第13話 対魔神戦 メイドの恋と覚悟

 人生とは諦めと妥協の連続である。かつて魔神にあまり幸せな人生を送っていなさそうだと揶揄された白兎あずさは、そのように考えていた。


 例えば――だ。


 物心ついた時には母親が既に顔を見せず、酒とギャンブルで頭をやられた男親が、まだ幼かった自分を当たり前のように殴って来る毎日も。


 いよいよ借金で首が回らなくなり、合法とはとても思えないような施設に金で売られたあの冬の日も。


 思い出したくもないような実験の末に、訳のわからない耳や尻尾を生えさせられた挙句、人造の魔人になってしまったことも。


 暗殺者としての訓練を受けた末、あまりにも人の心を欠いた女の下で働かざるを得なかったことも。


 こういうものだと、割り切ってしまった。


 後天的に与えられた力とはいえど、培った戦闘能力は本物だ。


 あずさの内には現状を打破する力が充分にあったはずである。


 だが、やりたくもない暗殺業に嫌々ながらも手を染めていたのは、何かをやめるのにもまた膨大な気力を要するから。


 おおよそ自らの人生に対する情熱が不足しているからこそ、道具の役割が楽なのだと、冷えた心のどこかで理解し、諦観した。


 そして時は流れ、彼女は常とはやや毛色の違う任務を任せられた。


 前当主の子息。天才的な才能を有する乙葉月都の力の封印と、監視。


 可哀想な子どもだと、他人事ながらにあずさは考えた。


 そう、他人事だ。目の前で年端もいかない少年の心が徐々に死に絶えていっても、自分のことではないのだから他人事。


 情熱に欠けた道具は、簡単に割り切ることが出来るはずだったのだ。


 ――だが、


『何で、俺を助けたんだ?』


 後にあずさは思い知る。


 罪悪感は本人の想像以上に内側で巣食っていたことを。








「――見ていられなかったから、ですよ」


 固有魔法【縛めの鎖】。万物を封じる鎖を駆使して、メイドたるあずさは主の月都をサポートしていた。


「最初はそうでした。目の前で死んでいく男の子への罪悪感が知らぬ間に限界へと達して、罪の重みに耐え切れず、あずさは動いたのです」


 実際問題、とっくの昔に手遅れではあった。


 現在の月都は生きる屍にも等しく、断じて彼の窮地に間に合ったわけではない。


「ですが、それだけでもなかったのです」


 あずさの操る鎖は、魔神が放つ雷を打ち消した。


 だが依然として月都がどこか上の空のまま、攻めきれていない現状は変わらない。


「あずさよりも辛い境遇で、だけどご主人様は折った方が楽なプライドを断じて折らなかった」


 魔力量の差は月都と魔神の間にほとんどないはずだ。


 ならば戦闘経験の差か――しかし極東魔導女学園に転校生として潜り込んだ月都は、約一年間で濃密な体験を積んでいた。


 本来であれば渡り合えるであろう月都が、魔神にこうも一方的に押されている理由。


 乙葉の屋敷で語ったように、やはりあずさに理解出来るわけがなかった。


「死んだ心を奮い立たせ、決死の覚悟で強敵に挑むその勇姿に、あずさは心からの憧憬を覚えます」


 祈るように手を組み合わせ、空を仰ぐ。


「好きですよ、ご主人様」


 恋する乙女の願いに応えたかのごとく、鎖が空を縦横無尽に駆け抜け、檻の形をなした。これから魔神を呑み込む、絶対の結界だ。


 形は整った。後はあずさの全てをそこに注ぎ込み、展開させるだけ。


 白兎あずさの生命、存在、これからを生きるのに必要な全てを捧げて、全身全霊を賭けて魔神の力を封じにかかる。


 無論、相手は人知を超えた神だ。そう長く封印状態を維持出来るとは思えない。


 けれど三分は保たせられるとこれまでの戦いで算段はついた。三分封印が保てば、如何に本調子ではなさそうな月都であっても、魔神を殺すことの叶う確率は格段に高くなるであろう。


 後のことは知らない。されど全力で主が勝利する道を掴み取る。


 命の炎を燃やそうと、いよいよ本格的に心を決めたその時――、


「馬鹿――野郎っ!!」


「へあっ!?」


 唐突にも思えるタイミングで振り返った主の怒声と共に、ぶにょん、と。見えないナニカがあずさの身体を横から強く殴った。


 限界まで研ぎ澄まされていた集中力は中断され、鎖の檻は弾け飛んだ。命を燃やし損ねたあずさはクルクルと錐揉み回転をしながら空を舞う。

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