第10話 対魔神戦 果たされぬ願い

 尚も拮抗は続く。


 小夜香を後衛に控えさせたローレライ。彼女は杖を絶え間なく揺らし、大技の連発を続けるも、まるで息の上がった様子を見せない。


「ローレライ・ウェルテクス」


「どうしたんだよ?」


 しかしそれは相手もまた同じこと。


 ローブを目深に被っているからこそ、一目で状態を判断することは難しいが、零人れいとは危なげなく二対一の局面を切り抜けていた。


「貴様と私は似ているのかもしれないな」


「うにゅん? それは月都お兄ちゃんの方じゃないのかな?」


 藪から棒な零人の語り。


「男が虐げられる世界の最たる被害者、これ以上の共通点を有した存在は、そうそう他にいないでしょ」


 小夜香の鏡に防御を委ね、無数の槍を零人の足元に生やすことに集中しながらも、彼女は会話に応じる余裕さえ示した。


「当然、それもある。だが、私と貴様には乙葉月都以上の類似点があると考えた」


 口を滑らかに回す零人。けれども彼は大鎌を旋回。足元から生え伸びた水の槍を、空間ごと切り裂くことで霧散させた。


「へぇ、もったいぶらないで教えて欲しいな」


 主とは異なり全くもって余裕などありはしない小夜香が、死角から零人へと向かってナイフを投擲。



 完全に不意をついた形。それでも彼に直接の影響を及ぼすことは出来ない。


 零人は急所を狙って投げつけられたナイフを指で器用に挟み込み、ローレライの側へと返してのけた。


「……嫌なところを突くんだよ」


 慌てて魔導兵器の実体を解除した小夜香。


 彼女からは背中しか見えないものの、ただでさえ華奢なローレライの肩が、一回り以上小さくなったように彼女には感じられたのだ。


「こちらの誤解であれば、謝罪くらいはしても構わないが?」


「要らない気は回さないで。そうなんだよ……確かに私は諦めた。あずさお姉ちゃんの愚鈍さこそが月都お兄ちゃんを救うことが出来ると、気付いてしまったんだよ」


 月都の夢を無謀と定め、あの手この手で彼を死なせぬよう策を張り巡らせることに執心したローレライ。


 しかし彼女は思い知らされた。月都に必要なのは自分のような小賢しい人間兵器ではなかったということを。


「お兄さんは魔神の右腕にも等しい存在。邪険に扱われているとは思わないけれど」


「そうだな」


 対話に両者が没頭し始めたということであろう。


あるじ――魔神様は私を救ってくれた。その事実に何ら偽りはない」


「だからこそ、お兄さんは極東魔導女学園の序列一位となり、人類を背負って魔神との戦いに挑んだものの、あちら側について災厄と成り果てたんだよ」


 固唾を飲んで見守る小夜香をよそに、ローレライと零人は攻撃の手を止めて、相手の存在を真っ向から認識し始める。


「人間の側に立つ貴様らからの視点であれば、あくまで私は裏切り者、背反者に過ぎない。だが、私自身は主が駒として見初めてくださったことで」


 そこで一旦、零人は言葉を切った。


「人としての幸福と、悦びを、生まれて初めて得たのだ――!!」


 次に放たれるのは獣の咆哮にも似た、歪み切った世界に対する猛々しい宣言。


「我が身を削って表の世界を守護し、裏の世界の頂点に立とうとも、男だからとそれだけの理由で後ろ指を指され、排斥される日々。どれだけ価値を示しても、産まなければ良かったとなじられる。孤独だった私に対して、あの御方はおっしゃってくださったのだ」


 魔人の資格が一部の例外を除き女性に限定されていることが多く、結果的に男の立場が弱かった裏の世界で、初めて明るみになった男の魔人が魔神に寝返った。


 男が女に虐げられる決定的な流れを作り出したのは、他ならぬにかつて女に虐げられた男というのは中々の皮肉ではなかろうかと、ローレライはそんなとりとめもない思案を続けていた。


「『キミ、中々見所あるね。ボクの下についてみないかい?』――あぁ、分かっているとも。分かっているのさ」


 これまでにない程情感たっぷりに、今が戦の最中ということも忘れて、零人は己のルーツそのものたる魔神の誘いを紡いだ。


「主が真に思い入れがあるのは、ただただ忠実に蒙昧に仕える駒ではなく、乙葉月都のような自身を殺し得る可能性を秘めた者だということを」


「一番でありたかったという願いが叶えられずとも、親愛をもって接してくれたのことを、お兄さんが嫌いになれるはずないんだよね」


 若干の同情と労りを込めて、しみじみとローレライが呟いた。


「嫌いになれるはずがないのさ。むしろ愛と同等の感情を抱かない方が難しいくらいだ」


「――度し難いよね。人間の感情っていうのは」


 本当に度し難いものだ。ローレライは自嘲の笑みを口元に浮かべる。


 王子様を救えるのが兎だけだったことが明らかになったとしても愛は変わらない。それどころか彼に心と命を救われ、未来を与えられた人魚姫は、それまで抱いていた執着以上の愛を抱くハメになったのだから。


 けれどその事実が疎ましいかと問われれば、


「後悔なんてない――私は彼のために、大嫌いな闘争に身を投じるんだよ」


「悔恨を覚えるはずがない――私は彼女のために、誰にも必要とされていなかった力を振るおうじゃないか」


 決してそうではないのだと、この感情はいつまでも大事に仕舞って愛でておきたい、大切で仕方のない宝なのだとローレライは断じる。


「……なるほどなんだよ」


 彼女と全くの同じタイミングで零人も断定した。息の合いようが尋常ではない。


「最初は何のことかさっぱり分からなかったけど、お兄さんと私は似たもの同士だったんだね。びっくり」


「立場がこうでなかったのならば、共にゆっくり語らうのも悪くなかったかもしれないな」


 再度大鎌を構え直した零人が、ローブの内側で親しげに笑った気配をローレライは察知する。


 ゆえに彼女も親しい友人であるかのように微笑み返す。同族として突如芽生えた友愛に嘘はなかった。


「――さようなら、お兄さん。月都お兄ちゃんのために今すぐ死んで欲しいの!!」


「いいや、我が主のために果てるのは貴様だ。ローレライ・ウェルテクス――!!」


 されど優先順位は明白。


 ローレライが零人を殺さなければ、彼は魔神のサポートに回って、月都に害をなすだろう。


 零人がローレライを殺さなければ、彼女は月都のサポートとして、魔神に攻撃を加えるはずだ。


 必然的に両者、極々自然な心境で殺し合いを再開した。


 友愛を残して、殺意をたぎらせる。

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