第14話 対魔神戦 たった一言
他ならぬ主から不意をつかれたあずさは、錐揉み回転しながら上空で吹っ飛ばされたものの、最終的には自らバランスを取り戻し、体勢を整え直すことに成功した。
そしてかなりの切実さを帯びた涙目で、あずさは前方の月都に食ってかかった。
「どうしてくれるんですかご主人様! 先程の術ははちゃめちゃに集中力が必要なのでもう出せないかもしれませんよ!」
覚悟を意図せずして削がれ、結果死に損なったあずさの視線の先で、未だ月都が魔神と激闘を繰り広げている。
互いに豊富な魔力量を活かすかのごとく、惜しみのない大技が乱舞していた。
今も太陽を模した炎の球体が夜空を彩ったが、月都の固有魔法【支配者の言の葉】が発動。
凍れと月都が命じたことで球体の熱は失われ、そのまま氷の欠片となって四散していく。
「それでいい。これで正解なんだよ。おまえが犠牲になって魔神を倒すなんざ、絶対にありえねぇ」
迎撃に意識を割いていた月都の領域の内に、すかさず飛び込んで来るのは魔神だ。
彼女は雷を纏わせた日傘を振り回して、彼の横腹に叩きつけんとしていた。
けれども月都は止まれと言の葉を挟むことで、魔神に対して強制的に静止を命じた。他の魔人と比較すると身体能力の低い月都。だが魔力量は人間の身にして神にも匹敵するからこそ可能となる芸当だ。
その上で過剰にも思える量をぶち込んだ右手を翻し、手刀を繰り出した。狙う先は魔人の喉元。
だが、軽やかな身のこなしで後退していき、魔神は月都を取り囲むように円の疾走を続けるのだ。
「しかし恐れ多くも申し上げますが、このままではご主人様の勝ち目が薄いのでは……」
「そうだな」
いっそ清々しいまでの言い様ではあるものの、そこであずさはようやく違和感を感じ取ることが出来た。
(ご主人様の動きが良くなって来ている……?)
何故かは分からないが、対魔神戦が始まってからの月都はいつにも増して調子が悪いように思えた。
しかし今は少なくともいつも通りと呼べるくらいには、戦闘のキレや精彩を取り戻していたのである。
「俺は女が嫌いだ」
何かしらの変化を感じ取ったとでもいうのか、日傘を構えて疾走を続けつつ、今にも一定の間合いの外から飛び出して来そうであった魔神が、他ならぬ己の意思で止まったのだ。
「何故嫌いか? 簡単なこと、俺が女に虐げられたからだよ」
過去の精算は一応は済んでいると月都は見なしている。
「だが、あの日あの時負わされた傷の数々を忘れることは断じてない」
それでも虐げた者は忘れやすく、虐げられた者は死んでも忘れない――と、屍のごとく生きる男は、世に蔓延る摂理を憎悪と共に吐き出した。
「俺は俺を虐げた女を許すことはない。俺を裏切った男も含めて、だ。裏の世界も表の世界も知ったことか。母さんを見捨て、俺を殺したのが生きている人間であるならば、全ての生者を俺は憎んで然るべきだろう」
滑らかに紡がれる怨嗟を目の前に、攻撃の手を止めた魔神はどこか楽しげに見守ってさえいた。
「そんな地獄からあずさは俺を救ってくれた。手遅れだったかもしれないけれど、誰も助けてくれなかった屍を拾い上げてくれたことに変わりはないんだ」
肩が跳ねた。ここで話題がこちらに向くとは考えもしなかったようだ。あずさはハラハラとした面持ちでただ月都を見守るばかり。
「まるでヒーローのようで、なのにあずさは俺の方がかっこいいだとか、憧れだとか言うんだぜ? 笑えるだろ? こんなの嬉し過ぎるんだ」
邪気も悪意も感じさせない笑みをたたえて、尚も月都は語ることをやめない。
「アリシアさんのお陰で学園に潜り込めたが、本当に楽しい日々だったな」
聞き手となっている魔神は、そのことについて不快感をあらわにするどころか、ワクワクとした態度さえ示していた。
「ルコと生まれて初めての友達になれた。疎遠になってた姉ちゃんとまた仲良く出来るようになれた。サヤさんに先輩として色々世話を焼いてもらったし、可愛い後輩だと思ってたローレライが妹みたいな存在になったんだよ」
みんな俺にとっての大切な人なんだ――と、囁くように告げた。
「にも関わらず、俺は女という存在を求めながらもひどく恐れ、未だ首輪をつけたまま。みんなに愛されているのに、その愛を隷属によって不誠実にも冒涜している」
「冒涜、ねぇ」
楽しげに身体を揺らし、これまで敢えて沈黙を選んでいた魔神が、とうとう言葉をもってして割り込んだ。
「強者が弱者を支配するのは当然だと思うけれど?」
「あずさも、ルコも、姉ちゃんも、ローレライも、サヤさんも。みんな俺の大切な人。弱者と一括にするのはおかしい」
「おかしいと考えるのであれば、果たしてキミはどの道を選ぶべきなのかな?」
魔神の激励にも似た煽りに、今度は月都が押し黙る番であった。
「俺、は……っ!!」
血が滲む程に拳を握りしめる。
一言を発するだけで彼の運命は劇的に変わるというのに、その一言を口にするまでが容易ではなかった。
「ご主人様!」
焦りで視界が狭まる。だが、彼の耳に向けられたメイドの愛らしい声音が、後方より確かに届いたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます