第9話何のための宴会か?

「「「わっははっ」」」


 信長様の小姓たちが音楽を奏で、舞を踊る。

招待客たちは心の底から愉快そうであり、食も進む。

丹羽長秀殿の考えた接待案だ。


 今日、招待している客は無二の盟友、徳川(次郎三郎)家康や妹婿の浅井(新九郎)長政、最近寝返った松永弾正久秀など、信長様が気にかけている同盟相手たちである。

この宴会は、俺という珍しい外国人を軍師として召抱えたことを自慢するために開かれたようなもの。元の歴史では開かれなかったはずの宴である。


 信長様は、小姓達にこういうことを普段から仕込んでいるらしい。


 小姓というのは未来の幹部候補生だが、どう教育するかは各大名家でまちまちである。武田や上杉は小姓を寺に勉強に行かせたりするようだが、信長様は手元に置いて実地で学ばせたり、自ら課題を与えたり、芸を仕込んだりするタイプのようだ。


「義兄上、お招きに預かりありがとうございます。愉快ですな」

 信長様に酌をしに来た浅井長政殿が言った。側には、徳川家康殿もいる。


「で、あるな。昨日の宴は華美ではあったが形式ばりすぎて肩が凝ったわ。新九郎殿もそう思われたか?」

 信長様は浅井長政殿に酌を返しながら言った。


「は。将軍家の権威を示そうと躍起になってましたが…張り子の虎という感じがしてどうも…。義兄上の助力があってこその将軍位拝命と二条城完成であるというのに」



「ふむ。張り子の虎か…新九郎殿はうまいことを言う。将軍家の権威を誇示する前に、世話になった諸大名に心から感謝し、慰労することこそ肝要であろう。あの宴にはそれが感じられなかった。新九郎殿の言は核心をついておるわ」

 信長様は感心したようにいう。


「おそれいります。〝王候、将相いずくんぞ種あらんや〟と言いますが…15代目ともなりますと、そうもいきませぬな」


 ん?〝王候、将相いずくんぞ種あらんや〟とはどういう意味だ??


「それはちと言い過ぎであるが…ふむ。そう言わせたのは、接待役である十兵衛の責であろうかの?しいては、そなたに接待役を任せた儂の責か。どうじゃ、十兵衛??」


「は。申し訳ございませぬ。」


 名指しされた明智十兵衛光秀殿は平服した。このトーンは、謝ってはいるものの何で注意を受けたのかわからぬ様子だろう。


「…わからぬか…。何故、わしはそなたを応接役にしたと思う?」


「は。このような儀礼や式典に詳しいからかと」


「それもある。それもあるが…。お主は将軍家と儂の両方の禄を食んでおる。将軍家と儂の両方の意向を汲む必要があるであろう。おぬしは儂の意向を聞きに来なかったの?五郎左とフロイス師は儂の意向をきちんと聞きに来たぞ?どう接待するか相談にも来ず、儂に恥をかかすとは…どういうつもりじゃ?ん!?」


 信長様の口調は話ているうちにだんだんきつくなっていく。

そろそろ激昂しそう。



「まあ、まあ…せっかくの楽しい宴に美味しい食事をぶち壊すことはありますまい。まずは一献」


 あわやというところで割って入ったのは、徳川家康殿である。家康殿は、信長様の方へ寄って行って酌をした。



「これは、口が過ぎたようで…。申し訳ございませぬ」

 長政殿も謝る。


 それで、悪くなりかけた座の雰囲気がほっと和らいだ。


 


「事前に相談しなかったそれがしが1番悪うございます。誠に申し訳ございませんでした」


 そのタイミングを捉えて明智殿が謝罪した。



「儂は、報告・連絡・相談を重視する。今度、報告・連絡・相談を怠ったら、ただでは済まさんからな」


「ははー」


(お)


 俺は側で聞いていて、意外に思った。信長公記やルイスフロイスの日本史を読むかぎり、こういう場面で信長様は説明もなくいきなり家臣を殴りつけてしつけようとしたはず。仲裁する人がいてもお構いなく。


(危ないところだったがなんとか踏み止まってくれたかな。)


 おれを採用する際に俺から聞いた話が効いているのかも。




「…次郎三郎殿。新九郎殿。気を使わせてしまってすまんの。どうかな?今宵の膳は。南蛮人を軍師として召抱えたので、膳を用意して貰ったのじゃが」

 気を取り直したように信長様が家康殿にとうた。


「は。これは、南蛮風の薬膳にございますか?昨日の宴で疲れた我らに対する気遣いが嬉しゅうございます。また、肉には味噌ダレを添えて好みでかけてもかけなくてもよいというのも気遣いですな。いろんな地方の客がいるので味付けも個々人で調節できるようにとの配慮が感じられます。そして、味噌が三河の味噌という…。鯉のあらいの酢味噌の酢と味噌は近江のものですかな?飲み物や菓子は弾正忠殿好み。なるほど…面白い御仁を召抱えられたようで」


 俺の配慮が全て見抜かれてる…。やはり徳川家康。漢方を使って長生きしただけのことはある。食への知見が深い。まあ、鯛の天ぷらにあたって死ぬのだが…。


 俺の料理は二日続きの宴会であることを考慮して作った。あさりだけでなく、鯉にもタウリンが豊富に含まれており二日酔いに効果がある。チキンの香草焼きに使ったバジルも二日酔いに効く。鯉のあらいの酢は疲労回復に効く。季節野菜の菜の花や季節の果物である琵琶も栄養が豊富である。デザートのところてんはあっさりと食べられる上、整腸作用がある。


 総じて今日のメニューは疲れている時こそ美味しく食べれることをコンセプトとした料理。薬膳と言っても良い。




「ふふ…さすがは次郎三郎殿じゃ。フロイス師、皆に挨拶を」



「は。ポルトガルの宣教師、ルイス・フロイスと申します。以後お見知り置きを」

おれは、そういって頭を下げた。


「ほほう。あなたが今日の膳を。かわった髪と目の色をされてますな。ポルトガル…」

浅井殿が興味深げにおれを見る。


「この国より遥か西から、いくつもの海を渡って参られたのじゃ。キリストなるものの教えをこの国に広めるためにな。困難も多かっただろうに…」


「数多の困難を乗り越えてこの国まで来られたと…勇者ですな。その話、是非とも聞かせて頂きたいものじゃ。我が嫁御殿も興味を持ちそうであるし…。そうじゃ義兄上、フロイス師とともに美濃に帰る際は近江におよりくださいませ。義兄上が立ち寄ってくだされば、市も喜びましょう」


「…。そうさせてもらおうかの」


 こうして波乱含みの宴会がやっと終わった。


 どうやら、近いうちに近江に寄ることになる。信長様の妹にして、浅井長政殿の妻女であられるお市の方―戦国一の美女と名高い夫人。どんな美女だろうか?会うのが楽しみだ。

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