第五部 最終決戦編
第1話 忠告
彼女は絶望していた。
無論グラーティア家に仕える魔人として、魔神が遣わした悪しき存在――使い魔から人類、及び表の世界の人間を守護する覚悟も気概も彼女は持ち合わせていた。
それでも、だ。かつて極東魔導女学園に在席しながらも、魔神に魅入られたことで最強最悪の使い魔と化した男が相手とあらば、覚悟すら上回る絶望が刻みつけられることになってしまう。
今も槍型の魔導兵器を構えた女の前で、つい先日までは共に笑い合っていたはずの同志が、血の花を咲かせて散っていった。
「ひっ……」
ローブを目深に被っているために、その容姿や表情をハッキリと捉えることは難しい。
けれども、男が女の命を刈り取るべく、大鎌を振るったことだけは確か。
悲鳴さえあげる暇もなく、女は同僚達と同じく死に絶える――しかし。
「――そこまでだ」
矢の掃射が降り注ぐ。
大鎌に命を奪われんとしていた女は、目に見えない紐のようなナニカに掴まれて、後ろに放り投げられた。
「えーっと、後は俺に任せてくれ」
乱雑な扱いではある。されど命は救われた。
そのような認識にまで至った女の眼前には、ついさっきまでここにいなかったはずのもう一人の男が、女を庇うように立っていた。
「これでも一応、学園の序列一位だから。役に立たないとな」
彼の名前は乙葉月都。
男でありながら魔人の資格を得た二例目の存在。極東魔導女学園序列一位【
「……乙葉月都か」
月都が割って入ったことで、使い魔の興味が即座に彼へと向いた。
「俺のことを知ってくれてるのか。光栄なこった、先輩?」
「ふむ、確かに私は男でありながら魔人の資格を有した一例目の男だ。
それを利用し、死屍累々の様相であった魔人部隊の僅かな生き残り達は撤退を初めていた。
「最も私や乙葉月都だけが、魔人の資格を有した男ではなかったろうが」
「ま、だろうな。俺達は赤子の時に括り殺されて当然の存在なんだから」
ここはある地方都市の中心部。
グラーティア家当主にして極東魔導女学園理事長、アリシア・グラーティアの要請により、月都は序列一位の役目をこなすべく、近頃増加傾向にある使い魔を処理する任を負っていたのだ。
「とはいえど、主の下で働くようになった私にとって、裏の世界の歪みに対する怒り、女への憎悪は、最早どうでもいいことだ」
「優しいね、先輩。俺は俺を虐げた女共を絶対に許さねぇけど」
「若さゆえの情熱だろう。否定はしない。むしろ共感しよう。我が主も乙葉月都の天才性のみならず、その青臭さに惹かれているようだからな」
「そりゃどうも」
「口だけの感謝は言わない方がマシだ……ところで、ここからが本題なのだが」
行き着いた先が異なるとはいえども、同じ痛みを共有した同性同士ということか。
月都と使い魔の会話は、敵対はそのままに弾む一方。
「主が乙葉月都に話があるそうだ。此度の私は使者である」
しかし立場上そう長々と立ち話に興じるわけにはいかず、使い魔は魔神から授かった本題を提示する段階に移る。
「え? 表の世界に降臨するや否や、魔人一般人含めて百人殺したのはついでだったってことか?」
「その通りだが、何か問題でも?」
「ははっ。別に構わないぜ」
混ぜっ返してはみたものの、女が憎いのみならず、生きている者全てが疎ましいという感情は至極共感出来る類の思考であるがゆえに、ここで月都が敢えて薄っぺらな正義を振りかざすことはなかった。
「で? あのクソガキが俺に用事があるってことだったか」
「主をクソガキ呼ばわりするな!」
『まぁまぁ、落ち着きたまえよ』
魔神に対して気安いを通り越して無礼極まりない月都の態度に、冷静さを決して崩すことのなかった使い魔がまたたく間に激昂。
「――我が主」
けれども、使い魔が持参していた宝玉からリアルタイムの魔神の姿が映し出されたことで、彼は激情を理性で押さえつけるのだ。
『彼が
少女と呼ぶには幼く、幼女と呼ぶには大人びた容姿。
『さて、本当はキミと長話に洒落こみたいのだが、生憎と今のボクは忙しい。もう少しでボクは起床するからね』
絹糸のごときプラチナブロンドの髪をなびかせ、未成熟な肢体をネグリジェで覆う魔神の端正な顔立ちに貼り付いているのは、いつも通りのニヤニヤ笑い。
『あぁ、大変だ。さぁ、大変だ。ボクはこの鳥籠に閉じ込められるよりも前にいた場所で、ここにいる人類と似た存在に迫害を受けた経験がある。ゆえに、有象無象の木っ端共は大嫌いだ』
道化めいた言い回しで語る魔神の言葉は、人類への厄災、その始まりを告げる預言でもあった。
『普段は安らかな眠りを妨げないようにちょっと間引く程度で済ませてあげてるけど、起きたとなったらそれだけじゃあ終わらないよ。キミ達魔人が死ぬ気で止めに来なければ、ボクは人類を本気で滅ぼそうじゃないか』
ふふん、と。薄い胸を張って、ドヤ顔の魔神が言い切った。
『最も、キミは人類を守護することが最終目標ではないようだけどね』
「当然だ」
旧陸軍風の魔導兵装と、弓型の魔導兵器。
「何度でも言ってやる。俺はおまえを踏み台に裏の世界、その頂点に君臨してやる」
完全武装の状態で、月都は宝玉から投影された魔神の姿を睨めつける。
『あっはっは! 何回聞いてもキミの心意気は清々しいものだ!』
心から楽しそうに、純粋な喜びをもってして、魔神は笑った。
『ボクはキミのことを気に入っている。相性の悪いであろう人魚姫のお嬢さんすら配下に置いたのも実に素晴らしかった。せめてもの褒美として新たな忠告を与えよう』
されど彼女は新たなる爆弾を月都に向けて投げ込むのだ。
『今のままでは、絶対にボクには勝てない』
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