第20話織田信長と浅井長政の密謀


 永禄12年5月10日・虎御前山


 俺は虎御前山に合流して一晩、虎御前山で野営した。


 信長様と長政どのの会食は、今日の朝からだそうだ。

まもなく、浅井からの案内の使者が来ることになっている。


(…なぜ、ここに一泊した??)


 会食は昨日の夜からでも良かったはずである。浅井に対する示威行動と考えても、ここに一泊した意味は謎である。


 織田信長様という方が、合理性の塊であるということは知っている。ここに意味もなく一泊するとは考えにくい。なにか意味があると考えるべきだろうが…はて?



 そんなことを考えていると、仙千代が俺を呼びに来た。


「浅井様からの使者の方が来られました」


 俺は信長様の元へ向かう。



♠️

「お迎えにあがりました。遠藤喜右衛門と」



「磯野善兵衛にございます」


 初老の男と青年が平伏した。


「で、あるか」

 信長様はいつもの口調でかえした。



 (遠藤直経と磯野員昌か…)



 遠藤直経は、久政殿を当主の座から下ろし長政殿を当主にすえるクーデターを画策し主導した、浅井長政殿の側近中の側近。


 磯野員昌は、野良田の戦いにおいて先陣を務めた猛将である。



 これほどの重臣2人を使者にたてるのは、この会食を浅井長政殿がとても重視していると見ることができよう。



(だが…)

 俺は、この人選にも違和感を覚える。


 戦でも始めそうな虎御前山への陣立てと野営。そして、浅井からの案内の使者がこの2人?


(信長様と長政殿の間でなんらかの密謀が働いているのでは?)

 俺がそんな疑念を抱いた時…。



「恐れながら申し上げます」

喜右衛門が信長様に声を掛けた。


「事前に我が主に、ここへの布陣をお伝えいただいていたようだし主も承諾したこととは申せ、この布陣は…戦でも始まるのかと、領民たちや浅井家の家臣たちが驚いておりまする」


 信長様の仰々しい布陣に対する抗議である。



「ふむ…。こうでもしないと家臣どもがうるさいのよ。騙しうちをされたらどうするのかとな」


 そう使者の2人に声を掛けると…


 この2人はぎょっとした顔をした。



 俺がこの2人が使者であることに違和感を覚えたのも、この理由からだ。


 式神を使って内偵した限りにおいて、この2人は信長様の騙しうちを強く主張して譲らなかったのである。


 ―織田信長の存在は将来、浅井家の仇になる。

この会食を唯一無二の機会として、織田信長を討ち取るべしと。



「儂は、妹婿殿や妹と会って食事をするのにわざわざ兵などともなって、この土地の人達を驚かしたくないのじゃが…戦国のならいゆえ、許してほしい」


 信長様はこの2人が騙しうちを献策していたことなど、つゆほども知らぬというように丁重に謝った


「「…」」


 2人は、実質的に天下を握っていると目されている信長様が浅井家の陪臣ふぜいに丁重に謝ったことにびっくりしたようだ。


 さらに信長様は


「天下に名高い喜右衛門殿と、善兵衛殿に案内してもらえるとは光栄である。よろしくお願い致す」

と、これまた丁重に頼んだ。



「「…っ!!!」」


 使者の2人は感動したようだ。

恐縮したように、でも、嬉しそうに照れている。


 おっさん2人が照れている構図…微塵も可愛くないが…。


(天下に名高いか…まぁ、この時代の武将は自尊心が高いからな。自尊心をくすぐることが人心掌握のこつだろう)


 ―戦でもするかのような陣立て(脅し)からの、使者に対する丁重な態度。ギャップ萌えというか…ジゴロの如き、人心掌握術である。

 


 この2人は、主たる長政殿がいくら諫めても主のためだと思ったことはどんな犠牲を払ってもやり遂げる、狂犬のような家臣達だ。


 この2人を使者にしなかったら途中で待ち伏せされて討ち取られていたかもしれない。

 まあ、騙しうちを強く主張していたとはいえ、そのような計画をたてるまでには至っていなかったが、長政殿はその可能性が捨てきれなかったのだろう。


 この2人をあえて使者として送ることで、案内の途中で襲えば、この2人も巻き込まれることになるので襲うのを躊躇する形をとったわけか。


(騙しうちを首謀しそうなこの2人を、あえて案内の使者にし、その上、この2人の性格を熟知している長政殿がこの2人を丸めこむために信長様に一芝居うつよう提案したな)


 浅井館に昨晩泊まらなかったのも夜討ちを警戒したからであろう。



 下克上や裏切り、騙しうちが常の戦国大名にとって、家臣の意向は蔑ろにはできないもの。

 実際、浅井長政殿も家臣達のクーデターで当主の座についた訳で…。親戚同士で会食するにしても、家臣達を納得させ暴発させないように苦心しなければなければならないわけだ。



 

 とにかく、2人の使者は信長様の態度に気をよくしたように、信長様と俺、馬廻衆15名ほどや伊右衛門、仙千代、菊千代達を案内したのだった。


 そして、館の前では浅井長政殿が玄関前まで出迎えている。


(こうまでして行う会食。今のところ、織田信長様と浅井長政殿の仲は安泰か?)


 長政殿が玄関まで出迎えてるところまで見て、やっと俺は胃の痛みや頭痛等の神経症状から解放されたのだった。

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