるのだろうか。
「それは、わ、私が……私が作って そ、それで」
だが、ルイの口が動かなくなった。
唯一動かせるのは、口だけ。それ以外は自由を奪ってある。なのに、ルイが黒い魔道士の思う通りにならない。
「なるほど」
黒い魔道士は、そうつぶやくと右手の人差し指でルイの服をきりさいた。
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