一時の平和

第12話帰蝶様との出会い


《 岐阜城・帰蝶の部屋》



 堺で反物などを買い、美濃に来てくれる鉄砲職人を、5名ほどスカウトしてから俺は鉄砲職人たちと共に美濃の岐阜城を目指した。


 車も電車もない時代、堺から美濃までは籠か歩きあるいは馬。俺は籠と歩きを選択したのだが、籠の乗り心地は揺れるし座面は硬いし、最悪だったと記しておこう。


 ともかく、今は無事に美濃の岐阜城についた。これから俺は鉄砲奉行として鉄砲を作るために必要な人・物を調達するのに便宜を図ってもらうべく、帰蝶様と面会する。



「お初にお目にかかります。織田弾正忠様にお仕えしておりますルイス・フロイスというものにございます。」

 俺は、堺で買った反物など数点を差し出しながら帰蝶様に挨拶をした。



「京から遠路はるばるよくお越しくださいました。殿から手紙で話は伺っておりますよ。どうぞ顔をお上げください。」



 帰蝶様からお許しが出たので、顔を上げて帰蝶様を見る。


 そこには、綺麗な着物を着た女性が上品に座っておられた。


 艶やかな長い髪、凛とした佇まい。健康的な浅黒い肌と素敵なえくぼ。顔は女優に例えるなら川口春◯に激似だ。



「お土産まで、持ってきていただいて…綺麗な反物ですね」

 そう言って嬉しそうに俺の送った反物の中から、俺がこれぞと思った分を手に取る。


 赤と黒のグラデーションに金色の蝶が舞う艶やかな反物。帰蝶様にその名の通り蝶柄の反物を送るのは、安直かとも思ったがこれがイメージにぴったりだったので致し方ない。帰蝶様も数点ある中でこれを手に取ったのだから気に入られたのだろう。


 おそらく他の反物は帰蝶様付きの侍女とかに下賜するかもしれないが、手にとった蝶柄の反物は着物にしたてて自分でおめしになるのではないだろうか?



 帰蝶様は、美濃が織田家の物となってから離縁されたとか出家したとか病死したなどという説もあったが、今も健在で信長様の正室として岐阜城におられる。


 斎藤家の末っ子を美濃の関の領主として召抱え、重用していることからも斎藤家出身の帰蝶様は軽んじておられるわけではあるまい。子がいないとはいえ、正室としての権勢を失っているわけでもなさそうだ。



「気持ちばかりの贈り物ですが、気にいっていただけたようでなによりです」


「まあ、日本の言葉が達者ですこと。手紙では殿もあなたのことを褒めておりましたよ。独創性はないが、人の性格や意図、欲しい物を瞬時に把握して適切な仕事をすると。あの気難しい殿に気にいられるとは大したものです。異国の方ならばより殿のような人は仕えにくいでありましょうに」



(ん?…褒められているのに嬉しくないぞ?)


 …


 〝独創性はないが〟の部分か。ゲームデザイナーでこそないが、プログラマーとしてゲーム開発に関わっていて、手が足りない時はシナリオ作りにまで関わる俺になんてことを言うんだ?


 そりゃ鉄砲を改良するといっても、未来を知ってるからこそできることなのだが…



「ははは…」


 とりあえず、笑っておく。



「殿の手紙には、こうも書いてありました。儂が所領を与えてやろうと言ってやったにもかかわらず、殿の正室たるわらわに遠慮して固辞したと。我が弟の、そして、斎藤家の所領を、守っていただきありがとうございます。感謝の念にたえませぬ。」



「いえいえ」


 正室の弟の所領を俺に与えようとするとは…信長様の所業には、びっくりしましたよ。縁戚のものは自分のものってこと?ジャイ○ンですか??



「しかし、殿のご差配に異を唱えるとは、勇気のあられることです。なにやら、殿はあなたの言うことは決して疎かにしないという御免状までお書きになったそうな…どうやったら、あの殿にそんなものまで書かすことができるのか…面白いお方じゃ。会うのを今か今かと心待ちにしておりました」



「恐れ入ります」


 まさか、日本の最高神たる天照大神に口添えを頼んだなどとは、言えない。ただでさえ信じられぬことだろうし、俺の今の姿は外国人であり、一神教たるキリスト教の宣教師だからだ。



「それに比べて、我が弟は…。父上は生前、〝我が子らはあのうつけ殿の門前に馬をつなぐことになろう〟と仰ったそうですが…。あっさりと所領替えにあいそうになるとは…。門前に馬をつないだ家臣だとしても、殿のように頭に翼が生えているわけではありますまいに」



 頭に翼…よくわからないが、毒がありつつ愛のある表現か。なんとなく夫婦仲は上手くいってそうだ。


 ただ、夫に実家を滅ぼされて臣下に加えられたのはやはり複雑な気分なのだろう。今回の件でその心境はより複雑になったようだ。

 まあ、その辺のことは他人が関わることではない。そっとしておこう。



「頭に翼とは…?」


 俺は帰蝶さまの複雑な心境には気がつかなかったふりをして、そう尋ねた。



「根無草というか…どこに飛んでいくかわからないというか…。殿は状況に応じて居城を次々に替えられました。それによって前線の士気を上げられた。土地に縛られると言う概念がないのです。そして、誰も成し遂げられなかった、将軍をほうじての上洛という快挙も成し遂げられました。わらわの目には、それが天翔ける翼に見えますが…ついていく家臣は、大変だろう。という、話ですよ」



 なるほど、信長様のことをよく見ておられる。さすがは一代で。いや、二代という説もあるが…美濃一国を乗っ取った斎藤道三の娘といったところか。


 信長様は、那古野城から清洲城、小牧山城、岐阜城と次々と居城を変えられた。そして、尾張を統一し、美濃を併合した。それから、三河の松平、近江の浅井と同盟を結んで上洛を果たした。土地にこだわる家臣達は、大変だっただろう。何度も引越ししなければならなかっただろうし、費用もかかっただろう。



「あなたには我が弟の所領を守ってくださった恩があります。その恩を疎かにしては、斎藤家の恥です。わらわにできることは、なんでもいたしましょう」



「ありがとうございます」



「そのかわりと言ってはなんですが…妾の頼みも聞いてもらいたいのですが……」


 帰蝶様の頼み?なんだろう

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