第22話南蛮人はつらいよ
永禄12年5月中旬 伊右衛門新居
伊右衛門には30貫(150石)の禄を与えている。がんばれば4人ほどの兵を養える身分。そして、伊右衛門に与えた屋敷は50貫〜100貫相当の禄高のものが住む屋敷であり、10人ほどの兵を養える者が住む所である。
伊右衛門の分際よりひとまわりおおきな屋敷を与えたということだ。
これは、伊右衛門に対する期待だけではない。
(むしろ昨日、伊右衛門に嫁いできた新妻である千代への期待の方が大きいかもしれない。)
そんなことを考えつつ祝辞を述べに行く。
目の前には紋付はかま姿の伊右衛門と白むく姿の千代。
今日は伊右衛門と千代の披露宴であり、伊右衛門の主たる俺や伊右衛門や千代の親類だけでなく、知人、友人、普段から世話になってる人達が2人を祝福するために集まっている。
「結婚おめでとう」
「「ありがとうございます」」
伊右衛門は誇らしげに。千代は恥ずかしげに礼を述べた。
初々しく頬を染めた千代は美しいというより可愛らしい。
俺は主として、屋敷や結婚式の費用、家財道具の費用までだしてやったのだ。それはありがたかろう。
こうまでしてやるのは、2人のためというより俺の忠臣を作るためのパフォーマンスという側面が大きい。
この時代の家臣団は、主に血縁と地縁から成る。
血縁も地縁も持たない南蛮人の俺としては、家臣団を形成するのにも苦労するのである。南蛮人はつらいよ。
「なにからなにまでめんどうをみていただきまして感謝の念に絶えません」
頭を下げたのは千代の母親だ。不破家の御内室である。
そうそう。不破郡6000貫の領主・不破家との縁を深めることができたという点においてもこの婚儀には意義がある。
余談だが、不破家からは山内家への持参金として金10両を千代に渡している筈だ。この金の使い方が千代を良妻の鏡として有名にすることとなる。
「いえいえ。この2人にはそれだけ期待しているのです。伊右衛門には先代からの家臣と家族がおり、千代殿も家計のきりもりに苦労するでしょうが…千代殿なら山内の家を盛り立ててくれましょう。苦労した分だけ成長するでしょうし…ゆくゆくは伊右衛門だけでなく私のところの財政もみてもらいたいものです。勘定奉行といいますか」
「勘定奉行…」
伊右衛門が複雑な顔をする。
勘定奉行って偉い感じがするよな。
俺の家臣の中でも指折りの地位だろう。
…片や、5人小隊の隊長格でしかない伊右衛門。
現在の軍隊に例えたら、士官学校を出たばかりの新任少尉といったところか?
「これは殿もうかうかしておれませんな!」
山内家の譜代の家臣の1人が伊右衛門に声をかけた。
「奥方様がフロイス様の勘定奉行になられては、下手をすると殿は奥方様に地位の面ではるかに追いこされてしまいまするぞ」
「「どっ」」
その芝居がかった台詞とおどけた表情に場が盛り上がる。
まあ、千代は賢くて社交性に富んだ娘だ。周施の才もあるし、家計のやりくりに苦労すれば財務にも明るくなろう。
俺は、将来的に千代を本気で役人にとりたてる気でいる。伊右衛門とて、今の地位のままではあるまい。功名をたてて出世するだろう。
武の伊右衛門・政の千代としてこの2人には俺の両腕になって欲しいと期待している。
こうして、披露宴を楽しみながらも、俺は他の直臣や与力をどうするかについても考えを巡らせる。
(おそらく、越前侵攻にさいしては浅井が歴史の通り裏切ることになるだろう)
浅井との会食がうまくいったとはいえ、最後に「朝倉に攻め入る時は浅井に相談してほしい」と念を押された。
あの念押しは余計だった。
あの一言で浅井の命運は決まっただろう。
それに、実質的な天下人である信長様が越前侵攻に際して浅井に対して無防備に背中を晒している状況で長政殿が野心を抱かないという保証は元からないのである。
朝倉攻めは無理がある作戦だと言える。
浅井の裏切りによって全滅の危機に晒された織田軍は苦しい撤退戦をしいられ、他国からも侮られて次々と反旗を翻されることになる。
浅井の裏切りで織田信長の天下統一事業は10年遅れたと言われている。
まぁ、反対勢力を炙り出して掃討できたと考えれば、天下統一は逆に進んだのではないかとも考えられるが…。
〝信長がつき、秀吉がこねた天下餅〟と言われている。
天下餅をつく、第一歩。それが、朝倉•浅井討伐であろう。
この餅の料理の仕方いかんで、信長様の命運が方向づけられる。
この問題にかんする対処は、とても重要なのだ!
とにかく、俺は浅井が裏切るものとして作戦を立案して信長様に献策するつもりでいる。
そのためには新式銃以外の兵器も開発しなければならないし、それを使いこなすための兵の訓練もしないといけない。
(問題は、その兵をどこから連れてくるか…だ)
…
俺はこれまで自分が築いてきた縁を思いかえす。
まず接待の相談役で縁の出来た丹羽殿と今井宗久殿との縁。
領地をもらうもらわない問題で恩をうった斎藤家を中心とした美濃衆達との縁。
生徒として集めた信長さまの小性たちとその親族や信長さまの中堅クラスの家臣の奥方達との縁。
これらの縁を頼りに俺の直臣と与力を得たい。
兵も俺直属部隊300人ほどと与力の兵2700人ほどは必要か。あと、工兵も500〜1000人くらい欲しいな。
♠️
伊右衛門と千代の披露宴が終わった翌日から、俺は家臣や与力を集めるための根回しに勤しんだ。
回った先は、不破家、斎藤家、前田家、佐々家そして、木下家などだ。
特に木下家に行くのは神経を使った。
木下藤吉郎殿は織田家での出世頭の1人であり、京都奉行として将軍と織田家の連絡役もつとめた男。
俺の方が禄高が上(この時の木下藤吉郎殿の禄高は600貫ほど)とはいえ、織田家の家臣としては俺よりも先輩であり実績も上なので与力に加わって欲しいと頼むのは気が引ける。
まぁ、信長様の命令とあらば、逆らいはしないだろうが…頭越しに命令されて反感と不満を溜め込まれては厄介。その前に頭を下げてお願いしに行こうと思ったのである。
ちなみに木下藤吉郎殿の奥方・寧々殿は俺の生徒である。
木下殿は俺のお願いに難色を示すかと思ったが…
頭越しに信長様に頼むのではなく、事前に頭を下げに行ったのが功を奏したのか
「弾正忠様から軍師を任されているフロイス殿にそのように頼まれましたら断れませんな…今回は精一杯協力いたしましょう。わっはは」と快諾してくれたのだった。
まぁいい。木下藤吉郎殿とその配下の川波衆は今回の作戦の要となる。
今回だけでも協力してくれるとありがたい。
佐々殿と前田殿にも与力をお願いしに行った。
前田殿には、他にも「ある男を家臣としてもらい受けたい」とお願いした。
―前田慶次。信長様の側近たる前田利家殿の義理の甥。利家殿とは折り合いが悪いらしいが…。甲賀の出身である彼に俺の家臣として忍びを10名ほど統率し、裏の家臣である堯俊とともに天照女神像を広めるのに協力してもらう。
前田慶次の実父は滝川一益殿だったか?前田慶次を家臣にすることで滝川一益殿との縁もできるな。
さらに斎藤殿や不破殿やその他の美濃衆にも兵を貸してもらいたいとお願いし、美濃が織田家に併合された際に信長様の直参となった者や織田につかず帰農したものなどを俺の直属兵にしたいので紹介して欲しいとも頼んだ。
これだけの根回しをしてから、信長様を訪ねた。
周囲からの反感を買わないためには根回しって大事。
さらっと書いたが、これだけの根回しに西へ東へと一週間ほど駆けずりまわり大変だったんだぜ?(汗)
人と会いまくった一週間。最後に信長様への献策とお願いに行く。信長様との面会は信長様の機嫌に左右されたりするからなぁ。根回しが終わっていても、緊張するのだった。
♠️岐阜城
俺が長政どのの最後の念押しが逆効果だと予測したことは当たっていた。
作戦を立案して献策するために信長様にその事を確認しに行くと、やはり「越前侵攻に際して浅井に了承を得る気はさらさらない。なんでそんな事をせねばならんのじゃ?」とご立腹だった。
おかしいのは、それだけ約束を破る気満々でありながら、長政殿が裏切るとは全く考えていなかったところだ。
(なんというか…その考え方、悪魔的?いや、ジャイアニズムか??)
…よかった!裏切られた時のための準備を提案しに行っといて。
これからのことを考えるならば、信長様には出来れば一度した約束は義理堅く守ってもらいたいところなのだが…
こんなことくらいで裏切る相手なら、今回裏切らなくてもどこか重要な局面で必ずまた裏切る。
浅井の領国である北近江の地は裏切られると嫌な位置にある。今の織田は、頻繁に京都と岐阜を行き来しているし浅井が裏切ったらその通り道を分断されることになるからな。
この際、この約束をあえて破ることで浅井を試しておくべきか?
そして裏切ったら、泣いて命乞いをするレベルで潰す。浅井家の人々とは、食事を共にし、親しく話もした以上、殺したくはしないし浅井家の助命のために働きもするが…。その提案も信長様にしよう。
泣いて命乞いをするレベルで潰すのは、浅井の裏切りに呼応して織田家に敵対する他のもの達も同様だ。
俺は信長様に浅井に知らせずに朝倉を攻めた結果、浅井が裏切ったという史実をつたえた。
そして、電撃的に朝倉を攻めるつもりならば浅井の裏切りに備えた策と予備兵団と兵器とそれらを扱う訓練も必要だとも言った。さらに、
「その予備兵団については根回しが終わっており、斎藤殿・不破殿・その他の美濃衆達から兵を借りたいです。そして、今回の作戦では木下殿、佐々殿、前田殿らも与力として貸して頂きたい。さらに弾正忠様の旗本のうち、神子田長戸守殿・堀太郎左衛門殿・大島甚八殿を私の直臣にしたいのですが…」とお願いした。
神子田長門守は仙千代の父親。堀太郎左衛門は菊千代の父親である。大島甚八は弓大将として名高い大島光義。この三名に対しても家臣にする根回しはすんでいると伝えると…
「ふむ…まぁ…用意のいいことじゃな…。本人たちが了承しているならよかろう」と了承してくださった。
「ありがたきしあわせ」
これでこの俺―ルイス・フロイスの家臣団がそろった。
「それと、越前侵攻に際して史実のとおり浅井が裏切ったとするならば、次は小谷を攻めることになりそうですが…その際の浅井の処遇についてもお願いがございます」
「なんじゃ?」
そうして俺は、小谷をおとしたあとの浅井の処遇について信長様に相談したのだった。
…………………………………………………………
ルイス・フロイス
主君:織田弾正忠信長
所領:なし
禄高:3000貫
役職:軍師兼鉄砲奉行
官位:無し
直臣:大島甚八、神子田長門守、堀太郎左衛門、前田慶次、山内伊右衛門
裏家臣:堯俊、千代
直属兵団:300人(鉄砲隊100人、弓隊100人、槍隊100人)
甲賀の忍び:10人
協力者:帰蝶、斎藤新五郎(麾下の加治田衆も含む)不破市之丞、その他の美濃衆、木下藤吉郎(麾下の川波衆や竹中半兵衛等も含む)、前田又左衛門、佐々蔵之介、丹羽五郎左、今井宗久など
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