第42話婚前旅行3

天正元年12月初旬


 出港してから3日目。やっと豊後の丹生島にうじまについた。


 この3日間はお市様や侍女たちや俺の家臣たちがダウンしていたので看病に追われていた。


 まぁ、そうこうしているうちにみんなと前よりもっと仲良くなれた気がするので看病も別に苦じゃなかったけどね。



♠️


 丹生島に降り立ってみると、意外と寒い。南国なんだからもっとあったかいのかと期待していたのだけど…。

織田家の本拠地である美濃や尾張の温度とそう変わらない。



 天気は相変わらず天照様の加護を受けたかのごとき快晴なのだが…。


 まぁ、いい。俺たちはさっそく大友氏の居城・丹生島城を目指すことにした。


 大友宗麟がなんでこんな離島に住んでいるのかについても理由があるのだが……。


 その話題は置いておこう。



 とにかく、俺たち男は徒歩。女性たちは輿に乗っていく。



 丹生島とは〝金属鉱物がとれる島〟との意味らしい。

北・東・南を海に囲まれ、西は干潟という天然の要害。


 大友宗麟は西の干潟を埋めたてて城下町を形成している。南蛮貿易が盛んな九州一の大経済都市である。


 この街では、石垣が高く積まれた家が多く、屋根瓦も特徴的。漆喰が塗られた白くて壮麗な建物が並ぶ。

 輿の中の女性陣たちも尾張や美濃とは違う感じの街並みを珍しげに眺めていることだろう。



 俺自身はここに来たことはないが、以前のルイス・フロイスはここに滞在していたことがある。その記憶もしっかり持っているので、不思議な気分だ。


 俺自身があったことがないにもかかわらず、大友宗麟の人となりや血縁関係、家臣団とのつながりや内政や外交、戦のやり方なども事細かに覚えているのだ。



 石畳の敷かれた緩やかな坂道を登っていくと、壮大な城が見えてきた。――丹生島城である。


 丹生島城は三重の天守と31の魯が連結された形の城――総二階造りの重箱魯からなる連郭式平山城だ。




♠️丹生城客間


「ようこそまいられた。久しぶりであるな」


 丹生城の客間で休んでいると、この城の主である大友宗麟が挨拶しに来てくれた。


 宗麟という名は出家名である。宗麟殿が帰依した宗派は確か…禅宗の一派である臨済宗であったか?



「お久しぶりでございます。宗麟様もお元気そうで何よりでございます」


 宗麟殿はこちらをしげしげと見る。


「まぁ、この前まで病で伏せっておったのじゃがの…しかし…女性を連れての旅とは…珍しい。南蛮の伴天連殿がまた、どういう趣向じゃ??」


「はは…。それがし、今は織田弾正忠様の元で働いております。このたび伴天連を辞めて主君の妹であるこちらのお市殿と婚姻することになりましたので、親交を深めるための婚前旅行に参った次第」



「市にございます」


 側に控えていたお市様が宗麟殿に挨拶をする。



「ほほう…織田弾正忠殿の妹であらせられるか…これはまた…美しい姫君じゃ」


 僧形の宗麟殿がお市様をまじまじとみて、感嘆したようにそういった。


 宗麟殿って女好きなんだよなぁ。変なちょっかいをかけられないか、心配だ。それに、



(姫君…ね。お市様は確か26歳くらいだったような…)


 まぁ、お市様は若くみられることが多かったようだ。37歳で柴田勝家と再婚した時でさえ、22・3才くらいにしか見えなかったという記録が残っている。


 26歳である現在では、子供が四人いても姫君で通る見た目なのだ。

 織田家は美男・美女の家系であり、見た目も若くみられがちな一族であるらしい。



「ははは…」


 とりあえず笑っておく。



「真面目一徹なフロイス殿がこのお市殿と結婚するために伴天連を辞めるのも無理はないというもの。しかし、婚前旅行とはまた…破天荒な。前代未聞じゃ。まさか、それだけのためにここに参ったわけでもあるまい。何のために参ったのじゃ??」



(前代未聞か…)


 そうだろうな。日本で始めて新婚旅行をしたのは幕末期の坂本龍馬だと言われている。

婚前旅行に至っては、誰がいつ始めたのか…俺も知らない。


 まあ、お市様の提案により旅行の前に短刀を交換したので、厳密にいえば西洋式の結婚はした後だといえる。ちゃんと天照女神像の前で短刀を交換して誓いのキスまでしたしね。したがって俺とお市様の現在の関係性は、結婚したが披露宴はまだしてないよ。っていう段階である。



「は。一つは伴天連を辞めることを長崎に伝えにいく途上であるということ。もう一つは毛利を討つことになりそうなので、毛利の宿敵たる宗麟様にもご助力頂けないかと、お誘いしに参ったというのもあります」


「毛利を討つか…」



「毛利は将軍をかくまい、天下を混乱させているので…。弾正忠様は、参議に任じられます。そして、朝廷に働きかけて将軍とそれに味方する者達を朝敵にしようとしています。それが、なにか問題ですか?」


 そう聞くと…


 僧形の初老の男・宗麟殿が困ったような顔をした。そして…


「いや、わしもこのたび結婚することになってな。その前に婚約者が敬虔なキリスト教徒なので、儂にもキリスト教に入信してほしいと頼むのじゃ。そうしないと、結婚できぬとな」



「は、はぁ」


 俺はなんとなく事情を察した。

 宗麟殿は現在の正室(奈多夫人)――ルイス・フロイスがイザベルとあだ名をつけて忌み嫌っていた女性と離縁して、新しい女性と結婚するつもりなのだろう。


 キリスト教は重婚を認めていないからだ。 


 宗麟殿が離島に住んでいるのも正室たるイザベル殿(奈多夫人)から逃げてきた結果といえる。別居ってやつだ。




「それは…おめでとう…ございます?」


 俺は疑問形で返した。この話、めでたいと祝ってもいいものか確信が持てなかったからだ。



「なんじゃ、ずっとキリスト教に帰依せよとせっついておったのに…いざ、儂がキリスト教に帰依すると申したら浮かない顔をするのじゃな?」



 キリスト教に帰依すべきと熱心に何度も説いたのは本来のルイス・フロイスであって、俺ではない。


 だが、今の問題点はそこではなく…



 宗麟殿と今の正室の仲は以前からギクシャクしていた。


 原因はいくつかあるが、一つは宗麟殿が無類の女好きであること。その女好きを辞めさせようと宗麟殿の正室(奈多夫人)は神社で祈祷までした。その所業が悪魔的であるとして、フロイスは奈多夫人にイスラエルの悪女―イザベルのあだ名をつけたのである。


 イザベル殿―奈多夫人は九州一の美女と言われているのだが…


 もう一つは宗教上の対立である。フロイスが呼ぶところのイザベル殿は奈多八幡宮の神官一族の出であり、キリスト教をたいそう嫌っていたのだが…大友氏の主従の間でキリスト教徒が増えていったことにより、八幡宮を信奉するものとキリスト教を信奉するもので対立していた。

その対立にも宗麟殿は疲れているのだろう。


 そして宗麟殿は俺との挨拶の時、最近まで病に伏せっていたと言った。病で伏せったところに優しく看病してくれた侍女長にでもほだされて正室とも側室ともみんな離縁し、重婚できないようにキリス教に帰依してまで新しい正室として迎えようというわけか…


 それをしたら大友氏の家中の宗教対立が決定的となり、毛利攻めに加担するどころではなくなる…と


 まぁ疲れているところに優しく看病してくれた侍女長にほだされたのもわからなくはない。だが…


 家中の対立が決定的になるのをわかっていて、それをしようと言っているのがなんとも…


 この決断……毛利討伐に加担できなくなるどころか…大友の家が傾くぞ!



……………………………………………………………


ルイス・フロイス


 主君:織田弾正忠信長


 所領:北近江の一部、伊賀、伊勢


 石高:79万石


 役職:軍師兼鉄砲奉行


 官位:無し


 直臣:大島甚八、神子田長門守、堀太郎左衛門、前田慶次、山内伊右衛門、藤堂与右衛門、石田佐吉、大谷紀之介など


 裏家臣:堯俊、千代、林道乾


 動員可能兵数:2万人


 忍び:伊賀全域と甲賀の忍びの一部


 協力者:帰蝶、斎藤新五郎(麾下の加治田衆も含む)不破市之丞、その他の美濃衆、木下藤吉郎(麾下の川波衆や竹中半兵衛等も含む)、前田又左衛門、佐々蔵之介、丹羽五郎左、今井宗久など


  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る