第9話 対魔神戦 大駒

 極東魔導女学園の上空、その一部ではざあざあと轟音をたてて、雨が降り続いていた。


 されどコレはただの自然現象には非ず。


 【人魚姫】ローレライ・ウェルテクスの固有魔法【人魚姫の戯れ】によって生み出された、使い魔を屠る武器にも等しいのだ。


 海の色のような青のドレスを身に纏い杖を構えるローレライの姿は可憐そのもの。彼女は指揮者のごとく躍動感たっぷりに身体を揺らす。


 すると局所的に振り続けていた雨が殺傷力と指向性を伴って、渦を巻き始める。


 向かう先は元魔人の男。


 最強最悪の使い魔として広く魔人の間で恐れられる魔神の臣下――零人は焦ることなく大鎌を振るった。


 たったそれだけの動作で、空間が裂ける。ローレライの繰り出した攻撃はその中に呑まれ、不発に終わった。


 だが、一撃で仕留めきれる甘い算段が成立するのであれば、こうも拮抗状態には陥っていない。


 冷めた瞳で攻撃の不成立を見て取ったローレライは次の手に移った。


「満ちろ」


 零人が防御用に穿った時空の断層に、水が並々と張られていく。


 自分の領域であると思いこんでいた場所が、またたく間に敵に掌握されたのだ。


 隙が生まれる。尋常の相手であれば。


 されどローレライが非凡な女であるのと同じく、相対する男もまた例外に位置づけることこそが相応しい実力者。


 魔力を大量に放出。切り裂いた空間の支配権を半ば強引に奪い返してのけた。


 その勢いのまま零人は大鎌を構え直し、ローレライへと肉薄。


 彼女の華奢な身体に向けて円の斬撃を見舞った。


「残念。外れだぜ?」


 しかし切り裂いたはずのローレライは、刃に触れた直後に幻影のごとく霧散する。


 後に残ったのは煌めく魔力の残滓。そのことに気が付いた零人の背後に、これまで彼の側にはなかった気配が現れた。


「道化師め。面妖な技を使ってくれるものだな」


「むしろそれが専売特許なんでね!」


 【道化師メフィストフェレス】周防小夜香の固有魔法は【鏡夢の箱庭】。


 魔神と月都、荒れ狂う二つの強大な存在の影響によって、この戦場にローレライが支配下に置く海は展開出来ず、よってここは小夜香が得意とする閉鎖空間ではない。


 けれども、かつて序列一位に君臨し、月都と同等レベルの魔力量を保有するローレライが常時魔力を貸し与える形で、小夜香は開けた場所であろうとも全力を振るえるのだ。


「暫くはあたしに付き合ってもらおうか」


 不敵に笑いながら、魔導兵器のナイフを逆手に握り、零人に対して接近戦を挑む。


 武器の形状でどうしても大回りの攻撃が主体となってしまう零人の隙を縫う形で、小柄な体躯と俊敏性を活かした小夜香が食らいついていく。


 しかしいつまでもその場に押し留めることは不可能。ローレライであればともかく、小夜香と零人の実力差は大きいのだから。


 迫る小夜香のナイフ、その利き手側を無駄のない動き、自分にとっては最高の相手にとっては最悪のタイミングで蹴飛ばして、否が応でも小夜香が後退せざるを得ない状況を作り出す。


 零人と小夜香の間合い。近距離から中距離へと状況は流れるように移り変わっていた。


 大鎌がうなり、空間の裂け目が生み出された。


 裂け目が小夜香を引きずり込もうとして――、


「伏せて! お姉ちゃん!!」


 ローレライの大技の構築がすんでのところで間に合った。


 空間の亀裂を押し返すかのように、零人の元へ大波が奔り出す。


 勿論コントロールは正確無比。小夜香を巻き込まない形で発生しているのだが、余波に巻き込まれることを恐れたがゆえの掛け声であった。


 空間と水。二つの属性が真っ向から衝突し、ローレライの注意に従い防御体勢を素早くとった小夜香でさえ、立っているのがやっとの惨状だ。


 尋常の魔人や使い魔であれば一瞬にして消滅してもおかしくはない力と力の直接対決。


「――お兄さん、やっぱり強いんだよ」


「――それはこちらの台詞だ。乙葉月都にこそ敗北したとは聞いたが、中々どうしてあなどれない」


 だがしかし、ローレライも零人も悲しいかなこの程度の激突で決着がつけられるような雑兵ではなく、とびっきりの大駒なのだ。

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