第17話 対魔神戦 血華
乙葉月都は屍のごとく生きる怪物だった。
だが、今やっとのことで、死んでいたはずの彼は生き返ったのだ。
全てを許すことは難しく、女に対する憎悪が未だ内側で
自分にとっての大切な者達と首輪をつけることなく向き合えたのなら、他者を信じる恐怖に打ち勝ったのであれば――少なくとも心が死んでいるとは言い難いであろう。
「――ふっ」
ヘラヘラとした笑みを消し去り、本来の冷酷さを取り戻した災厄の化身。
魔神はその小柄な体躯を活かして隙なく双剣を振るう。
手始めに彼女の剣先が捉えたのは、あずさの左脚と月都の右腕。
月都は固有魔法【這い寄る触手】を展開。ガードを成功させる。しかしあずさは肉体を捻って回避するのみならず、その勢いに乗じて魔神の顎に回し蹴りを放った。
敢えて回避せず魔力を顎の部分に集中させることで防御力を強化。あずさの脚が恐るべき速度で魔神の顎を蹴り上げたと同時、月都の拳がメイドよりも遅れて、彼女の元に襲いかかる。
分かり切っていた話ではあるが、近接戦闘の技術はあずさや魔神と比較すると、月都の側が大幅に劣るのは厳然たる事実。
けれども彼の誰よりも遅く誰よりも拙い拳は、空間を裂きながら飛来するのだ。かの魔神の腹心が用いていた固有魔法の発展系。月都は才能に物を言わせた無意識でやってのける。
だからこそ魔神はあずさの回し蹴りを避けることなく、空中で安定した姿勢を維持したまま、反動を最小限に受け切った。
防御から攻撃へ即座に転じる。流れるような身のこなし。双剣を交錯させ、剣閃が煌めいた。
間近に迫った空間の裂け目を相殺させるかのように、自らも双剣で同程度の亀裂を作り出した。
されど猛攻は終わらない。双剣を振り抜いた魔神の死角となっている背後に気配が生まれる。
彼女は振り返ることなく半ば勘だけで、左手の短剣を背後に向けて突き出した。
肉を抉った感触はあるものの、致命傷狙いのわりには浅い感触。
それもそのはず、魔神の背後に回ったあずさは敢えて腕の肉を断たせたことで、ガラ空きになった魔神の横腹に鎖の
「ぐっ、」
強烈な一撃。横に向かって吹っ飛ばされるものの、決定打には届かない。
今のあずさの一撃は魔神の行動を阻害するための布石。あくまであずさが一介のサポート役であることを忘れてはならない。
「ああああああああっ!!」
元より人の身で神に匹敵する魔力の持ち主。天才的な魔人の月都が繰り出す全力の徒手空拳は、魔神の肉を抉る。
さらに驚くべきことに、本来であれば彼女に備わっているはずの人外じみた再生、回復すら彼の攻撃は許しやしない。魔神の腹には痛々しい風穴がポッカリと空けられていた。
月都は魔神の座を狙うべく、彼女の力、存在全てを喰らうことを目的としている。
身に宿る魔力を全開に戦う月都の肉体から直に伝わる衝撃には、如何な魔神であっても深手を負わざるを得なかった。固有魔法と固有魔法の激突では、こうも魔神から奪うことは叶わないのだ。肉と肉の激突こそが雌雄を決する。
ゴボリ、と。血の塊を吐いた。魔神は立ち尽くす。
動きが止まったことを見越して、あずさが先んじて駆け出した。
けれど、血を噛み締めた女は凄絶に笑いながら、おそらく魔人の中では最速であろうあずさの動作を、僅かな攻防の内に見切った。
棒立ちの姿勢から握り締めた双剣をメイドを上回る速度をもってして、彼女の腹に突き刺したのだ。
あずさの腹で赤の花が咲き誇る。反面、出血多量を要因に顔色が見る見る内に蒼白と化していく。
一人――確実に獲った。魔神は確信する。トドメと言わんばかりにあずさの腹を貫いた双剣を引き抜こうとして、
「――な!?」
「そう簡単にぃ! 引っこ抜いてもらってはぁ! 困るのですよぉぉぉぉぉぉぉ!」
あずさの腹から生まれた鎖が、茨のごとく生え伸びて、双剣を、魔神の肢体を、胴体を絡めとるのだ。
「気味の悪い鎖だな。今すぐ離すが良い、小娘ぇっ――!!」
「あずさは離さないのですっ!! 断じて離すものか、ご主人様への忠誠心と罪悪感……否、私の恋とその先にある愛に賭けて、だ――!!」
魔神とあずさ、血の花に塗れた両者は鬼気迫る形相。超至近距離で毒を吐くかのごとく、言葉を叩きつけた。
絡み合う二人の元に、
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