第24話 対序列一位【人魚姫】戦 従者

 白兎あずさは暗殺者だ。


 退魔の祝福を授かったことで常人離れしている他の魔人と比べても身体能力は特に高く、近接戦闘が得手であるのだと自負していた。


 しかし、道化師の装束に身を包んだ女も自らとそう実力が遠くはないことを、彼女は今身をもってして思い知った。


「おらよっ!」


 そんな掛け声と共に、小柄な体躯からは考えられないまでのパワーに満ちた前蹴りが、あずさに襲いかかる。


 避け切れないと判断。彼女は咄嗟に魔力を腹へと集めることでガードするものの、ミシミシと嫌な音が鳴っていることは敢えて無視をした。そんな些事に構っている余裕はない。


 あずさと激しい肉弾戦を繰り広げるこの幼女のごとき女性は、余所事に気を取られて勝てるような、生易しい相手ではないのだから。


 あずさは自らに向かって来た小夜香の足を鋭く払った。


 相手が僅かではあるが体勢を崩している間に、自らの姿勢を安定したものへと戻す。


 そして魔力を纏わせた膝蹴りを繰り出すも、小夜香は曲芸じみた動作でそれを躱してのける。


 そればかりか、地に――否、海に手のついた状態で回し蹴りを繰り出した。


 後方に一歩下がることで回避。無茶な体勢の小夜香に追撃を仕掛けようとしたものの、


「地の利はこっちにあるんだぜ」


 空を覆い尽くす鏡から魔力波が殺到。


 魔導兵器である鎖を用いての防御への専念を余儀なくされたことで、追撃は失敗に終わってしまう。


「素晴らしい固有魔法ですね。吸血鬼騒動の際にも使っておけばよろしかったのでは?」


 皮肉をたっぷり投げつけた上で、さらには鎖の打擲ちょうちゃくをも浴びせかける。


「悲しいことに開けた場所では雑魚なんだよなぁ、あたしは!」


 最早タネは知られていると割り切り、小夜香は自嘲じみた笑みを浮かべながらも、魔導兵器であるナイフを二本駆使し、華麗に攻撃を捌いてみせた。


「あたしとおまえさんの体術は、どうにも拮抗してそうだな」


 息がかかる程にまで肉薄。延々と格闘を主体とした戦闘を繰り広げてはいるが、両者優秀過ぎるがゆえに膠着状態へと陥っていた。


 たとえあずさが気配を消した上で手刀を突き出そうとも、小夜香は攻撃を見切るのみならず、突き出されたあずさの右手を絡め取り、投げ技へと流れるように繋げていってしまう。その逆もまたしかりだ。どんな攻撃を繰り出そうとも、卓越した技量の持ち主がここに二人いる限り、決定打にはなり得ない。


「しゃーない。切り札を一つ見せようじゃねぇの」


 肩を竦めてそう語る小夜香は隙だらけにも程がある。


 あずさはこれを好機と見なし、鎖を構えながら小夜香の間合いにまで疾走するも、


(身体が……、動かないっ!?)


 途端に金縛りにあったかのごとく、肉体の自由が奪われるのだ。


「見ろ」


 小夜香の言葉には、強制力が含まれている。まるで月都の【支配者の言の葉】のように。


 強制力を伴う言の葉に従うがまま目にしてしまった先には、万華鏡のような複雑な像がおり混ざる、何とも奇怪な瞳が待ち受けていた。


 明らかに異様な瞳を眺めてしまったあずさに流れ込んで来るナニカは、己の内にある罪悪感をこれでもかとばかりに掻き立てるのだ。


 


 自らを罪人と称するあずさにとって慣れ親しんだ情動が、彼女の手を離れて暴れ狂い、のたうち回る。


 かつて月都を縛めるだけの鎖であった頃、暗殺者として道具として心を殺し、彼の心が死ぬまで見殺しにし続けていた罪が、いつにも増して許容し難くなってしまう。


 それはもう、心を壊してしまわなければ釣り合いがとれないまでに――。


「違うっ!!」


 乙葉月都が壊れるまで動こうとしなかった白兎あずさは今すぐにでも死ななければならないという当たり前のように湧き上がる強制力を、彼女は断腸の思いで振り払った。


 あずさは心得ている。無意味な自死は無駄なだけ。せめて死ぬのであれば、月都に勝利という名の成功体験を献上してからの話。


 自責の念に駆られてただ死ぬだなどと、そんな上等な逃げ道を罪人たる己に許容するはずもなく、ゆえにこの思考が敵対者からもたらされた罠でしかないことは明白。


「あずさはご主人様が夢を叶えるまで! 死ぬつもりはありません! 違う! こんなものは! あずさの思考ではありえない!」


「ぐはっ!!」


 おそらくこれも小夜香の固有魔法【鏡夢の箱庭】の一環であろうと予測。


 罪悪感が心に巣食い、茫然自失状態となった獲物を仕留めようと静かに迫る道化師を、何とか我に返ったあずさは真っ向からの右ストレートで迎え撃った。


「……まさか、これを抜けるとは思わなかったぞ」


 最も、術中に陥っていた影響は残されており、あずさは未だ混乱の最中。尚かつ精神に対しては確かなダメージを負っていたのだ。苦々しげな面持ちで頭を抑えているのが、何よりもの証拠。


 一方の小夜香はあずさからの手痛い反撃を受け、ある程度は衝撃を受け流したものの、フラフラと足がもつれているところから、全くのノーダメージということはなかったらしい。


「実際、危なくはありましたとも」


「気ぃ使うなって。ま、何はともあれ仕切り直しか」


 互いに間合いを取り直す。各々魔導兵器を構え、両者近接戦の領域に再度踏込もうとした直前。


 海と一体化した人魚姫が暴れ出す。

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