第5話 対魔神戦 害虫駆除

 極東魔導女学園序列一位【逆襲者ディアボロス】乙葉月都と魔神の戦いが始まったことで、彼のサポートに回る魔人達もまた動き始める。


「ご主人様――あずさはいつまでも、どこまでも。あなたのお側についていくのです」


 魔神と戦う主を間近で支えるべく、あずさは鎖を振るった。


 四方八方から迫りくる苛烈な攻撃にさらされる月都の背中を守護する形だ。


 魔神は月都の人生において、初めてとさえ呼べる自身に匹敵する強敵。そんな余裕のない状況下、信頼のおけるメイドの存在は何よりもの救いであった。






「お姉ちゃん」


 海のごとき鮮やかな青のドレスに身を包んだローレライが、どこか不安げな眼差しで、自らよりも目線が下にある小夜香を見詰めた。


 小さな姉小夜香大きな妹ローレライ。チグハグなようでいて、しっかりと馴染んだ関係性を育んでいる主従は、視線を交わし合った。


「弱くて、脆くて、頼りない私を。お姉ちゃんは愛想を尽かさずに、支えてくれるんだよ?」


 兵器として育てられたからこそ、周囲からの抑圧の結果、慣らされてしまっているだけ。


 本来、ローレライという少女は、決して好戦的な性質ではない。


 だが、彼女に戦いを強制したウェルテクス家亡き今も、彼女には何よりもの戦う理由があった。


 月都を守る。二度と自らの無力で大切な人を死なせたりしない。


 彼の隣には、白兎あずさがいる。無鉄砲極まりない、されど愚直なまでに月都のためを想って生きる彼女を、ローレライは仲間として信じることに決めた。


 ならば、彼女が今やるべきことは何なのか。


 それは、魔神の次に世界の災厄と恐れられる存在。最強最悪の使い魔。元魔人の男をほふり、魔神側の戦力を削ぐことだ。


「なーに水くさいこと言ってんだ。あたしと姫さんの仲だろ? 安心してくれ。ぜってぇに姫さんのことをあたしは守ってみせるからな!」


 深刻な面持ちのローレライとは対照的に、小夜香はいつも通りの落ち着きと朗らかさで答えてみせた。


 無論、小夜香は楽観的な性格からは程遠く、現実をフラットに受け止めるリアリスト。


 けれど、蛍子と同じく妹のように可愛いがって来たローレライの心を元気付けたいと、その一心で彼女は強がった。


「……ありがとうなんだよ」


 小夜香の優しさで胸がいっぱいになる。恐怖に凍える心が、彼女と繋ぐ手の温もりでほぐれていくように感じられた。


「じゃあ、行こっか」


「おうよ。いっちょ頑張ろうぜ」


 魔道兵装に身を包む二人は跳躍、そして飛翔。


 魔神との戦闘に集中する月都とあずさの死角から、密かに攻撃を加えんとしていた男の使い魔――零人の姿を射程に収める。


「沈め、使い魔。月都お兄ちゃんの敵は私が抹殺する――」


 先程までのか弱くも儚げな姿はどこへやら。


 底冷えするような声音で、以前は子宮の中にあったはずの魔導兵器――杖を握り締めたローレライが、呪詛のごとき言の葉を吐き出したと同時。


 空中を飛翔していたはずの零人の身体が、突如出現した水の渦の中に引きずり込まれていく。







 月都の傍らに侍るあずさ。魔神に次ぐ強敵との真っ向勝負へと、小夜香と共に挑むローレライ。


 しかし大駒だけに気を取られているのも問題だ。暗雲の隙間から無限に這い出て来る使い魔の侵攻を見過せば、世界は破壊し尽くされてしまう。


 月都は女を憎んでいる。男親に裏切られたことで、男を好いているわけでもない。それどころか世界の全てを憎悪さえしていたのだ。だが、だからといって彼はこの世界を滅ぼそうとは微塵も思ってはいなかった。


 むしろ自らが世界にとっての災厄にならぬよう、魔神という絶対的存在になり代わることを夢として定めたのだから。


 そして、最終決戦の始まる直前。月都は語った。


『俺にとっての帰るべき理由は、みんなだ。そのみんなとこれからも変わらずにいられる居場所を、姉ちゃんとルコには守って欲しい』


 だからこそ、ソフィアと蛍子は武器を振るう。


 月都に後方の守りを、世界の守護を任された。彼女達は数多の魔人の先頭に立ち、使い魔の侵攻を食い止める役割を担った。


「嫌になるわね……こんな途方もない数。いったいどこから湧いて来たというのかしら」


「あらあら、まぁまぁ。一匹見かければ何とやらと、古来より言い伝えられているではありませんか、ソフィア様?」


「害虫じゃないのよ」


「いえいえ、害虫そのものでございましょうに。あれらはわたくし達の大切なものを食い荒らそうとしておりますのよ。甚だしく許し難きことに」


 前髪に隠れていない右の目が、一切の光を発しないままに見開かれた。その様は狂気的であり、尚かつ眼前の現象への敵意で埋め尽くされている。


 しかしソフィアもそこまで言われてしまえば、蛍子に同意せざるを得ない。


 他ならぬ月都本人から守りを託されたソフィアと蛍子。両者の共通点は後方に守るべき家族がいること。この一点に尽きる。


「一ノ宮家の指揮を紫子さんは前線にてとっておられます。まだ幼い桜子お嬢様は参加こそしてはおりませんが、ここが敗れれば彼女に危険が及ぶのは自明の理」


 蛍子の粛々とした語りに耳を傾けながら、ソフィアも思いを馳せた。


 グラーティア家の指揮をとるべく、魔人の最盛期が終わって久しいにも関わらず、ソフィアの母であるアリシアもまた前線に出て来ている。さらには中学生になったばかりの妹もだ。


「わたくしの父とて、今現在は静かな墓地の中で永き眠りについておられます。もしも、彼の安らかな眠りがあの害虫共に穢されるようなことがあれば」


 蛍子の握る拳には尋常ではない力がこめられているのであろう。バキバキ、ボキボキ、と。とても乙女から発せられてはならない歪な音が鳴り響いている。


「ゆえに殺し尽くしましょう」


「全くもってその通り。私達のこれからを生きる場所を踏み荒らす不躾ぶしつけな輩に、明日の陽の光を見せないようにしなければだわ」


 ソフィアは純白の外装を持つ銃剣を手の中でクルリと回した。


 前線に出て来た母と妹、グラーティア家の魔人、本家で自分達の無事を祈ってくれているであろう父や他の妹達、世話役のオリヴェイラを想い、魔力をみなぎらせる。


「参ります」


 魔導兵器である戦斧を展開した蛍子が、使い魔の群れに肉薄。


 彼女の身の丈を遥かに上回る武器を、持ち前の怪力で難なく振り回し、獅子奮迅の勢いで使い魔を滅していく。


「つー君、無事に帰って来てね。お姉ちゃん、待ってるから」


 祈るように構えた銃剣から、無数の閃光が飛来。


 黒の禍々しき群れを浄化するかのごとく、眩い光が続けて炸裂した。

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