第6話年収400貫で何ができる?


 永禄12年4月8日 本能寺客間


 昨日は信長様が俺の話を聞きたいと言って、夕餉ゆうげに呼ばれ、そのまま泊まることになった。


 昨日した話は未来の世界に関する事だ。


 封建主義が終わり、民主主義への移行。


 未来においては、選挙で政治家が選ばれること。


 それから…


 科学の発展。二度にわたる世界大戦。そして世界を焼き尽くしかねない核兵器の登場と、その脅威から生まれた薄氷の上にたつ危うい均衡と平和。


 その均衡が崩れた時、世界は終わる。


 この状態は西洋的な一神教の考え方に基づく自然を支配しようとする概念から生まれたのではないかという話もした。


 確かにその考え方が科学の発展をうながし、俺達の生活は便利になった。


 しかし、俺が生きていた未来において求められるのは、自然やいろいろな物事と共生することを目指す東洋的な多神教の概念なのではないだろうか?とも。


 西洋的な科学と東洋的な共生(和)の概念の両立。


 すなわち、和魂洋才こそがこれから俺達が目指すべき道だと。

今風にいうならば…SDGsといったところか?


 信長様はそれらの話に聞き入った。


 そして、「やはり、将軍や大名の世襲制は無くなるか…。」


と、感嘆した。



「天皇は残ってますけどね。国の象徴として。〝君臨すれども統治せず〟です」


「天皇な…。徳川の世の終わり…大政奉還…世界大戦の敗北…君臨すれども統治せず…それから、人類は未来に自らを滅ぼす兵器をつくる…とな。民衆の選挙による統治者の選出。それに和魂洋才か。…ふむ。そのための戦略を考えよ」


 と言われた。


 民主主義を即座に理解したようだ。


(いや、それに近い構想をすでに持っていたのか?)


 だとしたら、時代を先取りしすぎている!


 織田信長が殺されたのは、時代を先取りしすぎて改革を強引に押し進めすぎたからではないか?という俺の仮説。当たっているかもしれない。


 だとするならば…


(改革を邪魔するのは、既得権益であろう)


 既得権益でズブズブな者たち——改革に対する反対勢力をどう制御するか?それが鍵だ。




 それから俺は、寝床についてこれからやるべきことを考えた。戦略を練ったのである。


 第二次世界大戦後の日本は急成長をはたし、世界で最も成功した社会主義的国家と呼ばれた。


 日本は資本主義をかかげながら、貧富の差がすくなかったんだ。——1億総中流社会ともいう。

 目指すとするなら、そういう社会かな?


(もう、過労死は勘弁してほしいけど)


 過労死っていうのは世界共通語なんだよなぁ。karoushiで意味が通じるほど、日本で特徴的なものってこと。


 日本人特有の勤勉さや真面目さに、イノベーションとか無限の生産性の向上とか無限の利潤の拡大とかを強要するのは、相性が悪いのではないだろうか?


 日本人にそれらを強要すると、どこまでも真面目にやろうとしてしまいがち。無茶な要求もなんとかこなそうとして、失敗したら自分を責める。そして、もっと頑張らなきゃと自分をおいこむ。だから、過労死なんてものが社会現象となる。


 ある程度、上に立つ誰かが労働者の仕事の量をセーブする仕組みを作らないと…。だからといって、「働かないでいいよ」とか、「働いても働なくても、給料は一緒だよ」とはならないんだが…。


 まぁ信長様や俺がやるのは、改革でありイノベーションなのだが…。多くの日本人は、あまりそういうタイプじゃ無さそう。



 真面目で勤勉な民族なら、資本主義と社会主義のいいところどりをする社会を目指せると思うんだよね——資本主義と社会主義のいいとこどり。いいじゃないか。


(戦国時代からのこの改革は結構、大変だろうけど)


 そのために、まずは…


 ♠️


 年収400貫。上級武士の端くれくらいの給金である。織田信長総合株式会社本社の平の取締役(通称・ひらとり)といったところだろうか?


 給金をもらうからには、未来人たる俺にしかできない特別な仕事がしたい。


 武将は給金をもらうサラリーマンであると同時に、人を雇う個人事業主でもある。(社内ベンチャーといったところか?)




 兵士を何人雇うかは個人の裁量にかかっている。出世がしたければ、普通は兵士を出来るだけ多く雇うことだろう。


 だが、織田信長総合商社においてはもっと違う物が求められると考える。ただ、戦争をして領地を増やすことを目的としているのではない。天下布武の印象のもと、戦乱を静めて天下を平定することを目指しているのだ。


 俺の使命は、その先にある。昨日、信長様に話したように、世界を制し和魂洋才の概念を広めること。


 そして目指すは、資本主義と社会主義のいいとこどりをした社会。ある程度、政府によって管理・統制された貧富の格差の少ない資本主義社会だ。


 最近の研究において、天下とは京都とその周辺、五畿内を指すのではないかという説があるが…五畿内を掌握したくらいで満足してもらっては困る。


 俺の使命は、織田信長を世界の覇者にすることなのだ。その観点からいえば、目先の兵力にだけソースを割くわけにはいかない。


 …未来への投資。


 そう。未来への投資。つまり、世界を見据えた人材の育成も必要であろう。


 ふーむ…例えば、信長様の小姓衆を世界を股にかける人材にそだてるとか。


 これはありだ。


 小姓衆だけではなく、女性も育てたい。侍女だ。


 読み書きそろばんが出来、若くして夫を亡くし幼い子供を抱えて生活に困っているような侍女を集め、相互に子育てを助け合わせながら、海外の語学や風習、政治に関することなどを教えてはどうか?将来、外交官や官僚にするためだ。


 世界をおさめるためには、その地の言語が話せる外交官は必須だろう。しかも大量に。


 子持ちの侍女に教育を施しておけば、母から子にその言語が伝わる。


 子供は周りの友達にその言語を教えるかもしれない。


 そうすれば、侍女1人を育てる手間で複数の人間にその言語が広まる可能性がある。


 それに母親に進歩的な思想を教育したら、その子供達に進歩的な考え方も伝わるだろう。

まずは、封建的な考え方から変えていかないと…。


(将来的には、公務員試験のようなものを導入しても良いかも。最初のうちは武士の子供達に幼少から高度な教育を受けさせることで、武士が有利となるはずだし。武士以外の者達の教育レベルがあがると同時に自然と試験に通る機会が均等になっていくという寸法。この方法なら、封建社会から民主的な社会へのスムーズな移行が可能になるのではないか?)


 まー、現在の政治家や官僚・警察みたいにある程度、親の七光りも認めないと反乱が起きそうだし。暗黙の了解として…親ガチャは……


 無しよりのーーーーっ……



 ありっ!!


 (明治時代の如く、貴族院と衆議院でも作るか?)


 衆議院が力をつけていけば、自然と貴族院もなくなるだろう。


 あと、士官学校とかも作って、武士の子息を優先的に入れてやろうか。


 軍部の上層部を武士出身の者たちが握れば、抵抗は少ないかもしれない。




 俺は、その前段階の策も思い描いている。


 空前絶後・驚天動地の奇策!


 この奇策は、まだ誰にも明かさない。


(時が来るのを待とう)


 と、とりあえず、まず教育を施す相手は織田信長様の小姓衆であり侍女達だ。生徒を集める手間も省ける。



 あとは、普通に兵を養おう。


 年7貫で1人の兵士を雇うことができるようだ。俺の給金だと50人ほどは雇えるか。

 部隊を作るなら、最新式の鉄砲と火薬、銃弾を装備させたい。


 そのためには、研究費がいる。最新式の鉄砲と火薬と銃弾を作るから金と研究スタッフと研究施設をくださいと、信長様にお頼みしなければ。


(雇われてさっそく金の無心か?)


 だが、この研究も教育も全ては織田家の将来のため。とくに火薬の原料となる硝石は、国内で効率的に生産する方法が確立されておらず、海外との貿易でぼったくられ放題のはずだ。


 硝石の有効な産出法の確立。そして命中精度、威力、射程距離、装填速度が桁違いに改良された鉄砲の開発。これらをプレゼンすれば、信長様は大喜びで予算を通してくれると思う。



(怒られないよね?)



 今朝も信長様と朝餉を共にすることになっているので、昨日考えたことを戦略と一緒にプレゼンしようと思う。



 ♠️

 本能寺の信長様の部屋に行って朝餉を共にしている。


 食膳に並ぶは、青菜のおひたし、パサパサした山盛りのご飯、味噌汁、塩辛い漬けもの、高野どうふだ。寺であるためか魚はない。


「昨日はよく眠れたか?」

 信長様が問う。



「はい。昨日命じられた戦略を考えていたら、いつの間にかぐっすり寝ておりました」



「で、何をするのじゃ?」



「はい。和魂洋才や民主主義の実現のために、我らが世界を制します。そのためにまず、鉄砲の改良と火薬の国産化を行います。ただそれを行うための職人や資金の方は…かなりの額になりそうなので織田様をお頼りせねばならなさそうなのですが…」

 と俺は申し訳なさそうに言ってみた。



「ほう…。鉄砲の改良と火薬の国産化か。どうやるのじゃ?」

 信長様は、興味しんしんで身を乗り出す。


 まず鉄砲の改良といっても、いきなり元込め式の連発銃が作れるかといえば無理がある。この銃が出来たのは200年ほど先のヨーロッパにおいてであり技術の格差がありすぎる。



「今の火縄銃は、命中精度が悪いです。なぜかというと、弾丸が丸いからです。丸いと空気というか風?の影響を受けやすいのです。なので弾丸は流線型にして、錐揉み状に飛んでいくようにしなければなりません」



「ふむ」



 まず最初に作るのは、銃身に旋条跡を刻んだ鉄砲―ライフルドマスケットとそのための銃弾―ミニエー弾だ。金属性の薬莢に加工するのは今は難しいから紙製の薬莢を作る。また、マスケットといってもフリントロック式ではなく火縄式でつくる。日本ではフリントロック式銃の着火に用いる蛍石(火打ち石)の質が低いからだ。


 日本は湿気が強く紙がしけりやすいけど、火縄をしけりにくくする改良技術があったはずなのでそれも問題なかろう。



 火薬は従来の黒色火薬では暴発しやすいので、半炭化状の炭を加えて褐色火薬にする。


 火薬に使う硝石は硝石丘法というものを用いて国産化したい。このやり方は、量は取れるができるまで数年かかるので、それまでは輸入に頼るしかないが…。



 結論。ライフルドマスケットはこれまでの火縄銃に比べ、飛距離は三倍、充填速度は3分の2、弾道が安定することにより命中率は桁違いに上がることになる。硝石も国産化すればぼったくられないし、外国に付け込まれる隙も与えないので是非やるべき。



「なるほどな」

 俺が話し終わると信長様は感心したように頷いた。



「昨日の今日でこのような案をもってくるとは…感心したぞ?」



「ありがとうございます」



「金を出しても良い。だが…」


「だが?」


「いや、一応重臣どもにもはかろうと思ってな。反発を招きたくないからな。重臣達をあつめて評定を開く。貴様の紹介もするので、でろ」


「ははー」


 家臣にはかる?信長様が??あ、家臣の反発を招いて謀叛にあった話を気にしてるのか…いい傾向なのかもな。


「他に画期的な案はあるか?」


 信長様が俺にそう聞いた。


「は」


 俺は、信長様の小性や子持ちの侍女や職人の子供達などに世界の主だった言語や風習、学問や技術などを教える学校を作りたいと申し出た。


 西洋の科学と東洋の考え方を両方とも教える。


 和魂洋才や進歩的な知識や技術、考え方を持つ人物を育てるのである。


「教育か。…良かろう。岐阜にいる儂のお気に入りの小性や侍女を選りすぐって数名お主に預けてやろう。…実に惜しいことだが気に入ったものがおったら、お主が引き抜いても良い。まぁその時は儂に一言、断って欲しいけどな」


「ありがとうございます」


 信長様お気に入りの小性や侍女を預かる、もしくはもらいうけるか。信長様が気にいるほどの者たち。どんな人材がいるか楽しみだ。

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