第26話半島は半島でも

 ピン殿が困惑している間に俺は考える。


(困惑するのも無理はない)


 説明が下手すぎた。インドネシアの石炭の話とパタニ王国の関係性が分かりにくすぎだろう。


 それに石炭ならば赤道近くまでいかなくてもお隣の半島に結構、潤沢にあったりする。


 だけどなぁ…華夷秩序とかいう日本人がなんとも思っていない中華思想に大層なこだわりを持っていらっしゃるようなので、日本が進出しようとするとお隣の国の人達は嫌がりそうだし、あんまりそっちに行きたくないというか…


 中国に近い国の方が偉いという謎理論。日の出る国の人間としては日の没する国に近い国の方が偉いと言われても理解できないですね。



 まぁ…将来のことを考えれば、織田家が日本を平定した後、軍事力が余って職にあぶれる者がたくさん出る。

そして、その人達が不満を持って反乱を起こすだろうなってのも想像がつく。


 その反乱予備軍達を海外に向けた方が日本は安定する。

そして、俺の使命とも合致するのである。


 じゃあ、どこを攻めるのかって話だが…攻めるなら資源が豊富なところがいい。

それで必要な資源はなにかって考えたら石炭かな?ってなった。石炭は鋼鉄を作る熱源にもなるし、蒸気機関の動力源としてもこれから必要になってくるだろう。

 そこら辺を考慮するとインドネシアあたりが攻略対象としていいなと考えた。そしてインドネシアに攻め込む軍事拠点として考えたのがタイのパタニ王国なのである。


 パタニ王国は元々、ピン殿がこれから深く関わっていく国だ。

調べてみたら、つけ込む隙も大きい。


 パタニ王国の王弟が謀反を起こしそう。でもって王弟には人望がなく、現王には娘ばかりが三人。


 とはいえ、娘三人が順番に女王となりパタニ王国の宗主国たるアユタヤが一時期、弱体化するのも相まってパタニ王国は三人の女王の時代が一番栄えるのだが…。


 いかにパタニ王国の三姉妹が英明だろうとも、女王も子供を産む必要があり、その伴侶は絶大な権力をもつということだ。


 俺はその説明をピン殿にした。


「なるほど…現王の王女三人のいずれかの伴侶にそれがしがなり…パタニ王国をのっとって軍事拠点として提供して欲しいと。その後ろ盾にこの国の織田家がついてくださるというわけですか…」


「まあ、だいたいその通りです」


「うーん…難しい注文ですな…」

ピン殿は思案顔である。


 難しいのは承知の上で、おれは後ろに控えている伊右衛門に目配せする。

あるものをピン殿に見せるためだ。


「難しい注文のように聞こえたかもしれませんが、これを使えば結構簡単かと思います」


コトンとピン殿の前にその物をおく。


「これが何であるかを説明する前に、これを手にとってよくご覧ください」



「はぁ…」


 ピン殿はそれを手にとりいろんな角度からじっくりと眺める。


 そして、何かに感電したようにびりびりびりってなる。

〝奇跡の人〟のヘレン・ケラーなら水に感電したかのようにウォーって叫ぶ場面だ。


 目の色を見ていると、興味なさげなものから一瞬、光彩が失われ、そして、その物に魅入られたように変化していった。


 呪われた…いや、その像がもつ神通力に魅入られたのであろう。


(ふふっ。効いてる。効いてる)


「こっこれは…」


「素晴らしいでしょう。堯俊という仏師が持ち込んだ物です。それにはある種の神通力が秘められており、それをみたものは魅力されて、それを手に入れずにはいられなくなるのです。どうです、この国に来た記念にそれをあなたに寄贈させていただきたいのですが…」


 それというのは、天照女神の木像である。堯俊が手彫りした四体目の像。作った順に所有者の天照教内の地位が高くなる。一体目は俺が所有。二体目は堯俊が。三体目は信長様に献上してある。


 他の家臣や忍者や行商人がもつのは大量生産した石膏の像の中では上位の代物だが、木像を持っている人ほどの権威は持たない。


「ほ、ほう…見れば見るほど素晴らしい像ですな…神々しい…これを私にくださるのですか…」



「はい。そしてそれのレリーフの石膏像をパタニ王国および、その周辺国に広めていただきたいのです。日本の神として。そして、その子孫たる日本の天皇を崇拝するように」


「は…はあ。このような素晴らしいものは、是非とも世に広く知らしめたいものですが…東南の国々は確かイスラム教とやらを信奉しており…偶像を崇拝することを厳しく禁じていたような…」



「その通りです。ですのでこれをパタニ王国に広めるのは危険なのですが…ご自身で体験してもらったようにこの像には抗えない神通力が秘められています。うまくやれば王族に気に入られる道具にも、邪魔者を追い落とす道具にもなるでしょう」



「ふむ。なるほど」


「イスラム教が国教の国に日本の最高神をかたどった偶像を広め、しかるのちにその国に宗教対立を引き起こさせてその国をのっとるという危険な策ですが…協力していただけますかな?」


「それは…この像を世界に広めたいという衝動を抑えきれず、一もニもなく協力したい気分なのですが…そんな気分にとらわれず、冷静に考えないといけませんね…

それをすることになんの得があるのですか??私に」


 得?…海賊が一国の主になり、その国を栄えさせる。という、サクセスストーリーに興味がないのだろうか…


「パタニ王国をのっとってくだされば、その国を我が国の天皇とそれを支えている織田信長の名において安堵いたしましょう。安堵って言うのは軍事的な協力を惜しまず、周辺諸国の侵略から守るって意味です。パタニ王国はアユタヤにも南蛮にも目をつけられておりますからね。日本の軍隊は戦乱が続いてますので、強いですよ?あなたは男子として生まれた以上、一国を治めてみたいとは思いませんか??」


 このピンという男、若い頃は学問に精通した神童であったという。それで明の役人にならずに海賊になったのはどうしてなのかわからないが…世界を股にかける海賊になったのは、器が大きいというか何というか…

そして、天照女神像というチートを使わなくてもパタニ王国の高官となって、そこでもイスラム教のモスクを建てるほどの財をなすのだが…


「一国の主ですか…」


「そうです。あなたは若いころ、明の大学にまで通った神童であったとか…国事に興味がおありでしょう?」


 俺がそういうと…

ピン殿はびっくりした顔をした。


「そ、そんなことまで…どこで」


 この時代の大学というのは、現代のようにレベルにピンキリがあったわけではなく、広大な明国の中から選りすぐられたごく僅かな俊才のみが通える学問所である。国家の為のエリート中のエリートを育てるための場所というか。


 そんなところに通っていた俊才が、政治に興味がないなんてことはありえない。


「はは…まぁ南蛮の宣教師をしておりますと、いろんなことが耳に入ってくるのですよ…」


 いや、本当は知恵と知識と技術の神オモイカネ様に教えてもらったのだが…


「あなたがそれをやってくださるなら、天照女神像の石膏像のかたを無償でお譲りします」


「確かに国事に興味があったのですが…私の故郷である明はくさりきってましてね。そんな国で役人になる気が失せたのです」 



「ほう、明はそんなに腐敗しているのでっか?」

 これを聞いたのは、宗久殿だ。



「ええ。皇帝は政治に興味がありません。家臣たちは好き放題に振る舞っており、鉄や塩や砂糖、絹織物などを専売にして暴利を貪っています。国民達は砂糖や塩をなかなか口にすることができないのですよ」


「ほほう」


「だから、鉄や塩や砂糖などの専売の品を奪って庶民に国が定める値段より安価に提供するために義賊になったのですけどね」


 この後も、ピン殿の愚痴はつづく。


 俺達はひたすら、それを傾聴する。


(天照像の効力で説得が楽になってるはずなのに…愚痴は聞かないといけないのか…)


 …。


 中略。




「…。自分で国を作るなら、そんな国にしたくないもの…。パタニ王国をのっとって私が主となるか…確かに面白そうだ…やらせていただきましょう」


「わたし達も最大限の助力をいたします。お互いに力をつけ、協力しあえば、将来的に明を攻略することもできましょう」


「将来的に我らで、明を攻略するのですか?それはいい…。痛快ですな!今後とも、よろしくお願い致します」


「こちらこそ」


 こうして、俺とピン殿はがっしりと握手したのだった。


 東南アジアは島が多く、海峡も入り組んでいて攻めにくい。


 できれば朝輝教の布教によって、内部から調略していきたいものだ。



……………………………………………………………

ルイス・フロイス


主君:織田弾正忠信長


所領:なし


禄高:3000貫


役職:軍師兼鉄砲奉行


官位:無し


直臣:大島甚八、神子田長門守、堀太郎左衛門、前田慶治、山内伊右衛門


裏家臣:堯俊、山内千代、林道乾(ピン・イン 麾下の倭寇を含む)


直属兵団:300人(鉄砲隊100人、弓隊100人、槍隊100人)


甲賀の忍び:10人


協力者:帰蝶、斎藤新五郎(麾下の加治田衆も含む)不破市之丞、その他の美濃衆、木下藤吉郎(麾下の川波衆や竹中半兵衛等も含む)、前田又左衛門、佐々蔵之介、丹羽五郎左、今井宗久など

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