第46話婚前旅行7
〈長崎港〉
ビシイィ!!
三方を山に囲まれ、すり鉢状と形容される長崎の港に鋭い音が響き渡る。
ムチが地面を叩く音だ。
天気は快晴。風は強く、湿気と塩気を帯びており、温度は丹生島よりやや温かいだろうか?
俺達は大友氏との同盟の草案をまとめ、宗麟殿から様々な作物の種や種芋をもらって長崎の地にやって来た。
厳密にいえばこの長崎の地は、日本ではない。この地の大名である大村忠純によって元亀元年(1570年)にポルトガルのイエズス会へ寄進されているからだ。
つまり、ポルトガルの植民地というわけだ。
そのためか、異国情緒がただよっているのだが…
ただよっているのはそれだけではない。
言葉では言い表せない異様な雰囲気が満ちているのである。
目に見えているものをあえて言葉にするならば……
太閤・豊臣秀吉もこの光景を見たとき、怒りに打ち震えたという。
豊臣秀吉の右筆である大村由己は『九州御動座記』に秀吉の意向を残している。
それによると…
〝日本人数百人を男女を問わず南蛮船が買取り、手足に鎖をつけて船底へ追い入れた。地獄の
キリスト教が広まるのを許容すれば、たちまち日本が外道の法に染まることを心配する〟
とのこと。
俺は別にキリスト教を禁止しようとも、キリスト教徒を迫害しようとも思わないが…。この光景をみて怒りに打ち震えたのは同様である。
怒りを堪えながら、ふと横をみてみると…
綺麗な着物を着た大柄な美女が、手を懐に入れて俺と同じく怒りに身を震わせていた。
(…懐にあるのは俺と交換しあった結婚短刀だろうなぁ)
その短刀(とある業界ではドスと呼ばれている代物)でどうするつもりなのだろうか…。
それを見て、俺は自らの怒りを引っ込めざるを得なかった。
(お市様は短刀で奴隷を監視している南蛮人達に突っ込むつもりか…ここはおれが冷静になって止めないと…)
この状況をみてお市様が、怒りに打ち震えるところまでは想像できたが……短刀をもって突っ込もうとするとは想像以上の反応だ。
大友宗麟に〝姫君〟と称されるほど、普段はおっとりしていて可憐なお市様だが…小谷城開城に際し、自害すると叫んで周りが止めるのに苦労したという話も聞き及んでいる。
(怖っ。お市様をなるべく怒らせないように気をつけよう)
俺はそっとそう心に誓いながら、お市様を止めにかかるのだった。
♠️
「フー!…フーッー!!」
お市様を説得する所、数十分。
「ここで、あの隊列に突っ込んでも根本的な解決になりません。為政者として何が出来るか考えないと…まずは南蛮の伴天連の長に話を聞きに行きませんか?」
と、なんとか説得でき、南蛮寺と呼ばれる丘の上のイエズス会の本部に着いた。
が、未だにお市様の怒りは収まっていないらしく、目は血走り、息も荒い。
船の守りは藤堂与右衛門と水兵達に任せてある。
侍女長達も今回は船にお留守番中。
そういえば、大友氏との同盟の証として宗麟殿と奈多夫人との間に出来た娘が船旅に加わった。信長様の養女にとのことだが…。実質的には人質である。
名を景という。歳は16歳。見た目は若い頃の北川◯子似だ。九州一の美女といわれている奈多夫人(イザベル殿)に容姿も性格もそっくりとのこと。
景殿は、宗麟殿と奈多夫人が離縁することになったことにキリスト教が関与したことで俺のことを警戒しているようなのだが…。濡れ衣もいいところだろう。俺は宗麟殿と奈多夫人との離縁に全く関わってないし。それに関わったものがいるとすれば、これから向かうところにこそいるはずだ。
そいつに引き合わせて誤解をといておくか。
(しかし、嫁入り前の娘を同盟相手の養女にするとは慮外というかなんというか。政略結婚の道具にするなりなんなり好きにしろってところか?)
愛情が感じられないな。離縁する正妻との間に生まれた娘。しかも、その正室と容姿も性格もそっくりとなれば疎ましいものなのかもしれない。
(不憫な娘だ。女性の活用を目指す俺としては景殿の生き方をもっと自由なものにしてやりたいところだが…。旅の間に、本人の意向を聞いてみるか?
その上で信長様に相談しよう)
ともかく、俺たちはこれから日本の宣教師のトップと会う。
共は、俺とお市様と景殿、大谷紀之介、石田佐吉の他に護衛の兵が5名ほど。
大友紀之介こと大谷吉継は、のちに謎の眼病に悩ませられることになるが、今はまだその兆候もない。健全で人好きのする快活な若者である。
紀之介もお市様の怒った様子に触れないように、そっと距離をおいている様子。快活なだけでなく、要領もいい奴。
俺達がここの総責任者たるオルガンティーノ師に面会を求めて、待っていると…
かっかっと音をたてて大柄で金の髪と豊かな髭を蓄えた壮年の宣教師が礼拝堂の中に入ってきた。
ここは礼拝堂だけあって、音がよく響きわたるように設計されている様だが…。
こちらに近づいてくるかっかっという足音には、なんとなく静かな怒りのようなものが感じられるのだった。
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