第12話 対魔神戦 王子様と騎士様

 空から落ちて来た主従二人。


 小夜香が水の大剣を握り締め、そんな姉をローレライは姫抱きから羽交い締めの体勢に移りながらも、懸命に支えていた。


 だが、魔人二人分の魔力を注ぎ込んだ武装は、未だ零人の構える大鎌に防がれたまま。


 むしろ自由落下の勢いを利用した彼女らが押されているのが現状だ。


「所詮は奇策。敢えて実力の劣る魔人を矢面に立たせることで不意をつこうとしたのかもしれぬが、私を打ち破るには程遠いぞ」


 その言葉に他ならぬ武器を預けられ、ローレライや零人と比較しても大幅に実力の劣る小夜香の心が折れそうになる。


 ローレライだけであれば勝てた戦いを、自分という雑魚が出しゃばり、加わったことによって、いらぬハンデを負わせてしまったのではないか――と。


「それは勘違いなんだよ、お兄さん」


 けれど、小夜香の心を読み取ったかのように、凛然とした態度で背後のローレライが答えた。


 実際には零人の言葉に反応しただけなのだろうが、しかしそれはあまりにも小夜香の心に浸透する。 


「お姉ちゃんは弱くなんてない。私にとっての月都お兄ちゃんが突然現れた王子様であるならば、お姉ちゃんはね、いつだって私を守ってくれる騎士ナイト様なんだから」


「――っ!!」


 自分で自分が恥ずかしくなった。


 宣言したにも関わらず、ローレライを守り通すという役目を自ら降りようとしていたこと。


 こんな不甲斐ない女を、それでも尚信じて刃を預けたローレライの想いに、微塵も応えられずにいたこと。


 全てが羞恥に値し、ゆえに小夜香は歯を食いしばった。


「あたしだって――なぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 悲観的で現実的。傍観者に甘んじ、闇に影にと潜むことを是として来た道化師は、


「やるときは! やるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉたまにはなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 限界というものに囚われることなく、中途半端な理性を捨て去って、邪魔な大鎌とその先にある男を切り裂きたいという純粋な願いを糧に、内に流れ込む魔力を燃やし尽くす。


「――っ、」


 ついにその時は訪れた。


 この世のものとは到底思えぬ轟音が鳴り響いた直後、水の大剣は時空を切り裂く大鎌ごと所有者を断ち斬った。








「――そうだよ、零人。ボクはボクを殺せる者を第一に求めていた」


 魔神とは実に冷酷な女だ。


 どれだけ馬車馬のごとく使い魔を扱ったところで、その死を気に留めることなどありはしない。むしろ邪魔者がいなくなってせいせいしたといった類の心地を覚える程だ。


「だけどね、零人。キミは側にいてもらえるだけで、何よりもの喜びを感じる存在だったのさ」


 にも関わらず、今現在月都と戦闘中であるというのに、黙祷を捧げるかのごとく彼女は目を伏せていた。


「ボクは天国なんてモノも、幸せな来世とやらも懐疑的で、それどころか憎たらしい概念だとさえ感じているけれど」


 彼女の周囲では光がおぼろげながらも点滅していた。魔神だけがその光に宿った男の残滓に直で触れることが許されるのだ。


「何故だろうね。キミに関してはそうであって欲しいと願ってしまったよ」


「戦闘中によそ見とは、いい度胸だな」


「――おっと」


 死した従者に思いを馳せる魔神の胸元に、退魔の矢が突き刺さっていた。


 心臓狙いの一撃。寸分の狂いもないその攻撃は、当然神を殺すには至らない。


「すまないね。少しだけ感傷に耽りたい気分だったのさ。ボクも歳をとったものだ」


 胸に食い込んだ矢を強引に引き抜き、身に纏うドレスと同じく装飾過多な日傘を翻して、炎が奔った。


 かつて蛍子や紫子が扱ったものよりも遥かに強力な熱が月都を襲う。



 月都の固有魔法【支配者の言の葉】。世界の理さえ覆す言葉が紡がれ、防御壁が作成される。


「乙葉月都」


「何だ?」


 炎を遮った壁を純粋な脚力だけで乗り越えて、日傘を鈍器のごとく魔神は振り下ろす。


 それを無色透明不可視【這い寄る触手】でガードしながら、魔神のニヤニヤ笑いを月都は睨みつけた。


「やはりと言ってしまってはそれまでだが、随分と苦戦しているじゃないか?」

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