第23話 対序列一位【人魚姫】戦 泡

 爆発の源となる魔力を単純に防ぐのではなく、質を理解した上で盾を媒介に受け流すといった超絶技巧、しかしローレライの絶技はこれだけではなかった。


 再び、月都は口を開く。固有魔法【支配者の言の葉】を用いるために。


「――っ!?」


「声が出ないでしょ? ようやく効いて来たんだよ」


 だがしかし、敵前であるにも関わらず、引き起こされてしまった事態の衝撃が強過ぎるがゆえに硬直する月都の元へと、水の鞭が複雑な軌道を描いて襲いかかる。


 世界の理さえ覆す絶対の命令だけが声にならない――その違和感を正確に把握するよりも早く、月都は【這い寄る触手】を発動。


 無色透明不可視のソレらは、ローレライが生み出した極太に束ねられている水の鞭とぶつかり合い、両者の魔力量が拮抗しているからこそ、相殺された。


「これが【人魚姫の祈り】……自由度が高過ぎやしないか?」


 苦笑を浮かべつつ、月都の切り替えは早かった。


 彼は【支配者の言の葉】を使えないものとして即座に切り捨て、無色透明不可視の触手でローレライを追い立て、矢の掃射を浴びせる。


「そうだね。だけど言葉にしたらノータイムで発動出来る月都お兄ちゃんとは違って、私のはとっても時間がかかっちゃうの」


 けれども、ここはローレライの支配下に置かれた海に他ならない。


 滑るように車椅子を操って回避するのみならず、月都の矢が完全に避け切れないと悟れば、彼女はすぐ様水面を転移することで攻撃を耐えしのいだ。


「布石は打ったことだし、まずはこうかな?」


 途端に、月都の足元で強大な魔力が渦巻いた。


 水面が凶悪に蠢く渦潮となり、彼の肉体を海の中へと引きずり込む。抵抗する暇もなく、月都は海の奥底に沈んだ。


「……この程度で負ける月都お兄ちゃんじゃないんだよ」


 自らが引き起こした一連の光景を眺めていたローレライの瞳には、初めから諦観の色が滲んでいる。


「そう謙遜すんなって。今のはビビったぜ」


 固有魔法を一つ封じられても尚、純粋培養の最強は水の檻から逃れてみせた。


 その身に纏う膨大な魔力だけで海を割ってみせたのだと、出鱈目に過ぎる対処法に気付いたローレライはため息を一つこぼす。


「私は所詮紛い物で、月都お兄ちゃんこそが本物なんだよ。好きで手に入れた力ではないにせよ、欠陥を直視するのはいい気分じゃないや」


 分かり切っていたことを再確認するかのように、慎重かつ丁寧に言葉を紡いだ。


「でも私の気持ちは別に大事じゃない。造られた欠陥兵器が本物に敵うにはどうするか――そう、道は一つしかないんだよ。これこそが最も大切なんだよ」


 元よりローレライは自分自身の延命を望んではいないのだと口にしていた。


 だからこそ、次の手に備え、神経を張り巡らせていた月都の顔色が、ローレライのとった自暴自棄さえ生温いような突拍子のない行動によって変わる。具体的には真っ白に近い青へと変じた。


「黙って泡になって消えるよりも、ずっといい」


 これは私闘ではなく正式な決闘。不殺の呪いこそかけてはあるものの、規格外の魔人である月都とローレライには効果が薄く、何よりも決闘の条件はあくまで勝利と敗北によって左右されるのみなのだ。


 たとえローレライが結果的に命を落とすことになろうとも、先に月都を敗北に追いやれば、月都は魔神への挑戦権を失う。


 学園で行われる決闘が、魔人が住まう裏の世界で絶対の法にも等しく扱われているから――だけではない。愚直に、時には狂気をもってして夢を追い求める月都ではあるが、交わした約束は、という条件は、きっと守ってくれるに違いないとローレライは信じていた。


 ゆえに月都を信じるローレライは、平気で自らの命をチップに載せた。


 儚く微笑む人魚姫の肉体が先端から泡となり、やがて彼女を構成する全てが消え去る。


 人魚姫は自らが支配していた海と一体化したのだ。踏みしめる水の質が親しみやすいものへと行き着いたことで、その残酷な現実を月都は理解した。


「……」


 止めることは出来なかった。未だ【支配者の言の葉】を封じられている月都が取り得る手段は格段に減少しており、尚かつローレライが海と一つになるまでにかけられた時間は秒数においても二桁にさえ達してはいなかったのだから。


「……、」


 呆然と、月都は前を見据える。


 そこでは海がうねり、巨人のごとき形をとっていたのだが、眼前の現象に対して何の反応も示さない。


 月都の無言を気に留めることもなく、雄大な海となったローレライは、水で形作った巨大な腕で月都を締め付けようと試みた――が。


 ユラリ、と。幽鬼のごとき気配を漂わせ、月都は手を無造作に横に振っただけで、水の腕を霧散させた。


「母さん、俺は二度と、認めないよ」


 やけにあどけない口振りで、しかし彼の面持ちは凶相と言っても差し支えないまでに歪み切っていた。

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