第11話商人には理と利をもって接しよう

 俺は美濃へ向かう前に堺へ来た。

目的はまず、この前の接待でお世話になった今井宗久殿へ挨拶すること。

まぁ、今井宗久殿には他にも幾つか頼みたいことと商談があるのだが...。


♠️

堺―今井宗久亭


「フロイス様、本日はどのような御用向きでしょうか?」


 今井宗久殿はにこやかにそう聞いた。関西人特有の揉みてをしながらの営業スマイルだ。


「ええ。この前の接待がお陰様で上手く行きまして…そのお礼と…商談とお願いが幾つがありまして…まず、はお礼の品です。」


 俺はそう言って三方に載せた銭2貫と今回の宴会に用いた料理のうち、ところてんを寒天に改良するためのレシピを書いたものを渡した。


「これは、これはご丁寧にどうも。織田様は大切なお客様ですのでこれくらいの協力はいつでもさせていただきますものを...。風の噂では、今回のお役目は大成功だったとか…祝着至極に存じます。」


 宗久殿は頭を下げて、そしてお礼の品に目を通す。


「銭と...これは今回の宴会に出した菓子の改良案ですな…ほほう…面白いお礼の品ですな...。商人に新しい商品、商売を土産として持ってこられるとは...これはただで受け取っても良いものなのですかな?」


 話が早くて助かる。

さすがは名だたる大商人である。ただほど怖いものは無いという感覚を普通に持っている。


「ええ。お礼ですから。お代はいただきません。しかしながら、今回の経験を通して改良したり開発したいと思いついた他の幾つかの商品はただでは譲れません。大商いとなるでしょうから」


 宗久殿はにやりと笑う。


「はは…。〝商人は転んでもただではおきん〟と言いますが…南蛮のお坊様もそのようなところがあるのですか?」


 南蛮の宣教師の商売と言ったら怪しげな免罪符を売ったり、聖水を売ったりだろうか?キリスト教の教えに基づけば金儲けは罪であるにもかかわらず金儲けのうまい生臭坊主が結構いるようだが…

その辺のことを知っていれば宗久殿の言葉は皮肉が効いている。まあ、この時代の日本の僧もずいぶん堕落しているようだから思うところがあるのだろう。


「さあ…。私もこちらに来てから大分たちますので、この国の商人のさががうつりましたかな?ははは…」


「で、頼みというのはなんでしょう。あなた様はなかなかの商売上手とお見受けしました。この話の流れからいって…頼みの協力度によって商談の旨味も変わるのでございましょう?」


 本当に話が早い。この頭の回転の速さは信長様の天才的な頭の回転の速さとはまた種類が違うが、こちらが舌を巻くほどの速さという意味では同等であろう。信長様が懇意にしているのも頷けるというもの。


 俺の頼みは四つ


 まず一つ目は、美濃に行って信長様の正室である帰蝶様に会うので艶やかでかつ上品な反物をいくつか見繕ってほしいということ。


 二つ目は人探しである。探してもらうのは林道乾。中国人である。海賊や密貿易を取り仕切る倭寇の最後の大頭目であった人物。倭寇の取締りの強化により、逃亡中のはずである。彼には倭寇の再編と、今のアジアで通用するレベルの船と大砲を作ること、銅・鉄・硝石などをポルトガルを仲介せずに取引すること、明および東南アジアで義賊として活躍し東南アジアを日本の影響下におく下準備をすることなどを頼みたい。

  

 貿易におけるポルトガルの仲介を抜かすことで、倭寇・日本の商人双方の利潤が大きく上がるだろう。この話は貿易商である宗久殿にも旨味のある話なのである。  


 三つ目は美濃で鉄砲を大量生産したいから、鉄砲職人をスカウトしたい。信頼できる鉄砲職人を数名紹介してほしいというもの。


 四つ目は清酒と醤油の大量生産についてである。

この時代は醤油も清酒も原型はある。あるにはあるのだが…市場にはほとんど出回っていない。

調味料も酒も市民に大きな需要があるはずであり、これらを大量に生産できるとなれば空前絶後の大儲けができるはずなのだ。

 この話は、他の仕事が軌道にのってお互いの信頼関係ができた上で進めることにする。鉄砲作りやその他のことでそこまで手が回らないというのもある。

 だが、宗久殿がこの話に一番くいついたのは言うまでもない。


 これにより、寒天は夏の風物詩となり、醤油と清酒造りは俺と宗久殿の双方が共にボロ稼ぎして金蔵をいくつも持つことになるのだが…。それはまだ先の話である。

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