第13話帰蝶様の頼み
«岐阜城・帰蝶様の部屋»
「頼みとは?」
俺は帰蝶様にそう尋ねる。
「はい、その頼みとはあなたの頼みと関係することです。あなたの頼みは、殿からの手紙によると...関の地で鉄砲を作るのに齋藤家の力を借りたいということと、小姓と侍女に教育を施したいから若くて頭の良い子持ちの侍女を推挙して欲しいと言うことでしたね?」
「はい」
その通りだ。鉄砲作りだけでなく、以前から考えていた学校作りにも協力をお願いしていた。
「その頼みは、あなたが期待している以上に協力致しましょう。まず、齋藤家のみならず美濃の国人衆全員に鉄砲作りだけでなく万事あなたに協力するように手紙を書きましょう。殿の信任があついといえども、新参者のあなたに殿の譜代の家臣である尾張衆がついてくるのは難しいはず。外様の家臣である美濃衆の協力だけでも欲しいのではありませんか?」
「それは、是非とも」
俺は、内心で舌を巻いた。
帰蝶様が俺の要望を的確に読んでいるからだ。
帰蝶様のところにきたのは、斎藤利治殿との関係を取り持ってもらうためだけではない。その他の美濃衆との関係もとりもってもらえるのではないか?との期待もあった。
帰蝶様は、斎藤道三の娘で美濃の出身。それで夫である信長様が新たに美濃をおさめることになったとなれば、美濃衆の多くが自らの領地の安堵や織田家への再仕官などを信長様に頼んでもらうべく、帰蝶様を頼る。そういう者たちがたくさん集まれば、帰蝶様を中心に美濃派とでも呼ぶべき美濃出身者の派閥ができるのも当然の流れだろう。
美濃派というか美濃衆が協力してくれたら、できることが沢山ある。特に戦の時だ。軍師としては兵がついて来てくれないと作戦の立てようがない。信長様の信任だけでは、心もとなかったのだ。
美濃衆を味方に引き入れるために、帰蝶様のバックアップが絶対欲しい。
「その代わりと言ってはなんですが…美濃衆の1人というか…妾のいとこの面倒を見てもらいたいのです」
いとこ?...もしかして!
「いとこですか??」
「ええ。わらわのいとこである明智十兵衛のことです」
やはりな。明智十兵衛殿がどうしたのだろうか?晩年は謀反を起こして信長様を討つことになるが明智殿は、今はめざましい活躍をして信長様の覚えもめでたいだろうに。
明智殿とはいまのところあまり接点がないから、どういう人なのかよく分からないんだよな。活躍してることは歴史で知ってるが、俺が直接みたのは、接待の仕事を任されたものの信長様に報告・連絡・相談しなかった為におこられた場面だけだし。
「明智殿のご活躍は聞き及んでおりますが…何か心配でも?」
「はい。妾の推挙で十兵衛殿は殿に仕えておるのじゃが、殿から疎まれるのでは無いかと心配なのです。真面目過ぎて融通が効かないというか、才気走りすぎて鼻持ちならないというか...。とにかく殿との折り合いはあまりよくないような...。フロイス殿も、十兵衛殿が殿から応接役の件で叱責されている所はご覧になっておられたのでしょう?」
「はい」
「三河守殿のお陰で事なきを得たものの、その仲裁が無かったらどうなっていたことか...。十兵衛殿は政才や武才、教養や知識が豊富であるものの、上司や同僚からの受けがよくありませぬ。そこをなんとか、フロイス殿がとりもってはくれまいか?」
俺が徳川家康の代わりに信長様と明智殿の仲を取り持つ役だと??
つまりは、信長様に貰った御免状を盾にしろということか!?
(なかなか、したたかな人だな。しかし、うーん…)
この話を俺が受けるメリットは、あるのだろうか?
報告・連絡・相談なんてレベルで叱責を受けている同僚を自分がとばっちりをうけるリスクを負いながら庇うメリットって、なんだ?
確かに本能寺の変を回避するという使命が俺にはあるし、2人の仲を取り持つ気なら実は最初からある。
帰蝶様の口利きで美濃衆を味方に引き入れることができるのも、たしかに大きなメリットなのだが…明智殿を庇うことで、信長様に睨まれるということになれば本末転倒であろう。
その考えが俺の態度とか雰囲気に出てたのだろう。帰蝶様が(仕方ないな)というような顔をして口を開く。
「もちろん、ただとは申しませぬ。十兵衛殿にあなた様の与力として力を尽くすようわらわからよく申し伝えましょう。十兵衛殿の寄親としてなら、庇い甲斐もありましょう?」
…は?
将軍家の家来たる明智殿を俺の部下にする??
そんなこと、あのプライドの高そうな明智殿が承諾するだろうか!?
「…将軍家の信任あつい明智殿が、どこの骨とも分からぬと言われているそれがしの与力になどになってくれるかどうか…」
俺がそう返すと、帰蝶様はクスっと苦笑いされた。
「それです。将軍家のこともあります。聞くところによると将軍家と殿の仲も怪しいとか。決定的に殿と将軍家 が対立すれば、どちらの録もはんでいる十兵衛殿は窮地に陥りましょう。そのことを分かっておらぬようなので、妾からよく言ってきかせます。ですのでどうか」
自分が推挙した人物が窮地に立つのは忍びないのか、帰蝶様は必死に頼み込んでいる。
これを無碍には出来まい。
「…承知致しました」
俺はしぶしぶ、帰蝶様のお願いを了承した。
ルイスフロイスの〝日本史〟には、明智光秀と豊臣秀吉の事がボロクソに書かれている。いわく、両名とも信長様の信任は厚いが、信義にうすく、口先3寸で相手を騙してばかりいた悪魔のような男であるとか…。他の上司や同僚との関係は最悪だったとか。
キリスト教に協力的では無い人物に厳しいルイスフロイスであるから、キリスト教を弾圧した豊臣秀吉の評価が悪いのは分かる。
しかしながら、娘であるガラシャがキリスト教の熱心な信者であった明智光秀の評価がこんなに悪いのはなんでなのか...。よっぼど本人同士の仲が悪かったのでは無いか...。そう考えると胃がキリキリする。
「それから、侍女を生徒として推挙する件じゃが...」
俺が胃痛を我慢していると…そう帰蝶様が切り出した。もう1つのお願いだ。
要約すると、子持ちで賢い侍女ってのは信長様の好みそのものなので、出来れば城内にとどめておきたくないとのこと。城内に留めて置いたら絶対に信長様が手をだす。それを防ぐためにオレに侍女として預かってもらいたいとのこと。その数20名ほど。
(ちょっと、多くないですかね?)
確かに信長様の子供を産んだ吉乃殿やお鍋の方殿も子持ちの後妻であったという。そういう女の人が信長様の好みであったのは分かる。そして、正妻たる帰蝶様が信長様に浮気をして欲しくないって心情もわかる。
しかし、個人で20人も侍女を預かる必要はあるのか?
(うーん...)
考えようによっては、幼い子供の面倒をみながら仕事をしつつ教育も受けるのは大変だ。保育施設のようなものを作る必要もある。交互にお互いの子供の面倒を見るために人数も必要だろう。あと…
(くくく)
信長様の好みの女性ばかりを引き抜くとは愉快だ。俺は別に子持ちの後妻に興味がある訳じゃない。むしろ、興味は全くと言っていいほどない。
だが、信長様が自分の好みの侍女をことごとく帰蝶様に見抜かれていて俺に推挙されたと知ったら「ぐぬぬ」と悔しがるだろうなって想像し、愉快な気分になった。
しかし、20名もの女性を統率するのは大変だろう。
(うーん...そうだ)
侍女だけでなく帰蝶様にも授業を受けて貰おう。あと信長様の家臣団の奥方たちにも。
それと、侍女達を預かるだけでなく、数人ほど引き抜いて、侍女長として、末長く仕えてもらおう。できれば洗礼を受けさせて、生涯ずっと俺に仕えてもらいたい。
せっかく育てた人材が再婚して去っていくのは、惜しい。手元においておきたいし、その子供達も一門衆に準じる形で育てたい。
おれは一応、宣教師であり、結婚できないから侍女長達を側室にすることはできないが…シスターにすることならできる。その女性達と生徒や侍女以上の関係になりたいという下心も微塵もない。
「そのものたちの中から数名、俺の専属の侍女として正式に雇って侍女長にしたいです。できれば出家もしてもらって生涯、俺に仕えてもらいたいのですが…。それだけの覚悟のある女性を選抜していただけないでしょうか?」
俺がそう言うと、
「ええ。その依頼は殿からすでに書状で受けており、選抜も終わっています。あなたに生涯仕える覚悟を持っている侍女は多数おりましたよ。外国人に興味深々な娘が多くてですね。みな、好奇心旺盛なのですよ。そのなかでも、しっかりしていて賢い娘たちを4名選抜してあります。その娘たちをあなたの専属にすることは、すでに殿に伝えてあります。出家する覚悟があるかどうかは、まぁ、本人達に確認してください。強要してはなりませんよ?そして、南蛮の尼にするのならば最後まで面倒をみてください。責任重大ですよ?」
仕事が早いな。
そして、子持ちの侍女を子供ともども引き取るには、養育する責任が伴うか。俺はこの者たちを残して死ぬことができない。死なないように気をつけよう。
まぁ、フツヌシノオオカミという軍神の加護を受けている俺を殺すことができる者など、そうはいまい。
俺と同等以上の神の加護を受けた者がいたら、その限りではないが…。
「もちろんです」
「では、その娘たちと引き合わせましょう」
そういうと、帰蝶様はパンパンと手を叩いた。侍女達を呼んだのだろう。
「「「「はい」」」」
そう返事があって、4人の侍女が部屋のなかに入ってきた。
部屋に入ってくると同時に平伏したので顔が見えないが…なんというか4人とも体格ががっしりしていて、むっちりしている気がするな。背の高さはまちまちなようだが。
「面をあげよ」
「「「「はい」」」」
そう言って、平伏した4人の女性たちが一斉に顔を上げた。
そこには、目をみはるほどの美貌が4つ並んでいた。
「こちらの方がフロイス様です。順番に自己紹介をなさい」
「はい。恭でございます。齢は20歳です。5歳になる息子がおります。よろしくお願い申し上げますっ」
一番右に座っている女性がそう挨拶をした。
なんというか、この娘は、4人のなかで1番華やかで、明るそうで、可愛い顔をしている。5歳の息子がいるんだ…。
女優で例えるなら…深田◯子って感じかな?
「ええ。よろしく」
俺はなんとなくドキドキしながら返礼する。
「綾でございます。19歳です。4歳の息子がおります。精一杯働きますので、末長くよろしくお願い申し上げます」
この娘は、素朴で、真面目そうで好感がもてる美女だ。化粧の仕方によっては、イメージがガラッと変わりそうでもあるが。
女優に例えるなら◯瀬はるかって感じか。
「よろしく」
「澤でございます。18歳です。4歳の娘がおります。よろしくお願い申し上げますっ」
この娘は4人の中で1番の笑顔で元気に挨拶してくれた。笑顔がかわいいファニーフェイスといった感じの娘だ。肌の色も4人の中で1番白くて綺麗。がっしりしたふくよかぎみな体格の娘が多い中では1番スレンダーな感じもする。胸は他の娘たちに劣らず、大きそうだが。
女優で例えるなら長◯まさみ。
(やばいほど、好みの感じな娘がきた!!4歳の娘がいるのかー)
いかん、いかん。変な目で見ないように気をつけよう。
「里でございます。18歳です。3歳の息子がおります。精一杯働きますので、末長くよろしくお願い申し上げます」
この娘は、4人の中で1番小柄だが、容姿は華やかで豊満な感じ。特に目をひくのは唇か?唇が分厚くて魅惑的。この唇はずっと見ていたいのだが…。
(うん。視線に気をつけよう)
女優に例えるなら石原◯◯みだ。
4人に共通しているのは、美人で後家で子持ち。そして胸が大きいというところだろう。
ていうか、みんな子持ちなのに若いな。この時代は早婚だからか?
(なるほど。これが信長様の好みか…)
俺の好みは、未婚で清楚でスレンダーなお嬢様系なのだけど。まあ、生徒や侍女にするのにそこは関係ない。
勉強と仕事にしっかり取り組んでもらおう。子育てもお互いに仲良く協力しあってもらいたい。
「ルイス・フロイスです。ポルトガルという国から来ました。みなさんには仕事と勉学に励んでもらいたいと考えています。子供達にもしっかり勉学や武術に取り組んでもらおうと考えているのでよろしくお願いします」
そう言っておれは丁寧に頭を下げるのだった。
「このもの達は皆、殿の敵方について戦死したものの妻女たちです。わらわも殿も侍女として分け隔てなく接しているつもりですし、よく働いてももらっていましたが…敵方のもとで働くのはあるいは肩身が狭いかとも思い、あなたに託すこととします。大切にしてやってください」
「はいっ」
今回の面会では、美濃衆及び明智十兵衛殿を味方に引き入れたこと。後家の侍女を生徒兼奉公人として雇い入れたこと。そして、尾張衆の協力は得られそうにないが、その妻達とのつながりを得られ、帰蝶様にも生徒として協力して貰えることとなった。
後家やその子供達をひきとり活用する方策と、信長様にいただいた御免状は後に俺の大きな武器となり、〝後家たらし〟なんていう有難くない異名を頂戴することになるのだが…それもまた後の話である。
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