第4話無礼討ちされるのは嫌なので法的防御力を極振りしたいと思います


 令和2年4月



 俺は戦国時代に出向いて織田信長に仕えるのに、二つの条件をアマテラス様に突きつけた。


 1.ルイス・フロイスと俺の人格を入れ替えることについてルイス・フロイスにコンセンサス(同意)を取ること。



 2.織田信長に俺を軍師として推挙し、もし俺の言うことを聞がなければ身の破滅が起こると忠告すること。そして俺の言うことをよく聞いて尊重し、みだりにおれを殺したり俺に乱暴を働いたり、追放したりしないと誓わせること。




 ♠️

 これらの要求がどうなったかについて簡潔に説明しよう。



 まず一つ目。ルイス・フロイスへのコンセンサス。


 ルイスフロイスの夢枕に立ったアマテラス様は、自分は日本の神であると名乗った。

 一神教たるキリスト教の宣教師にこの名乗りは最悪である。

 一神教の宣教師にとってキリスト教の神は唯一絶対の存在であり、それ以外に神を名乗るものはすなわち悪魔。


 結果、ルイス・フロイスは「この悪魔め、立ち去れ」と話も聞かずにアマテラス様を祓おうとした!



 日本の太陽神にして最高神たるアマテラス様は大人気おとなげ(?)なかった。神の力をもってフロイスを返り討ちにしたのだ!


 いやー、性格とギャンブル癖の悪さはともかく、あれだけの光と威厳とオーラを放つアマテラス様を〝悪魔〟呼ばわりして祓おうとするとは…一神教の弊害か…


 かくして、本来のルイス・フロイスの魂は完全消滅。その瞬間から俺はルイス・フロイスの肉体、顔、地位、記憶、経験、知識、人脈の全てを手にすることとなった。



 二つ目。織田信長に対して身の安全をはかることと、織田信長に対する強い発言力を得ることについて。

 これは、意外と簡単だった。信長はアマテラス様に借りがあったからだ。


 桶狭間の合戦において、信長は熱田神宮にお参りし戦勝を祈願した。熱田神宮の祭神。まさに、アマテラスオオミカミに…(熱田神宮の主たる祭神は熱田大神だが、熱田大神とは3種の神器の一つである草薙の剣に宿った天照大神そのもの)


 すると、雷鳴を伴った豪雨が降った。


 「これぞ天佑ぞ!」と豪雨に隠れて一気に敵本陣を奇襲したからこそ、信長は圧倒的な戦力差を覆して今川義元を討ち果たせたのである。


 信長は絶対絶命の危機を神の加護によって乗り越えた。そして、そこから信長の隆盛が拓けていった。




 アマテラス様はその借りを今こそ返してくれないかと信長に頼んだ。これは信長が滅びを回避する為の措置だと言うことも説明していた。


 それを織田信長はあっさり了承した。そして、ポルトガル人宣教師たるこの俺をアマテラス様に使わされた者として、恩人に準ずる者として、決して仇や疎かにしないと誓ってくれた。



 …こうして、俺がルイス・フロイスとして織田信長に仕える為の根回しは、めでたく完了したのだった。



 ♠️永禄12年(1569年)4月8日 二条城建設現場



 暖かくて雲ひとつない快晴ともいえる日だった。


 この日が転生した初日である。


 ルイス・フロイスの記憶や知識があるからか、戦国時代に転生したというのに違和感を全く感じないのがすごいというか不思議だったのを覚えている。


 外国人であるフロイスがここまで異国の文化になじむとは、相当な苦労があったと推察する。そこは、尊敬するし、感謝もしよう。



 だが…初日から織田信長と謁見するというハードコースだったのは、どういうことだ?



(ボーイミーツガールは?ラブい展開は??ヒロインは!?)


 転生した初日に織田信長と謁見? 自称・第六天魔王だぜ?


(ラスボスじゃん)


♠️


 織田信長と謁見するために二条城の建設現場を訪れた時、まず目にしたのは颯爽と走り抜ける諸肌脱ぎの青年。


 そして…。


「不埒者め!」と怒号を発してからの、紫電のごとき抜き打ちとザッシュッという不穏な音。


 飛び交う鮮血。やらしい目でにやついたまま宙に舞う男の生首。


 自分の首を求めてよたよたとさまようように数歩あるき、バタリと倒れる作業着姿の男の身体。



 この時、織田信長は将軍・足利義昭の居城を京都の二条に突貫で建設中だった。


 殺されたのは、工事現場の人。仕事中に売り子の女性を「えへっへっ。俺と遊ぼうぜ」とでもしつこく追い回していたのを、信長に見咎められたのだ。


 建設現場を自ら監督していた信長の行動は早く、作業員の悪事を見つけ次第、即座に斬った――悪・即・斬である。


 戦乱で荒れ果てた都―京都において、支配層自らが市民の治安と風紀を守る姿勢をみせる。


(意識が高い!)


 それはわかる。わかるのだが…。


 俺は人が人の首を飛ばすところを初めて見た。


 平和な時代が続き、戦争を知らない世代として育った者として、斬首はおろか人が殺される場面を実際に見ることなど皆無。


 感想としては、(首って抜き打ちされるとよく飛ぶんだなぁ)とか、(血しぶきってあんなに飛ぶんだ)って感じ。


 現実感がなさすぎるのだ。


 ………………


 …………


 ……。


 数瞬呆然としたあと、俺はガクガクと震えが止まらなくなった。



(う…お…お! 織田信長、容赦がなさすぎる)


 俺は本当にこの人に仕えて無事でいられるんだろうか…?!


 …。



(…そうだ、アマテラス様と信長様の口約束だけでは不安だ。俺の身の安全を保証する覚え書きを書いてもらおう)


 社畜とはいえ法的に保護される権利くらい主張する。戦国時代における自分の身の安全と権利は、自分で守らなくては。

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