第19話近江への旅路


 永禄12年5月初旬・美濃と近江の国境


 俺は伊右衛門と千代の仲をとりもつと決めたら、さっそく2人の意向を聞いた。


 伊右衛門はやはり千代に気があったらしく二つ返事で「是非ともお願いしますっ!!」といって感涙した。


 千代は、「伊右衛門様がそんなに私を求めてくださるのならば喜んで」と恥ずかしげに頬をそめながら可愛く言った。


 というわけで山内伊右衛門を俺の家臣にして生活がたちいくようにしてやってから、帰蝶様に2人が夫婦になれるように千代の両親に仲介してくれるよう頼んだ。


 その結果、千代の両親も良縁かもしれぬと喜びこの縁談はすんなりまとまったのだった。


 千代の親は美濃不破郡の領主たる不破光治である。

ちょと前まで浪人の身であった伊右衛門とは家格が違いすぎるようだが、千代のじゃじゃ馬ぶりにこれでは嫁の貰い手がないかもしれないと頭を抱えていたようだ。



 今は、俺と伊右衛門と信長様の小性である万見仙千代・堀菊千代とともに浅井家が住んでいる小谷へと急いでいるが、この仕事が終わったら晴れて伊右衛門と千代の結婚式を挙げることになっている。


 この2人が俺が引き抜こうと考えている信長様の小性達である。


 他国を見るのも勉強のうちと思って連れてきているのだが…。道中ずっと「千代さんと結婚できるなんていいなぁ」とか「お幸せに」とか「俺たちにも帰蝶様の元で行儀見習いをしてるようないい感じの子を紹介してください」とか軽口ばかりを言っている。


(愉快な奴らだ。全く)


 帰蝶様にお願いしてみよう。こいつらの結婚相手として良さそうな子を紹介してください、と。




 軽口を言い合ったり買い食いしたりして、中山道を歩いているうちに日が暮れてきた。

 …鮎の塩焼きとか、干し柿がうまかったな。



 今日は美濃と近江の国境―関ヶ原の寺に泊まる。

円龍寺という一向宗の寺である。この寺は紅葉の名所として知られているが、今は青紅葉と紫陽花が見頃だ。


 ここでは、真面目に浅井家について講義しますか。


 講師は小谷に仕官を求めて滞在していたことのある山内伊右衛門である。



♠️

 晩ご飯を食べながら伊右衛門が浅井家について語り始めた。


 伊右衛門が語ったことを要約すると…


 浅井氏は近江守護職・京極氏の譜代家臣であった。


 京極氏にお家騒動が起こると、それに乗じて浅井長政の祖父・亮政が京極氏を傀儡にしてしまった。京極氏の家臣も取り込んで戦国大名の名乗りをあげたのである。


 浅井長政の父・久政の代になると京極氏の勢力が巻き返しを図ったり、六角氏が台頭してきたりして窮地に陥る。

それで頼ったのが越前の朝倉氏。


 朝倉氏と六角氏に事大しながらなんとか生き残ってきたというのが久政の時代だったようだ。


 新九郎こと浅井長政がちょうじると、六角氏から自分の娘を嫁に貰えと押しつけられたらしい。これに長政は猛反発。送られてきた嫁を強制送還し、六角氏に戦を仕掛けた。


 野良田の戦いである。

六角2万5千対浅井1万1千の戦い。

二倍以上の兵力差で圧倒されそうになっていたが、長政は隊を二つに分けて自ら敵本陣に突っ込むという捨て身の戦法を決断する。


 この攻めにより、六角氏は退却。長政は見事二倍以上の敵を撃破した。この戦いは近江の桶狭間と呼ばれている。


 この戦いに感銘を受けた家臣たちは、事大主義に囚われてばかりの久政を当主の座から引きずりおとし、長政を当主にすえる。そして、信長様と同盟を結んで信長様の妹であるお市様を嫁として迎えて今日に至る。



 近江の桶狭間と言われる野良田の戦いにかった長政は信長様に匹敵するほどの大器であろうというのに長政の活躍はこの後なりをひそめる。


 伊右衛門の見解では、父である久政に遠慮して大胆なことが出来なくなったんだろうということだった。

長政派と久政派の家臣の仲も悪い。


(まぁ、このことから推察できるのは浅井長政という男は、どこかに事大していいなりになることを嫌う性格なのではないか?ということか。それでいて、父や家臣の意見を切り捨てきれない情に脆いところもありそうだ。そこが信長様と違うところかもな)


 面白かったのは、伊右衛門が浅井家を見限った所だ。

長政を大器とみて仕官しようとしていたが、長政派と久政派の争いを見て浅井に先はないと考えたらしい。


(そして、俺を頼ったと。ふふっ)


 本当に人を見る目のあるやつ。


「「へー」」

 菊千代と仙千代は伊右衛門の話を感心して聞いている。

勉強になったようだ。


 今日の講義はここまで。俺たちは寝床についた。



♠️

 さて、浅井の現状については整理できた。

そんな中で、今回の長政殿からの信長様と俺の招待。


(いったいどんなつもりなのやら…。フツヌシノオオヌシ様、何か浅井の方で動きがありましたか?)


〔ふむ。今日の昼間に浅井久政が長政の屋敷を訪ねたぞ。その様子を夢の中で見せてやろう。陰陽力で寝かせてやるから早く横になるが良い。〕


そうして、おれは夢をみるべく横になった。



♠️

 俺の夢の中・浅井長政の居室


「失礼する」

 久政殿とおぼしき初老の男が長政殿の居室に入った。


「おー、父上。御息災そうで何より」

 と長政殿は挨拶する


「ふむ。挨拶はよい。そなたに聞きたいことがあるのじゃが…」


「はて、なんでしょう?」


「織田殿をこの館へ招待したそうじゃな。いったいどういうつもりじゃ?織田殿を騙しうちにでもする決心がついたか?」


「は?…あっはっはっ」

長政殿は一瞬なんのことだ?みたいに呆然としてから呵呵大笑した。


 それを見て、久政殿は呆れたように長政殿を見る。


「笑い事ではないわ。騙しうちにするつもりでなければどうするのじゃ?織田殿をここへまねいて臣下の礼でもするのか?」


「いやいや…とにかく騙しうちなどはあり得ませぬ。義兄上は、こたびの二条城建設のためにそれなりの兵を率いて上洛致しております。その帰りにここによるわけで…三千ほどの兵が来ます。そんな中、平地にあるこの館で義兄殿を騙しうちにしたら直ちに三千の兵に取り囲まれましょう。義兄上はそんなにたやすく討ち取れるタマではありませぬよ。まぁ、かといって義兄上に臣従すると決めたわけでもありませぬ」


 小谷の山を丸ごと城塞化した小谷城は難攻不落だが、急峻な山の上にあり生活には不便である。だから、山のふもとの館で普段は生活しているのである。そこでの接待なら安全か。



「ふむ…。ではどうするのじゃ」

 久政殿は焦れたように言った。



 まぁ、織田に従うかどうかは浅井にとって大きな問題だろうからな。久政殿の時代は朝倉について生きながらえてきたのだ。朝倉についておけば安泰というのに、織田につこうというなら止めようとして来たのだろう。



「義兄上の器を計りまする」



「器とな?」



「はい。義兄上殿のやることは破天荒すぎて器の大きさが測れぬのです。それがしの手におえる相手かどうか…。将軍を奉じて上洛するところまではなんとか理解できるのですが…このほど、南蛮の宣教師を軍師として召抱えられましてな…今度は何をするつもりなのやら、酒のさかなに聞いてみようかなと思いまして。特に、南蛮とは、どのようなところなのか…世界には、どのように珍奇なものがあるのか…」


 長政殿は恍惚とした表情で言った。


 それは、まだ見ぬ世界への探究心の表れか?



 久政殿は呆れて、(頭痛がするわ)って感じで頭を抱える。


「浅井の大事に、南蛮の宣教師を酒のさかなにして、宴会を開く…」



「いけませぬか?」



「いや…織田殿も天下の大うつけと評判であったが、我が浅井の当主もなかなかじゃと思うただけじゃ。南蛮…世界…!織田殿もそなたもそんな規模で物を考えるのか!!近江一国も制せられたかった儂には、理解ができぬわ。浅井の将来はどうなるのか、時代はどう変わっていくのやら…まぁ、よい。今の浅井の当主はそなたじゃ、好きにやってみよ」



「ありがたき幸せにございまする。…くれぐれも義兄上を騙しうちになどしないようにしてくださいませ。家臣たちにも言い聞かせますゆえ」



「わかっておる」

 そう言って久政殿は長政殿の部屋から出て行ったのだった。



…………………………………………………………


 ふむ…今回の招待に関しては変な陰謀は無さそうだな。


(俺を酒のさかなにした宴会だと?信長様の器を図るか…。浅井長政、やはりなかなかの大器)


 これで今回の宴会の目的がわかった。式神を使うの便利だな。忍者いらず。


 酒のさかなと言われたから、せいぜい面白おかしい話でもしにいってやるさ



♠️ 永禄12年5月9日・浅井家本拠地小谷


 俺たち3人は中山道をとおって小谷に入った。

ここは農業が主な産業でありひなびた感じがするが、中山道と北陸道が交わる交通の要衝である。

琵琶湖を使った水運業も発達しており、少なくとも貧困に喘いではいまい。


 小谷の山には今朝降った雨が蒸発して霞がかっており、谷全体が城塞化された難攻不落の城を幻想的な美しさに見せている。



 びっくりするのは、小谷山の正面にある山―虎御前山の有様である。織田の旗印である永楽通宝の紋が描かれた黄色い幕が張られている。


 そして、炊事の煙もたっている。


 (いやいやいや)


 さすがに浅井殿の許可はとっているだろうが…その陣立てはやばいでしょ?


 虎御前山は、小谷の目と鼻のさきにある山である。ここに布陣することは、浅井に喧嘩を売ってるも同然の行為。

もしくは、織田信長を騙しうちしたらただではおかないぞという恫喝か?


 信長様が浅井殿の招待を気軽にうけた理由がわかった。

 …示威行動だ。


 もちろん、上洛にさいして将軍を護衛するための兵をつれていって、帰る際にはその兵達と一緒に帰ってるだけとか、騙しうちされないための護衛とかいう名分はある。


 だからといってこう、城のどまん前の山の上にこれ見よがしと布陣する必要はあるまい。

 これは、相手の喉元に刃をおしあてるような行為なのである。



 信長様は織田につくか、朝倉につくかで逡巡している浅井に武威をみせつけるいい機会だとでも考えたのであろう。


(信長様ってそういうところがあるよな)


 二条城建設の時も、細川藤孝から巨石を貰ってそれを城まで運ぶのをお祭りにしたてたり。

ド派手なことをして人を驚かせる、もしくはひびらせるのが大好きなのだ。

 信長様流のパフォーマンスといったところか?


 一方で、それを平然と許す浅井長政殿。


 2人とも一体、どういう神経をしているんだ?

この状況、宴会が始まる前から胃がきりきりと痛むんですけど。



(久政殿ならずとも、胃痛や頭痛などの神経症状にみまわれるわ)


 俺は夢で見た、長政殿と久政殿の会話を思い出す。

全く!ここに招く方も招く方なら、来る方も来る方だ!!




 一緒にきた三人も度肝を抜かれたような顔をして虎御前山を見上げている。



(見習わなくていいからな。信長様のそういうところ)



 まずは、虎御前山にいる信長様に挨拶に行かないとな。


 それから浅井殿の接待を信長様とともに受けることになる。


 戦国一の美女と言われるお市様と会うのは楽しみだが、どういう神経をしてるのかわからない信長様と長政殿の対面に同席するのは気が重い。こちらの神経がすり減るわ!



……………………………………………………………

ルイス・フロイス


主君:織田弾正忠信長


所領:なし


禄高:3000貫


役職:軍師兼鉄砲奉行


官位:無し


直臣:山内伊右衛門


裏家臣:堯俊


直属兵団:なし


協力者:帰蝶、斎藤新五郎(麾下の加治田衆も含む)、丹羽五郎左、今井宗久など

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