第26話 対序列一位【人魚姫】戦 閉幕
月都とあずさを守護するかのように張り巡らされていた鎖が、術者の意思によって解除。
これまで封じられていた鬱憤を晴らすかのごとく、海と一体化した人魚姫は巨人の形をもってして、またしても月都に肉薄する。
未だ月都はローレライの固有魔法【人魚姫の祈り】によって【支配者の言の葉】を封じられたまま。
取り得る手段こそ少なくなってしまったものの、ならばローレライを消耗させることで、【人魚姫の祈り】の効力を弱体化させれば良いのだと主従は判断した。
「させないぜ」
弓を引き放つと同時、膨大な魔力がほとばしる。
矢は一直線に肉薄する水の巨人を撃ち抜いた。しかし液体であるがゆえに、致命的な反撃とはなり得ない。
「あずさ!」
だが、この反撃は時間を稼げさえすれば充分。固有魔法に代わる切り札が月都の傍らには控えているのだ。
あずさは天高く跳躍。形を取り直そうとしていた水の巨人の上に飛び乗った。
「とんだじゃじゃ馬のようですね!」
不敵な笑みを顔に貼り付けて、魔導兵器であり尚かつ固有魔法【縛めの鎖】のトリガーともなる鎖を奔らせた。
あずさの鎖によって固定され、束縛されていく。形を崩し、液体として逃げようにも【縛めの鎖】がそれを許すことはない。
徐々にではあるものの、海と一体化したローレライの魔力が鎮まっていくのだ。月都は自身にかけられた枷が緩む感覚を実感する。
とはいえ、この均衡は長持ちする類のものではない。
どうしたところで魔人としての地力はあずさがローレライに劣り、尚かつ今の人魚姫は暴走状態。平時よりも強化されていた。
マトモに勝負をすれば、おそらくは月都の勝率の方が若干ではあるが高い。けれど、もし真っ向から勝負してしまえば、月都が勝利しようが敗北しようが、どちらにせよローレライの脆弱な肉体は壊れてしまう。そんな結末を許容出来る月都ではなかった。
如何に勝負に持ち込ませず、命を投げ捨てる覚悟をみせたローレライを救えるのか。
勝利条件は決闘開始時点から変化を遂げ、既にそういったものに落ち着いていた。
「よくやった! 行くぞ――生きろ」
月都が愛用する死ねではなく生きろ。
世界の理さえ捻じ曲げる神の如き力を、少年は産まれて初めて、誰かを救うために用いようとしていたのだ。
「俺はおまえのことが好きなんだ。おまえに先を生きる気はなくて、こんなのが醜いエゴだと分かっていても、生きていて欲しいと願ったんだよ」
指向性も具体性もない曖昧な願いに、月都の魔力が空になる勢いの量を次々と上乗せする。
「俺には姉ちゃんはいたけど、妹はいなかったから。ローレライ、あの優しい夢のように、おまえが可愛い妹になってくれたら、滅茶苦茶嬉しいのさ」
水の巨人の動きが、止まった。
あずさの鎖に絡め取られようとも、一切敵意を消失させなかったローレライが、だ。
「もう二度と、目の前で大事な人を死なせない!!」
光が炸裂した。
魂の叫びに呼応するかのように、強烈な白が辺りを覆った。
明滅する視界が回復されるや否や、そこは最早海でも何でもない、ただ穏やかな風の吹き抜ける夜の草地。
草むらの上でペタンと膝をついているのは、極東魔導女学園の制服に身を包む、ローレライ・ウェルテクスその当人であった。
通常、魔人が暴走すれば元の姿に戻ることはまず不可能。
一ノ宮蛍子は月都の魔力を借り受けていたがゆえのイレギュラー、ソフィア・グラーティアは強力な魔人である月都の支配下に入ったことで人間としての形を取り戻した。
しかしローレライに至っては、もっと無茶苦茶で荒唐無稽で、ご都合主義じみたナニカだ。
月都はローレライに生きていて欲しいと、身勝手にも願っただけ。
それだけで、人魚姫は肉体の脆弱さや魔人としての暴走といった、彼女がこれからを生きていくにおいて不都合な要素を全て取り除かれた上で、今を生きていたのだ。
「どうしてそこまでするんだよ? 私は月都お兄ちゃんのことが大好きだけれど、恨まれてもおかしくないようなこと、たくさんしてるじゃない」
おまけに自力での歩行が難しかったはずのローレライが、立ち上がった。
おっかなびっくりではあったのだが、それでも支えを必要とせず、二本の足で月都の元にまでたどり着く。
「何度も言ってるだろ。手段こそ物騒ではあっても、俺を想う気持ちはちゃんと伝わってた。俺はローレライのことを出会った時から今に至って、好いてるんだってば」
苦笑しながらも、月都は手を伸ばした。
水色の柔らかい髪をそっと、撫でてやる。まるで妹にでもするかのように。
「だから、頼む。今だけはどうか、首輪を受け入れてくれ」
オドオドと頼りのない様子で月都を見上げたローレライと、即座に目を合わせる。
三つ存在する月都の固有魔法の内の一つ、【絶対服従】が発動。
黒であるはずの月都の双眸が、赤へと変じた。
「……そうだね」
けれど、ローレライは決して拒絶しない。当たり前であるかのごとく、かけられた首輪をむしろ愛おしげに受け入れる。
「今ここに立っている私は、他ならぬ月都お兄ちゃんが生かした私なのだから、あなたの所有物になるのは決闘の結果云々よりも先に、道理というものなんだよ」
憑き物が落ちたかのような晴れやかさで、ローレライは微笑んだ。
「第一、ここまでかっこいいところを見せられたら、魔神を超えた先にまで届くかもしれないって、らしくもなく楽観的になるんだよ」
諦観の面持ちではある。ただし先程のような気迫は失われていた。
「こんな私に手を伸ばしてくれて、ありがとう。そして、ごめんなさい」
かくして事態は可能な限り穏便な落着を迎えたのだ。
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