第2話 最終決戦に向けて

 表の世界を襲撃する使い魔の急増は、月都が魔神の幻影と邂逅して以来、不自然を通り越した露骨さで収まった。


 だが、それと時を同じくして、魔神の起床が観測されたのだ。


 一月後に魔神と呼ばれる彼女は裏の世界へ降り立つのだとの真実に等しい予測が、今現在魔人達には重圧としてのしかかっている。








「ソフィアお姉ちゃんも全部さばけたんだね。すごいんだよ」


「そっ……そうかしら」


 魔神の起床が観測された時点での極東魔導女学園序列一位が、魔神との直接対決の切符を得る。


 現時点での序列一位【逆襲者ディアボロス】乙葉月都を中心に、序列上位者で編成されたチームで災厄級の存在に挑むのだ。


 ローレライとの戦いの後、最早月都達の行く手を阻む者は魔人の中にはおらず、内々での調整の結果、序列二位【魔聖女ルシファー】ソフィア・グラーティアと序列五位【道化師メフィストフェレス】周防小夜香はそのままに、序列三位を【人魚姫レヴィアタン】ローレライ・ウェルテクス、序列四位を【狂戦士サタン】一ノ宮蛍子が務めることになった。


 あずさは面倒臭がったのと、あくまで自分は影の存在であるのをわきまえたことで、序列入りこそしなかったものの、彼女達上位陣のサポートという名目でありながら、即戦力として魔神との戦闘に参加することは確定事項であった。


「でも、ローレライは全然疲れないのね。かれこれ私達、五時間以上的を狙い続けているのだけれど」


 決戦を間近に控えた彼女達は、最後の訓練に励んでおり、ソフィアとローレライは全方位に出現する的に、ソフィアの場合は光の弾丸を、ローレライの場合は水の弾丸を正確に当てていくトレーニングを続けていた。


「うにゅん? ウェルテクスの家にいた時は、十時間ぶっ続けだったし、一つでも的を外せば電流流されちゃって大変。それに比べれば、ソフィアお姉ちゃんと一緒の訓練は楽しいね!」


「光栄だわ……」


 どちらも精密射撃といった細やかな戦法を得意とする魔人。だがしかし、人間として扱われて幼少期を過ごしたソフィアと、兵器として扱われて幼少期を過ごしたローレライとでは率直に言って格が違う。


 五時間にも及ぶ全弾命中にソフィアは密かに音を上げていたのだが、対するローレライはまるで疲れた様子もない。


「それじゃあ、もう一回行ってみようなんだよ」


 育った環境の差異が生んだ現状を放置しておけば、我慢強く真面目なソフィアがローレライの人外の領域に達した訓練方法に巻き込まれて潰れかねないと察し、慌てて月都は声をかける。


「二人とも、お疲れさん」


「月都お兄ちゃん!」


 月都の固有魔法【支配者の言の葉】を軸とした奇跡によって、ローレライは肉体の未来を生きて行く上での欠陥が全て取り除かれた。


「楽しそうで何よりだよ、ローレライ」


「うん! ソフィアお姉ちゃんは私をぶったりなんかしないし、とってもとっても幸せなんだよ」


 二本の足を使って、子犬のごとくローレライは月都に駆け寄った。


「それは良かったんだが……一度休憩を挟まないか?」


「ふぇ? 私はまだまだやれるんだよ」


「分かってるさ。ただ姉ちゃんが疲れてるみたいでな」


 そこで、ローレライはハッとしたような面持ちで、背後を振り返った。


「お姉ちゃん、大丈夫なんだよ?」


 訓練に集中していたローレライは気付けていなかったのだ。傍らのソフィアがひどく消耗していたことに。


「ごめんなさい。私は大して強くないから。ローレライみたいに長時間の集中は保たないの」


 苦笑を浮かべて、ソフィアは銃剣を虚空にしまい去った。


 魔導兵器の展開にも魔力と体力を消耗する。致命的な醜態こそ晒してはいないものの、結構な限界ではあったようだ。


「違うんだよ。私がおかしいのにお姉ちゃんのこと全然考えなかったから。今から一緒に休もう?」


「えぇ、ありがとう。優しい子ね」


 泣きそうな目でソフィアにすがりつくローレライを、彼女は姉のごとき慈愛に満ちた眼差しで見下ろす。


「そうだわ。他のみんなも集めて、お茶会でもしましょうか」


「いいね!」


 訓練用のトレーニングウェアから着替えて来るようソフィアに言われたローレライが更衣室へと向かったことで、部屋に残ったのは月都とソフィアの二人だけである。


「……あの子、本当にすごいわ」


 失った水分を補うべく、スポーツドリンクを飲み干したソフィアが、おもむろに切り出した。


「姉ちゃんだって、一度も的を外さなかったんだろ?」


 スコアボードには両者的へと全弾命中させていたという旨が記されていた。


「ギリギリよ、ギリギリ。集中力と体力はもう限界。ローレライは身体が虚弱だった頃もこんな拷問じみた特訓に耐えていたというのだから、凄まじいとしか言い様がないわね」


 まだまだ修行が足りないわ――と、ソフィアは決意を新たに、拳を握り締めている。


「さ、私も着替えてくるから、つー君は隣の部屋のみんなをお願い」


「あぁ」


 ソフィアと別れた月都は、近接戦闘を主とするメンバーが訓練する部屋へと足を進めた。









「そーれ!」


「蛍子ーーーーーーっ!!」


 まず部屋の覗き穴から見えたのは、戦闘用の自動人形を投げ飛ばしたのみならず、人形とぶつかった壁すら怪力の余波で破壊した蛍子と、彼女の行いに目を吊り上げる小夜香の姿なのだ。両者共にかなりの大声なので、扉越しでも声は聞こえて来る。


 恐る恐る扉を開けて月都が様子を伺うも、中の三人はまるで彼に気付いていなかった。


「あら、あら、あら、あら」


 たおやかな笑顔で蛍子は小首を傾げ、頬に手を当てた。さりとて心から困っているようには見受けられない。


「これで何度目だ!? おまえさんが投げ飛ばしてぶっ壊れた人形はよぉ!?」


 小夜香の剣幕に圧倒されているようでいて、やはり蛍子はどこまで行ってもマイペース。


「えぇと、かれこれ三十体程でございましょうか」


 のほほんとした調子で指折り数えながら、そう答えるのだ。


「言っとくがタダじゃねぇんだぞ、戦闘用の自動人形は!!」


「つまりわたくしが破壊してしまった人形の代金を、この肉体で支払えということでございますね」


「そうじゃねぇ! バカスカ壊してねぇで! ちとは加減しろっつってんだ!」


 艶かしく身をくねらせる蛍子を前に、小夜香の心労はひたすらに加速していく。


「ですが、加減しては訓練にならないのでは?」


「今やってるのは人型の使い魔に対する有効な体術の模索、だろーがよ。誰がてめぇの馬鹿げた怪力を限界まで引き出せといった」


「あらあら、まぁまぁ。最初に小夜香先輩がそのようなことをおっしゃっていたようななかったような」


「ちゃんと聞けや。なぁ、あずさ――」


 豆腐に釘を刺すかのように手応えのない蛍子の態度を受け、流石に疲弊して来たらしく、小夜香はあずさに助けを求めた。


「……そうですね。小夜香さんの仰る通りですよ、蛍ちゃん。気をつけなければなりません」


「おまえも忘れてんのかーい!!」


 けれども、近くで二人を見守っていたあずさの目は、話題を振られた途端にウロウロと泳ぎ出す。


「とりあえず襲って来るので、身体が勝手に反応してると言いますか、自然と動いていただけでして……」


 流石に誤魔化し切れないと思ったのか、あずさはポツポツと本音を暴露する。


「なるほど。蛍子と同じ脳筋族ってヤツか」


「それだけはご勘弁を。蛍ちゃんと一括にされるのは甚だ心外というものなのです」


「あらあら、わたくしもしかして侮辱されております?」


 小夜香とあずさのやり取りに、淑やかな足取りと、一見楚々としていながら、ともすればふてぶてしい笑顔をもってして、蛍子が割って入った。


「もっと! もっともっともっと激しい言葉と蔑みの眼差しで! 是非ともお願い致します!」


「おーう、みんな頑張ってるみたいで」


 流石に見ているだけというのも心苦しくなって来たので、月都は騒がしい集団の中に自ら身を投じることに決めた。


「ご主人様!」


「よし、後は任せたぞ」


 助かったと言わんばかりの晴れやかな笑顔で、あずさと小夜香は後始末をぶん投げた。


「月都様。わたくしは卑しい雌豚ゆえに、身体の火照りが治まらないのです……この愚かな女に裁きの鉄槌を願い申し上げます」


「もー!!」


 覚悟して出ていったとはいえど、蛍子のいつも通りの変態さ加減に、主としても初めての友人としても、月都は苦慮するしかなかったのだ。

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