第33話天照朝輝教の威力

♠️天正元年(1573年9月)


 金ヶ崎から帰った二ヶ月後には史実の通り姉川の戦いが起こった。史実と違ったところはこの戦いで浅井から奪った城―横山城の守将が木下殿ではなく、俺になったことだった。


 調略の得意な木下殿に先んじて、俺が天照朝輝教あまてらすちょうききょう(以下、朝輝教)を使って以前から浅井の家臣達の調略に勤しんでいたからだ。


 朝輝教が広がるメカニズムには段階がある。


 天照女神像を売ってるのを見るとその像に魅了されて買わずにはいられなくなる。そして、三文という安さもあってつい買ってしまう。


 像を買うと、暇があったら拝むようになる。

それから、周囲のものに像をみせて天照女神像を買うようにすすめだす。


 そうして天照女神像が広まったところに天照女神像の行商人達が朝輝教の教義と戒律を伝えに行く。


 朝輝教の教義はシンプルだ。天照女神像を一心にあがめていれば死んだあと、天照大神の元へ運ばれて現世の罪を禊がれて、幸福な来世が約束されるというもの――いわゆる、来世利益型の宗教。


 だから死んだ後、天照大神に会う時に自分が恥ずかしい思いをしないように、現世では真っ当な生き方をしようという教え。――天道と言われるものだ。


 天道は朝輝教がおこる以前から広まっていた。だからこそ、天道に基づいた教えである朝輝教が三年という短い期間で爆発的に広まったのである。



(天照様に来世を用意された俺自身が幸福かどうかまだわからないが…。)


 戒律もシンプルに二つだけ。


 一つ目は〝朝輝教の教主の教えや命令に背くべからず。〟

教主がカラスは白いといったら白いのだ。


 二つ目は〝教主の名前、教え、命令を騙るべからず〟

今の教主は堯俊。そのことは行商人達が信者に伝えている。堯俊の教えや命令も行商人達が信者に伝える。背いたものには天罰がくだるという設定だ。


 天照女神像には神通力があり、信者はこれらの戒律を破れない。教主を騙るものは決していないのである。

 そして、信者でないものは信者にはっきりとわかる。信者達は他人が天照女神像を熱烈に愛好しているかどうか一目で正確に判断するのである。


 信者でないものが教主を騙れば、その者の身は保証されない。――端的に言えば、信者から袋叩きにされる。


 こうして朝輝教は日本の最高神を祀っていることと、現世が荒れていることもあいまって爆発的にその信者を増やしていった。


 近畿、東北の全域は朝輝教の信者に溢れている。四国、中部地方の一部にも広まっており、織田、徳川の両家の家中もほとんどが朝輝教信者となっているのが現状。信長様も家康殿も信者なのである。――信長様には神通力の効力が薄いらしく、戒律にあまりとらわれていないが。


 本願寺、延暦寺など近畿にあるほとんどの宗教勢力も朝輝教に併合されていった。


 今ではそれらの宗教勢力が積極的に朝輝教を広めている。


 朝輝教教主・堯俊は信長様を支持しており、信者達にも織田信長の味方をするように命じている。そのおかげで比叡山を焼き討ちする必要が無くなった。長島の一向一揆のほしごろしも本願寺との戦いも起こらない筈だ。




 俺たちが硝石の国産化に成功し市場にながしだしたことで硝石の値段が下がり、硝石目当てに入信していたキリシタン大名たちも朝輝教に宗旨変えしている。

南蛮の宣教師たちは取り込めていないが、畿内におけるキリスト教徒の獲得は難しいだろう。一神教たるキリスト教と多神教たる朝輝教は決して相容れないのである。天照女神像及び朝輝教を悪魔と罵るキリスト教の宣教師達は畿内から淘汰されつつある。



(外見が南蛮の宣教師・中身が現代日本人である俺からしてみれば、別にクリスマスに教会へミサにいって、正月に神社へお参り。結婚式はキリスト教式で葬式は寺社であげる。とかやってもいいと思うけど…。このままだと、キリスト教に関係する行事――クリスマスやバレンタインデーなどの社畜の敵は日本から自然消滅か。……残念、無念っ♪)



 天皇家の祖神である天照大神を祀っているとあって、貴族の間でも朝輝教は大人気である。したがって、貴族も大部分は織田信長を支持している。



 近畿内で織田家に敵対する勢力は信長様の操り人形とみられることを嫌っている将軍・足利義昭、浅井長政・久政親子、朝倉義景、六角氏、三好氏らのみ。


 将軍・足利義昭はのちにお手紙将軍と揶揄られるほど各地の有力な勢力に信長様を討つよう追討令を送りまくっている。


 これに応じているのは浅井・朝倉両氏、六角氏、三好氏以外では中国地方の雄・毛利氏、越後の上杉氏、甲斐の武田氏、関東の北条氏くらいのもの。


 九州にも朝輝教は広がってないので、九州の大名達ともいずれは戦うことになるだろう。



(でかい敵はだいぶ残っているが、宗教勢力を相手にしなくていいぶん楽になったかもしれない)



 朝輝教の出現によって国内は概ね朝輝教の信者と信者以外のものに二分されている。潜在的にその二つの勢力が争っている感じか?


 おれは、この状況に至るのを横山城で浅井・朝倉氏を内部から切り崩すことに専念しつつ、じっとまっていた。


 横山城に入って3年。やっと時は満ちた。浅井・朝倉を滅ぼすのは今である。


 これを機に朝輝教の威力を世に示す。


 作戦のほうだが…。朝倉氏のほうは、本拠から離れて小谷城に援軍に来ている。本国に何かあったら大慌てで帰ることだろう。朝倉氏の本拠である越前で大規模な一揆でも起こさせてやるかな?帰ったところを追いかけて行って討つ。


 小谷のほうではというと…調略により、城内の将兵はほとんど寝返っている。浅井方に残る人数は数百人といったところだろう。どうとでもできるが…残った兵で玉砕突撃(バンザイアタック)にくるのはやめてもらいたい。敵味方双方の将兵の命がもったいないし。なんとかして無条件無抵抗で降伏してもらいたいところだが…。さて、どうしようか??

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