第44話婚前旅行5

「奴隷以外のものを輸出する取引とな?」


 宗麟殿は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。


「はい。私が所属していた伴天連のもう一方の派閥――オルガンティーノ師の派閥では、この国の人間を奴隷として輸出することは布教の妨げになるとして南蛮諸国に奴隷の輸入を禁止するよう抗議しておりました。しかし…」



「しかし?」



「奴隷の輸入の禁止は信徒たちの権益を損なうとしてなかなか聞き入れられないのでございます。この国の奴隷は値段がとても安くまじめでよく働くので、南蛮で売れば仕入れ値の100倍で売れます。こんなボロい商売を禁止しては暴動が起きます。これは奴隷を売る方にも問題があって、カトリック教会にはどうしようもないことなのです。この国の為政者が介入しないと…」



「ふむ。この国の為政者とは儂のことか…。どうやるのじゃ?」



「まず、奴隷を売ることは人道上に問題があるだけでありません。奴隷を安く買い叩かれて高く売られているという屈辱的な取引を強いられていて大損しているということもご理解いただいて…そんな取引は辞めて、奴隷を輸出しなくてもいいところと取引することです。それが我々です。私の所領から宗麟様やここの商人達が必要としているものを調達してご覧にいれましょう。何が必要ですか?」



 俺がそう言うと、宗麟殿は(えーと…)って感じで考え込んだ。


「そうか…儂らは南蛮貿易で大損していたわけか…。あいつらめ!!…儂が必要としているのは硝石、鉄砲、大砲などじゃな。商人達は生糸や砂糖や陶磁器などを欲しがっておったな」



 ふむ。硝石は畿内や中部地方では国産化されて出回っている。それが、九州の地まで普及してないわけか。


 …。


 硝石は南蛮のものの半額でうっても畿内や中部地方で出回っているものの倍の値段で売れる。


 鉄砲の方は…ライフリングされた飛距離、命中精度、装填速度に優れた鉄砲も作れるが…ライフリングするのも紙製薬莢やミニエー弾を作るのにも手間がかかる。


 その銃を売っても銃弾を手に入れるのに苦労するだろう。


(普通の火縄銃を売るか)


 こちらも俺の領内(国友村)で作れるため、市場価格の半額で提供しても織田家に売るよりも倍の値段で売れる。


 相手はこれまでより安く品物を買え、俺たちも他に売るより高く売れる。Win Winな関係だ。


 大砲は、反射炉を作ってパドル法という方法で錬鉄を作るため、青銅製のものより丈夫で威力も飛距離も格段に上がったものを提供できる。価格は要相談。いや…まず鉄砲や大砲を他国に売ってもいいか、信長様に相談する必要があるか?


 生糸のほうは…と。確か近江では生糸の材料である蚕は将来、〝お蚕様〟と呼ばれて珍重されることになる。

 つまり、近江は蚕の養育に適した地であり、良質な生糸を量産するのに適した地であるということだ。農民に蚕の養育法を広めよう。その養育法は知恵と知識と技術の神・オモイカネ様に聞くのだが…。


 砂糖の方はビートを東北や蝦夷地で作る予定だからビート糖がつくれるな。それ以外にも砂糖を作る方法を模索してみるが…


 陶磁器…陶磁器なー……


 数瞬のうちに考えをまとめてから、俺は口を開く。



「はい。硝石と鉄砲はもう織田家中で作っておりますね。売って良いかどうかは弾正忠様に相談しないといけませんが…売って良いなら市場価格の半額で提供致しましょう。大砲も、南蛮のものより進んだ製鉄炉を建設中なので南蛮のものより威力や飛距離ともに優れた大砲を作れます。生糸も、これまでの国産品より質が良く、明と同等以上の品質のものを大量に生産する方法に覚えがあります。砂糖の方も心あたりはありますが…少し調達するのに時間がかかりそうですね」



「なんと…硝石も鉄砲も半額とは…」


 宗麟殿はその話にだいぶ興味を持っている。


「その上で大砲は鉄製で南蛮のものより飛距離も威力も上のものが作れる。生糸もこれまでより質の良いものを大量に作れる…と」



「はい。陶磁器に関しましては、倭寇と呼ばれる海賊の頭目に知己がおります。この者に大陸の技術者を何人か紹介してもらって九州の地で作られてはいかがでしょうか?よい土がとれるだろうところにも心あたりがございます」


 俺はにっこりと説明する。陶磁器に関しては正直、ちょっと苦し紛れだ。

領地開発をするのに陶磁器まで手が回らないし。


 陶磁器は輸出品として魅力的ではあるのだが……大友氏に譲ろう――肥前の鍋島焼だったか?



「ふーむ…してそれらの対価としては、なにを求めるのじや?」



 九州は石炭をはじめとして鉱山が多い。石炭以外の鉱物資源としては、金、銀、銅、鉄、錫、鉛、硫黄、水銀、石灰石などなど。



「はい。対価としては…この国で布教してると、山中で暮らしているものが燃える石なるもので暖をとってまして…今度作る製鉄炉にはその燃える石の中で良質なもの…硬くて黒いものが必要なのです。あと、鉄鋼石、硫黄、鉛、錫、石灰石、水銀などの鉱石も必要ですね。足りないものは金、銀、銅の鉱山を開発して支払っていただければ結構です。燃える石も他の鉱山も開発は大変でしょうし、安全な鉱山の開発方法や労働条件や労働時間や賃金などを、いくらに設定し、鉄鋼石や石炭をいくらで買い取らせていただくかも相談にのらさていただきます」



「ほう…燃える石や金、銀、銅などの鉱山を開くか…ふむ」


「いかがでしょうか?その旨を書状にまとめていただけましたなら、織田弾正忠様のところへ持って帰って交易の許可をいただいてきますが…」



「断る理由は何もない…な。わかった。書状を書こう。しかし…」


 宗麟殿は困ったような顔をした。


「そなたは毛利攻めに儂を誘いに来たのではなかったのか?」



「はははっ。この家中が大変そうなのはなんとなく察しました。そこで…まずは経済的な関係からはじめて信頼関係を築こうと考えたのでございますよ。軍事的には、そうですね…同盟だけは結んでおいて、同盟を結んだことを内外に知らせていただけないでしょうか?それだけで毛利も本国から動きにくくなりましょうし」


 まあ、他国との軍事同盟などこんなものだろう。積極的に兵を出してくれるものと最初から期待しないくらいが、ちょうどいい。


 それに、宗麟殿の方は家中が分断している中、他国に攻められたりしたら織田に援軍を要請してくるだろう。

そうなったら、俺たちが九州に攻め入る口実を得られる。


 それから信長様なら、援軍をおくる見返りとしておそらく宗麟殿に領地の割譲を求める。


 肥前の龍造寺氏や薩摩の島津氏の台頭によって宗麟殿は領土を割譲してまで大友氏を守らなくてはならなくなるわけだ。



(この同盟に織田家が損をする要素はなかろう)


 そんなことを考えていると…





「ふむ。それはしばし考えさせてもらおうか?家臣達とも図らんとな」



「は。あと、もう一つお願いがあるのですが…」



「なんじゃ?」


「この地には南蛮から様々な作物が伝来していたかと存じます。それらの作物の種や種芋を分けていただきたいのです」



「…。ふーむ…」


この問いに、なぜか宗麟殿はもったいつけた反応を示した。


「な、なにか問題でも??」




「それは、儂の願いを聞いてくれたら、にしようかの?」


 宗麟殿は何故かにやにやしてる。


「はい?」



 何この表情…嫌な予感しかしないんですけど。



 このあと、なにが起こったかというと…


 …


 ……


 ………



 果てしない宗教談義。


 俺の話を聞いて、キリスト教を広める側や信仰する者たちが奴隷に対してひどい行いをしていることにようやく疑問が出てきたらしい。


 キリスト教に入信してもいいべきかどうか、延々と話を聞かれたのだった。



 …俺は、キリスト教自体は愛の宗教と言われており、素晴らしい教えだと思う。問題はそれを教える側や信仰している者たちに既得権益や欲望があるためかもしれないですね?だから彼らの言うことをうのみせず、冷静に彼らの人間性を観察して判断しないといけないのではないでしょうか?と答えた。


 すると、


 愛とはなにかとか、儒教の徳とは何が違うのかとか…延々と質問された。


 まあ、宗麟殿がこれを機に領主愛に目覚めてくれて、領民達に対して善政をしいてくれるなら嬉しいが…



(忘れていたわ。九州の大大名・大友宗麟が無類の宗教マニアだってことをな!!)



 こうして、宗麟殿と俺たちの宴会は深夜までおよんだのだった。流石にお市様には途中で部屋に戻ってもらったが。嫁入り前だし…

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