第45話婚前旅行6

 丹生島についた次の日、宗麟殿は早速重臣達を集めた。


 今は、織田家との同盟について協議が行われている筈だ。


 その間、俺たちはこの島の城下町で観光したり買い物したりしている。


♠️  

〈丹生島城下町着物問屋〉


 俺が連れてきた4人の侍女長達は明わたりの華やかで珍しい絹織物をみて、楽しそうにしている。


 俺とお市様も絹織物をいくつか出してもらいながら話をしている。


「長い船旅から一夜開けましたが、疲れは出ていませんか?」



「ええ。昨晩はお酒もいただきましたし、ぐっすり眠れました。疲れは残っておりませぬ。この街は異国の珍しい物がたくさんあって楽しいですね。昨日のお話からすると値段は大分お高いのでしょうけど…」


 いい勘をしているな。南蛮が仲介して輸入している明渡りの絹織物。値段を聞くのが少し、怖い。


 しかしながら…



「ははは…。お市様やお市様のお子様達、子供の乳母達や私の侍女長達の着物を贖えるくらいのお金はございますよ。どれでも気に入ったものをおっしゃてください。他の侍女たちには、自分達で仕立てられるように生糸を一斤ずつ送りましょうか」


 この時代の明わたりの生糸一斤(だいたい大人の着物一着を仕立てられる量)の値段は現在の価値に換算し、10万円から20万円ほど。


 そこから考えるに…お市様に贈る着物の値段は帯なども含めて1000万円ほどが妥当か?子供達や乳母や侍女長たちには300万円ほどの着物がいいかな?(さすがに今回購入する服は普段着ではない。お市様や侍女達、乳母達の晴れ着である)


 まぁ、その価格帯で気に入ったものがなければもっと奮発しますけど…。


 ここ三年ほどの活動で当家の金蔵は潤っており、金がざっくざっくだ。主な収入源は醤油や酒の特許料と朝輝教の信者からの寄進など。


 その総額は現在の価値に換算すると700億円相当にのぼる。(一年目:50億円、二年目:200億円、三年目:450億円)


 城や製鉄所や馬車や船などを作るので貯めた金の過半が飛んでいくとはいえ、これくらいの買い物で当家の財政は微塵も傾かない。




「ありがとうございます。お言葉に甘えて、着物を選ばせて頂きますねっ。それと…昨日の話で疑問に思ったことも質問してもよいですか??わらわは見聞を広めに来ているのですもの」



 それを聞いて…俺は愉快な気分になった。


「それだけ熱心に色々なことに興味を持っていただけると、この地にお連れした甲斐があるという物です。どのようなご質問でしょうか?」



「まず、宗麟様が毛利討伐に消極的なのと、宗麟様の侍女長と結婚することになんの関係があるのです?」



 ああ。それか。

宗麟殿をとりまく人間関係を知らないとその辺の事情はよくわからないよな。


 俺は、その話をするために周りの店員達を下がらせた。


 そして、小声で宗麟殿の今の正室が大友の家中で大きな力を持つ奈多八幡宮の神官の一族であること。その奈多八幡宮出身の正室と離縁するとなると、奈多八幡宮派の家臣とキリシタン派の家臣の対立が決定的となって家中がバラバラになり、毛利討伐に参加するどころではなくなることを説明した。



「…なるほど。宗麟様とは以前からお知り合いだったので、フロイス様もそういった事情はご存知だった…と。大友の家が分裂するのをわかっていて、何故、宗麟様をいさめなかったのです??」


 お市様は、俺を少しとがめるような目で見た。



(この目は少し苦手だな)

とたじろぎつつ、俺はどう答えようか考えた。


「……大友の家中が揺れることはある程度、宗麟殿も承知の上で、あえて今の正室との離縁を決行しようとしているからですよ。毛利討伐に援軍を出すことに難色を示しているのがその証拠です。知らずにやっているならともかく、知っててやっていることに介入するのは逆効果というもの。介入するにも機を伺わないと…」


 俺がそう答えると、お市様はその内容を吟味するように考えこんだ。


 ……。


 数瞬考えた後に口を開く。



「なるほど…【四面楚歌】、でございますねっ」


 お市様は今度は、じとっとした目で俺を見た。



(ぐっ)


 四面楚歌。中国の故事のことではあるまい。


 ここでお市様が言及しているのは、俺が小谷城攻めのさいに寝返った近江兵に地元の舟唄を歌わせたことをさしている。


 あの時も俺は、ぎりぎりまで織田と浅井の関係に介入しなかった。


 今度も宗麟殿を説得するために、九州の兵に九州の歌を歌わせるのか?という皮肉。




(この会話の流れでそれをいうとは…なかなか聡明なお人だ)


 俺は内心、舌を巻いた。



 だが…今はあの時と状況が異なる。



「いや…。織田家と浅井家の関係は複雑すぎてあのような苦肉の策をとるしかなかったのですが…。今回は同盟さえ結んでおけば、困った時に宗麟殿の方から救援を求めてくださるものと信じておりますよ。宗麟殿はなんというか…丸くなられましたからね」


「丸く?」


 お市様は可愛らしく首をかしげた。



「ええ。ああ見えて宗麟殿は、若い時は気性が大変荒く、粗暴な振る舞いが多くて廃嫡される所だったのですよ。廃嫡寸前でお家騒動を制して当主となられたのです」



 そういうと、お市様は(どこかで聞いたことのあるお話のような…)とでも考えたのか、先程とは逆の方向に首をかしげ返した。


「はて…どこかで聞いたことがあるお話のような…?」



「まぁ…弾正忠様の若いころの話に似ていますね」


 宗教対立によって、身代が揺らぐところまで似ている。もっとも、織田家は既に比叡山の焼き討ちを回避したし、本願寺を含む一向宗信者達との関係も改善したのだが。


 大友家は、キリスト教のカトリック派という一神教に振り回されて、九州の寺社仏閣を壊して回ることになる。そうすると、この国の神仏を深く信仰している家臣たちの心がますます離れていくことになり、大友家は衰退の一途をたどるわけだ。



「……それです。兄上の話にそっくり。ほほほ」


 ひとしきり笑ったあと、お市様は気を取り直したように口をひらいた。


「そうですか…宗麟様は丸くなられたのですか…それをみて、フロイス様は介入するまでもなく、宗麟様が自分から助けを求められるとお考えになった…と。お酒の席で別の話をしながらそこまでのことをお考えになっておられたのですね」


 お市様は尊敬の目で俺を見た。




「ええ。まあ。……他に質問がありますか?」


 俺は、居心地の悪さを感じて別の話に切り替えることにした。


 ……。


 お市様はしばし考えてから口をひらく。


「…奴隷の話もされていましたが…南蛮の奴隷の扱いはそんなに酷いのですか??」



「ええ。その話は長崎でさせていただいてもよろしいでしょうか?実際にその目で奴隷がどのような扱いを受けているのかご覧になって頂こうと考えています。今は、買い物や物見遊山を楽しみませんか?」



「わかりました。そうですね。せっかくですし他国の雰囲気を楽しむことにいたしますっ」


 このあと、いろんな店を回ったり、教会にいってキリスト教や海外のことを話たりして、おもいっきり丹生島観光を楽しんだのだった。

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