第27話若狭攻めとみせかけて
ピン殿は俺と密約を交わしたのち、パタニ王国へと旅立った。そこではひとまず貿易商をしつつ密かに天照女神像を東南アジアにひろく広めていってもらう手筈となっている。
まぁそれはそれとして、ピン殿には家族を大切にしてもらいたいものだ。
彼は史実ではタイにイスラム教のモスクをたてることになるのだが…これがいわくつきで、明の母親のもとに帰るように説得しにきた妹が説得に失敗して建設中のモスクの一部に身投げをすることになる。妹が身投げした場所は落雷や事故がつづき、決して完成しなかったという。
ピン殿と会談してから美濃へ帰り、新兵器の開発や様々な授業に明け暮れた。東南アジアの進出へむけてマレー語の講義も始めた。
そうして、半年がすぎた。
近畿圏では堯俊が東北地方では前田慶治が東南アジアにおいてはピン殿が天照女神像を広めており、猛烈な勢いで信者を増やしているのが現状。
天照女神像を信奉する信者からの寄進も天文学的な勢いで増えつつある。宗久殿と進めている酒や醤油の商売も軌道にのりつつあり、一個5000両(5億円)かかる反射炉の二つや三つは3年以内に建設できそうである。
♠️ 元亀元年(1570年)4月20日
年号が改まった。その年の4月、信長様はいつまで経っても上洛しない若狭の武藤氏を攻め滅ぼすと宣言して2万5千の兵をひきいて京をたった。
俺こと、ルイス・フロイスも直属の兵300と木下藤吉郎、前田又左衛門、斎藤新五郎などを副将格とした2700の兵を従えている。
開発に成功した新式銃は俺の直属兵団が100丁、木下藤吉郎麾下の川波衆が100丁、斎藤新五郎麾下の加治田衆が100丁、あとは信長様の護衛部隊である佐々殿の部隊が200丁持っている。
そして、俺の荷駄隊は俺が開発した新兵器の数々を積んで運んでいる。
途中で徳川殿の援軍6千も加わった。
若狭攻めは偽り。進路は途中から越前の敦賀へと変わった。
♠️ 元亀元年4月25日
信長様は敦賀の手筒山城を力攻めして一気に落とした。
続いて、金ヶ崎城を取り囲むと、城を明け渡す代わりに一ノ谷まで無事に引かせて欲しいと相手方が交渉してきたので、その条件を飲んで無血開城させた。
俺たち以外の織田・徳川連合軍は朝倉氏の本拠たる一ノ谷へ進軍すべく、木目峠へと進軍中。
この間、俺たちは予備軍として控え、一戦もしていない。
その後、すぐに俺たちは金ヶ崎城に入って防衛戦の準備に入った。新兵器である木砲や火縄をつかった簡易的な地雷を敷設し、撤退路以外のいたる場所に落とし穴やワイヤートラップのようなものやくくり罠などを設置し、美濃でとれるトリカブトの毒を塗ったマキビシなどもまいた。
マキビシって普通の戦ではあまり使われないんだよなぁ。なんでも武田信玄が試しに使ってみたら「武田の武も地に落ちた」とかって揶揄られたそうな…。その後、信玄はマキビシを決して戦に用いなかったという。
そんなにマキビシって卑怯かな?武田軍が得意とする石投げはOKでマキビシはアウトなんだ…戦国の基準は分からん。マキビシがアウトってことは落とし穴や地雷、ワイヤートラップ的なものやくくり罠とかもアウト??
マキビシに塗った毒は日本に生えてるトリカブト由来で毒性が比較的弱い。ちょっと踏んだくらいでは死なない。
踏んでからしばらくすると、激しい動悸とめまい・吐き気・痺れなどがして、それでも無理をしたら一刻ほどぶっ倒れるくらいだ。
地雷も踏んだら火縄が落ちて壺の中の火薬が爆発するという単純な物。火縄の火は長持ちする様に工夫しているが…半日もすれば燃え尽きるので戦が終わったあとは無害だろう。
まぁ揶揄られたら、そんなの知りませんでしたって素知らぬ顔をするけど。オレ、南蛮人。ソレ、ワかりマセーン。
孫子いわく、〝勝兵は先ず勝ちてしかるのちに戦い、敗兵はまず戦いてしかる後に勝ちを求む〟
(勝つために前もって罠を仕掛けることの何が悪い)
この準備のために川波衆や加治田衆がおおいに役にたった。美濃の山野で戦いに明け暮れていた美濃衆はこういう作業が大得意。藤吉郎どのを説得し与力にしたのはこのためだ。
(この準備、浅井が裏切らなかったら全くの無駄になるのだが…)
そう考えつつ、俺は浅井のところを監視させている式神の映像を見るために意識を集中させた。
♠️小谷城下浅井屋敷(浅井を監視している式神からの映像)
どたどたどた!
誰かが廊下に駆けこんできている。
「申し上げます。織田殿が朝倉殿の越前へと侵攻。朝倉殿から殿に援軍を要請してまいっております」
「ふむ。義兄上からなんの知らせも受けておらぬが…どうするべきか…」
浅井長政殿は困ったような顔になった。
「まぁ、ことここにいたってはどちらかに味方せねばなるまい。どちらにせよ…評定を開く。重臣たちをあつめ、兵もあつめよ。全軍じゃ」
「ははっ」
控えていた家臣が平伏したその時、
「これから評定を開くじゃと…そんな悠長なことをしておる場合か!!」
浅井久政殿がわめいた。
「これは父上。しかし、浅井の一大事。家臣達にもはかりませぬと…」
「そんなことをしていたら朝倉殿が滅んでしまうわ。そして、次は浅井が織田に攻め込まれるぞ!」
「まさか!浅井と織田は婚姻関係を結んでおります」
「たわけ!朝倉に攻め入る時は浅井に相談する。それだけの約束もあっさりと破る信長が、我が浅井を攻めぬ。と、なぜ言い切れる。この小谷は天下の要衝ぞ。天下布武を唱えている織田信長がここを他家のものにしておく道理がないわ!いずれ何がしかをこじつけて、攻め入ってくるに決まっておる」
「なるほど…それは、一理ございますな…味方するほうはそれがしが決しますので、しばし自室で考えさせて下さいませ」
「…」
「…ふむ…早く決断するのじゃぞ?」
「はい」
そうして、長政殿は妻で信長様の妹たるお市さまの部屋に赴いた。
♠️
「まあ、殿、いかがなされました?お顔が真っ青ですわ」
お市さまは心配そうに問う。
「浅井の一大事なのだ!!」
長政殿は忌々しそうである。
「…。その様子ですと…兄上は殿に断りを入れずに越前に攻め入りましたか…?」
それを聞いて、長政殿はなんでわかった?という感じのけげんな顔になった。
「ふむ。よくわかったのぅ?」
「兄上の性格は良く存じておりますゆえ。他家を攻めるのに浅井に相談しろなどと言ったら、断固として相談ななどするものかと相談なしに攻めまする。そういう、へそまがりなところがございますよ。兄上には」
「それを、早くもうせ…」
長政殿は困りきった顔をする。
この問題は難しい。お市様も、実家と婚家に挟まれて口を挟めずにいたのだろう。
「で、殿はどうなさるおつもりなのです?」
「ふーむ…」
長政殿はしばし考えこむ
「父上が言っていることも気にかかる」
「義父上はなんとおおせなのです?」
「北近江は天下の要衝。天下布武を唱えている義兄上が放っておくわけはないというのよ」
「まぁ!」
「うーむ…。そう言えば…判断を誤れば浅井は滅びるとフロイス殿が言っておったな。そして、極端な行動にでろ…と。」
「そうでしたね。フロイス殿は遠回しながらも、浅井の将来についてなにか重要なことを教えてくださろうとしているようでした」
「ふむ。あの謎かけのような言葉はこの状況でどう動くべきか、示唆してくれていたわけか。どういうことじゃ??…うーん。…義兄上はこの国を大きく強い国にしたいと言っておられた。…大きく?義兄上は日の本を統一されるおつもりか!ということは、すなわち…大名を滅ぼしつくすおつもりなのではないか!!」
「何かわかりましたか??」
「ああ。…義兄上は、この浅井をも潰すおつもりじゃ!」
まあ、本来の信長様の方策ならばそうかもしれない。そこに気付く長政殿は、慧眼の持ち主と言えるのではなかろうか?
この世界では、俺が信長様にそんなことをさせないが。
「そんな…」
「確かに大名を全て潰せば戦国の世は終わり、この国は一つにまとまるだろう。強く大きな国になるかもしれん。しかしながら…全ての大名を潰すとなれば…この浅井もやがて義兄上に潰されるではないか!」
俺の占いを決断の根拠にするか…
そういう意味で言ったのではないのだが…
ここで裏切らなければ、浅井の領地はひとまず安堵されることになっている。潰すとするならば、信長様の孫である三法師君あたりの代に末期養子の禁などの苛烈な法度を作ったりして合法的に潰す。今はなにも理不尽なことをするつもりはないし、久政殿が言ってることは荒唐無稽である。
だが、織田家は当面、四方を敵に囲まれて戦いに明け暮れなければならなくなる。織田との同盟を続けるならば徳川殿と同様、あまり得にならない戦に援軍を出し続けなければならなくなる。そうなったらすでに不満を抱いている浅井の家臣達や久政殿は、また裏切りを進言するだろう。だからこそ、どちらも苦難と言ったわけだが…常に裏切りを警戒しないといけない、こちらの身にもなって欲しいものだ。
「もしや、兄上が殿を信頼しきって背中を向けているのをいいことに、兄上を討とうとお考えなのではないでしょうね??」
お市さまが心配そうに問うた。
「…うむ。そなたには悪いが、わしは朝倉殿のほうへつく。父上が強硬にそれを主張しておるし…家臣たちもそれに同調するであろうからな。是非もないわ。極端な選択……これを機に義兄上を討つ!しかしながら…背中からの不意討ちは、たしかに本意でないな…。…。そなたは、そのことを義兄上に知らせてやれ」
「…よろしいのですか?」
…
「それが、織田の女であるそのほうの役目であろう?かまわぬさ。おそらくその使者がつく頃には、手遅れであろうがな…」
「ご配慮、感謝いたします」
「うむ。この決断を家臣たちに知らせてくる。目指すは織田信長の首ただ一つ。全軍をもって信長の首をとってくる」
「…。…これも…戦国のならい…どちらも応援できませぬが…どうかご武運を…」
お市さまの白く、綺麗な顔は血の気を失って真っ青になっていく。
「いってまいる」
長政殿は妻の顔色の悪さを心配しつつ、その心配を振り払うがごとく部屋を出て行った。
♠️
式神からの映像は以上だった。
やはり浅井は、背後から我らを急襲するつもりだ。
(……俺の備えが無駄にならなくてすんだか)
織田の存亡の危機に俺はそんなことを思った。
無駄になったらなったで、喜ぶべきところだったかもしれないが…
お市さまの血の気の失せた青白い顔…痛ましかったし。
それを式神を通して見ていた俺も胸が痛んだ。
複雑な思いで、俺は浅井の裏切りを信長様に伝えに行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます