第43話婚前旅行4

(うーん)


 俺は「儂がキリスト教に帰依しようと言っているのに、うかぬ顔をするのじゃな?」という宗麟殿の説いにどう答えようか考えていた。


 毛利攻めに入るのに大友氏を引き入れるのも、宗麟殿が今の正室と離縁してキリスト教に帰依し侍女長と再婚するのも史実通りではあるのだが…時期が5年ほど早い。 



(歴史が変わっている?いや、早まっているのか??)


 これは盲点だった。


 九州の情勢は探ったつもりだったが…宗麟殿がルイス・フロイスの知己であり、俺が歴史を知っていたがための盲点。


 宗麟殿と今後どのような関係を築くべきか、少し考え直したいところだ。



「いや、家中の者たちが八幡宮とキリスト教の間で分裂するのを避けるために禅宗に帰依した宗麟様が、これまでの正室や側室と離縁してまでキリスト教に帰依しようとは…大胆というか…驚いたのでございます」



「ふむ…それもそうか。儂もあのフロイス殿が織田殿の妹君をめとることになり、婚前旅行に参ったこと…いや、そなたが伴天連を辞めることを何よりも驚いておるぞ。はははっ。……積もる話もありそうじゃ。今宵は酒でも飲み明かそうぞ。それまでゆるりとしておるがよい。織田の姫君の部屋も用意させよう」



「……ご配慮感謝いたします」


 俺がそう答えると、「うむっ」と肯いて宗麟殿は部屋を出ていった。


 

(よかった)


 大友氏とどういう関係を結ぶべきか考える時間が出来たようだ。



♠️

 宗麟殿は俺の部屋の他に家臣達の部屋と女性陣の部屋の3つを用意してくださった。


 宗麟殿の小性たちにそれぞれの部屋にみなを誘導してもらって、俺は与えられた部屋に一人で横たわった。



(家臣団をまっぷたつに対立させる宗麟殿…暗愚としか言いようがないな。……いや、衰えたというべきか…)


 昔の宗麟殿はあのようではなかった。キリスト教は硝石や大砲を手に入れるために利用していたに過ぎなかったはず。一方で奈多八幡宮も家臣達を統率するために利用していたのではなかったのか?



 宗麟殿は、キリスト教も八幡宮も巧みに利用しながら、豊後・筑後の2カ国の守護大名であった大友氏を豊後、豊前、筑前、筑後、肥後、肥前、そして、日向と伊代をそれぞれ半国まで領有するまでに発展させた大大名である。


 その宗麟殿が今度は宗教によって家を傾けようとしている。…かつてのルイス・フロイスの知己であった宗麟殿がそのような境遇に自ら陥ろうとしているとは、〝諸行無常の響きあり〟という感じがして、なんとも言えない気分だ。


 だが…しかし……


 かつてのルイス・フロイスとしては複雑な気分でも、現在の俺――織田家の軍師としての俺からの立場としてはどうだろう?九州の大大名・大友氏の衰退は吉か?それとも凶か?


(ふーむ…)


 考えがまとまったところで長旅の疲れがでたのか、俺は深い眠りに落ちたのだった。 


♠️


 ゆさゆさと身体を揺さぶられて目を覚ますと、そこには石田佐吉の真面目くさった顔があった。


「殿。宗麟様がお呼びです。酒食の用意ができた…と。その席には是非、お市様もご一緒にとも」


「ふむ?」

 俺は寝起きのよく回らない頭で佐吉の話をぼんやりと聞いた。


 そして、寝ぼけた頭を覚醒させるために。

「うーん、よく寝た」

と伸びをする。


それから佐吉の用件に答える。


「ふむ…お市様にそれでも構わないか聞いてきてもらえぬか?…難色を示されたら、参加を強要せぬように。あくまで柔らかくお誘いするのだぞ?」


 佐吉こと石田三成にこの役目を頼むのは少々不安が残る。悪い奴ではないのだが、物の言い方に角があるというかなんというか…頭の回転の早い奴でもあり、このように釘を刺しておけば大丈夫だろうが…


「は」


♠️


「フロイス殿にお市殿。両名とも旅の疲れはとれましたかな?」


 宗麟殿は酒肴を前にそう聞いた。


 その席には石田佐吉と大谷紀乃介・藤堂与右衛門らも同席している。


 俺の4人の侍女長達は別室で食事することになっている。


「はい。いつのまにかぐっすりと眠ってしまっておりました」

俺が答える。



 隣のお市様も


「わらわも」

と俺の方を向いてこたえる。



「「ふふふ」」


 そして二人で意味もなく笑いあう。


 船旅でお市様たちの看病をしているうちにお互いに大分打ち解けてきたかもしれない。



 すると


「くくっ…くっくっくっくっ」

 と宗麟殿が笑いを堪えようとして、堪えきれなかったような笑い方をした。



「な、なんですか?」

 俺は宗麟殿の妙な笑い方を咎めるように聞き返した。



「いや、すまぬ。二人とも仲睦まじいものじゃと、感心したまでのこと。これが旅行の成果というものかの?」



「……そうかも知れませんね?宗麟様も新しい奥方様と領内を旅行されてみては??」


 お市様がいたずらっぽくそう言った。



「ふふ…旅行か…考えてみよう。さて、まずは一献」


 そう言って宗麟殿は俺とお市様の杯に酒を注いだ。

それが宴会の始まり告げる合図となったのだった。


♠️


「さて、こたびの儂の結婚とキリスト教への帰依についてフロイス殿はどう考える?」


 俺が織田家に軍師として仕えてから領地を拝領し、お市様と婚約するまでの経緯を話終わった所で、宗麟殿がそう聞いた。 



「……まことに祝着至極と存じます」

 俺はそう答える。


 他家のことに、むやみやたらと口出しや介入をすることもあるまい。それによって大友氏の家臣が対立しようとも織田家の軍師たるこの俺には関係のないことと、俺はこの問題から距離を置くことにした。


「ただ…」



「ただ?」



「大変、申し上げにくいことなのですが…キリスト教に帰依するのはあくまで宗麟様ご自身だけにして…イエズス会に土地を寄進なさったり、キリスト教を信じることを家臣達や領民たちに強制するようなことはどうかお辞めください」



「ふむ?」


 大名が土地を寄進したり家臣や領民に改宗をすすめたりすることの何が問題なのか?というように宗麟殿は首を傾げた。



「宗麟様は、この国のイエズス会が二派に分かれていることをご存知でしたか?」


 と俺は問う。



 …


「…知らぬ」


 と宗麟殿が返すので、俺はその辺のことを説明するべく口をひらいた。



 その内容を要約するとこうである。


 二派とはグネッキ・ソルディ・オルガンティノ師が主導する〝適応主義派〟とフランスシスコ・カブラル師が主導する〝ヨーロッパ優越主義派〟である。


 もともとこの二人は手違いからインド区管長代理としての権限が被ったことにより、激しく対立していた。


 ここ日本では二人の対立に思想上のものも加わった。


 イタリアの貴族出身のオルガンティノ師はザビエル師以来の日本人と日本の文化を尊重する適応主義をとり、ラテン語などを広め日本人司教を育てることに力をそそいだ。ちなみにルイス・フロイスもこの立場だった。


 一方、スペイン系の軍人出身のカブラル師はヨーロッパの言葉がわかるようになると日本人達が自分達を尊敬しなくなるとして日本人にラテン語などの外国語を教えることも日本人司教を育てることも断固として反対しているのだった。


 日本人が自分達を尊敬しなくなるというのはおそらく彼らの奴隷に対する考え方であろう。


 あいつら、奴隷は神の恩寵であるとか言っているからな。


 奴隷にされたもの達が幸せだとでも思っているのか??


 奴隷は自分達より低級な人間だと蔑み、家畜以下の存在のように生かさず殺さずのきわめて凄惨な扱いをしているくせに。



 まあ、朝輝教が畿内に広まったことで畿内でキリスト教を広めていたオルガンティノ師が失脚したことにより、日本人に差別的な態度を貫いていて不人気だったカブラル師が勢力を伸ばしたのであるが。


 このカブラル師はキリシタン大名に土地を寄進させることに積極的なのである。


 キリシタン大名である大村純忠もカブラル師の誘いで長崎の地を寄進している。


「これは、カブラルと違う派閥に属しているからこそ申すのですが…カブラルらのように、この国の民を家畜以下と差別するもの達に土地を寄進することで神の国なる理想郷が作られるなどという詐術にのせられてはなりませぬ。彼らが領民に与えるのは神の国などではなく、生かさず殺さずの搾取か奴隷として海外に売り渡すかの、地獄のような生活です」



「ふーむ…しかし奴隷はこの国においても、主な輸出品じゃからのう…」


 それを聞いて


 俺はがくっとなった。


(自分の領民達が奴隷として格安で売られていても、怒るとかじゃないんだ…)


 ……。


 まあ、それも想定済み。


「我らとの取引なら奴隷以外のものを輸出できるし、南蛮貿易で手にはいる以上の物を安く・早く手にいれることができると申したらどうします?」


 俺は心の態勢を立て直して、準備していた言葉を口にしたのだった。

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