第6話 対魔神戦 双頭の番人

 蛍子が戦斧を旋回。


 飛びかかって来た人型の使い魔を、豪快に断ち切った。


 だが、敵は一体だけではない。蜘蛛に似た、されどどこかが異なる歪な生物がまたたく間に距離を詰め、毒液を吐いて来るのだ。


「あらあら、まぁまぁ」


 肌が焼けただれ、肉体に毒が回る。


 それでも蛍子は焦った様子もなく、むしろ先刻よりも強化された身体能力で蜘蛛の背後に回った。


「お眠りあそばせ?」


 俊敏な動きを見せた敵に対して反応が追いつかない蜘蛛へと、優雅な微笑を浮かべながら、戦斧を叩きつけた。


 断末魔をあげる暇すらなく、蜘蛛は消滅する。


 しかし倒せど倒せども、使い魔は暗雲の隙間から無限に這い出て来る。


 学園の生徒やグラーティア家、一ノ宮家の魔人達がいる以上、数は足りているものの、質を補うのは学園の序列上位である蛍子やソフィアの役割。


 進んで厄介な敵を相手取る二人の奮闘も相まって、使い魔の侵攻を防ぐ防衛線が突破される気配はない――はずだった。


「あれは……っ」


 【狂戦士サタン】一ノ宮蛍子の固有魔法は【被虐願望】。食らったダメージの分だけ身体能力を底上げすることで、彼女は形無き鏡を駆使する小夜香同様、知覚が限界まで研ぎ澄まされていた。


 ゆえに使い魔を屠る手は止めないまま、誰よりも早くに気付いてしまう。


 使い魔の群れが集合し、徐々に合体していっている異常事態に。


「マズいわね」


 傍らで蛍子と同じく使い魔との戦闘を続けていたソフィアの銃剣が、一体化する使い魔の群れを排除すべく、極大の閃光を放った。


 けれども、魔を浄化する光は全体には届かず、あくまで一部を穿っただけ。


 尋常ではない速度で合体を続ける使い魔の群れに、局所的な攻撃だけでは効果は薄かった。


 月都、ローレライに続いてこの場の魔人で最も火力が高いのはソフィアだ。


 その彼女が放った閃光が通用しないとなれば、他の魔人にも、勿論近接戦闘と耐久戦に特化した蛍子にすら手立てはないと見ても良いだろう。


 そうこうしている内に、暗雲から使い魔の供給は一旦止まった。


 この事実は楽観視出来る類のものではない。そのことを裏付けるかのごとく、無限にも等しい数の使い魔が寄り集まった結果として、大型すら上回る巨体の番人が現れる。


 身体こそ鎧を纏った荘厳なものではあるが、歪なのはその頭。


 蛇さらながらの爬虫類じみた頭だけでも奇妙な風体であるにも関わらず、さらにはそれが胴体から二本、蠢くように生え伸びているのだ。


「グルルルルルル――」


 双頭の番人は低く唸った。


 たったそれだけの動作で、空と地が終末さながらに蠕動ぜんどうする。


「総員! 防御体勢をとりなさい!」


 悲鳴のような叫び、しかしソフィアの指示と行動はこれ以上ないまでに迅速かつ的確であった。


 彼女は銃剣を掲げ、大規模な光の盾を形成。


 次の瞬間、双頭の番人から吐き出された炎と氷のブレスが絡み合い、威力を高め合いながら、魔人の元に殺到した。


「――くっ、」


「大丈夫でございますか?」


 盾の防御力で何とかしのぎきったものの、守護の要となったソフィアのダメージは小さくなかった。


 蛍子からの魔力の供給を受けても尚、ギリギリである。


 次があれば、ここに集った全員を守り切れない可能性が高い。


 不幸中の幸いと言うべきか、一度大技を放った直後はチャージに移るようだ。双頭の番人は今、限りなく無防備な姿をさらしている。


「私は問題ないわ。さしあたっては……次が来る前に仕留めきるしかないでしょう」


 苦々しげにソフィアが吐き捨てた。


 背後には大勢の魔人が控えているものの、彼女達は合体せずに残った使い魔の対処だけでおそらく精一杯だ。


 となると、この中でもとりわけ秀でた戦力のソフィアと蛍子が主となって対処するしかないのだが――、


「わたくしが攻め込み、隙を生み出しつつ、気を引きます。その間にソフィア様が双頭の番人の弱点を探り、撃ち抜く。これが一番合理的な手ということでよろしいですね?」


 当たっている。


 蛍子は月都に並び得る狂人だが、決して馬鹿ではない。


 口に出せずにいたソフィアの意図と狙い。文句のつけようがない程、十全に理解していた。


「アナタの負担が大き過ぎるわ」


 そう、この最適解は蛍子を囮として用いることになる。


 幾ら彼女が固有魔法の影響で、魔人の中でもとりわけ頑丈な体質を誇るとはいえど、無責任に仲間を危険地帯へと送り込むような真似は、ソフィアにはどうしてもはばかられたのだ。


「気にする必要はありませんよ、ソフィア様」


 ニコニコ、と。ソフィアの葛藤を踏まえた上で、変わらずたおやかに蛍子は笑っていた。


「害虫共が一所に集まったのであれば、むしろこちら側にとっても好都合ではございませんか? 踏み潰しやすいのは良きことです」


 その上で好戦的な眼差しを、双頭の番人に投げかけた。


「……アナタの勇気に、心からの感謝と称賛を」


 蛍子はとっくに覚悟を決めていた。


 であれば自分も尻込みしているわけにはいかないのだと、腹を括ったソフィア。


 二人は目配せし合った後、魔力の充填を続ける双頭の番人へと、弾丸のごとき勢いをもってして、共に肉薄した。

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