第22話 対序列一位【人魚姫】戦 二人っきり

 最も幾ら本気を出したところで、地力ではやはりあずさはローレライと比較すると大幅に劣る。彼女達が攻撃の威力を強めたことで、鎖による相殺は難しくなるのが現状だ。


 それでも、あずさは海と鏡の閉鎖空間に一定の弱体化デバフをかけ続けることが可能。


 主に届く攻撃全てを無効化することは出来ずとも、その何割かの威力を削ぐことが出来るのであれば、あちら側に有利な環境構築に置かれたとしても勝機は見いだせる。


 ローレライと小夜香が揃って大技を繰り出し、あずさの固有魔法【縛めの鎖】で威力を封じつつ、月都が魔導兵器である弓で迎撃。


 暫くは一定の、ともすれば単調な攻撃が続いていた。


 けれども、当然これらは牽制と小手調べの一環でしかなく、全員が本気を出しているとはいえど、死力からは程遠い。


 戦闘開始から十分程が経過した頃合いに、弓を引絞っている月都の眼前へと、唐突に人の気配が肉薄した。


 以前月都を拉致した際に用いた扉を使って、小夜香が彼の喉元に一瞬にして迫ったのだ。


 近接戦闘の技能はあずさからある程度は仕込まれているとはいえ、不得手としているのは周知の事実。


 だからこその接近戦。小夜香のとった行動は、非常に理に適っていると言えよう。


 そうこうしている内にも、小夜香の握った魔導兵器と思しきナイフが、月都の喉元を切り裂く寸前に移っていた。


 だがしかし、ニタリ、と。そこで月都が嘲笑った。


 回避する猶予は皆無であるにも関わらず、何故こうもこの男は悪辣に笑うのか。疑問を覚えた小夜香は、ナイフを横一文字に振るうよりも早く、周囲に仕込んでおいてある形無き鏡で視界を拡張。


 そして、月都の笑みの意味を知ってしまった。


「くそったれめ!」


 悪態をつきながらも、小夜香の選び取った選択肢はどこまで行っても合理的であった。彼女は月都に向けるはずのナイフを後方に投擲する。


「――いい目をしておられますね」


 あろうことか、ローレライが小夜香の掩護のために放った大技の隙間をかいくぐり、一匹の銀色兎が人魚姫の頚椎を圧し折ろうとしていたのだ。


 だが、あずさの右腕は毒に浸かったナイフの投擲を受け、ぐずくずと腐り落ちていく。


「消えるんだよ」


 月都と同じく近接戦闘を不得手とするがゆえに、気配を殺したあずさの接近に気づけなかった己の不手際を恥じつつ、優秀な従者への感謝をこめて、水の棘を打ち出した。


 だが、右腕こそ封じられたものの、固有魔法は健在。あずさは鎖を操り、自らを襲う棘を一掃した。


「あの時と精度も威力も全然違う……舐めてたんだよ?」


「あずさはご主人様の許可がなければ本気を出せない仕様なのに、どこぞの誰かがご主人様を一撃で沈黙させた挙げ句、かどわかして行ったので大変なことになったのですが何か文句でも?」


 不平不満を言い合いながらも、攻撃の手は止めない。


 ローレライの固有魔法【人魚姫の戯れ】 によって生み出される水を媒介とした攻撃を、あずさは鎖と体術で捌いていくのだ。


 一方、月都の懐に潜りこんだが、ローレライの危機に対処しなければならなかったことで、結果的に小夜香は月都の前で無防備な姿を晒すことになる。


 少なくとも、そのように判断した月都は好機とばかりに魔力をこめて言い放つ。



 固有魔法【支配者の言の葉】。月都の言葉には世界すら従わざるを得ない。


 順当に行けば、固有魔法の対象となった小夜香は氷像と化す――はずだった。


「残念。外れだぜ」


「なっ……!!」


 しかし、全く予期せぬ方向から、何事もなかったかのように小夜香が飛び出して来る。いつのまにか眼前で無防備を晒していたはずの小夜香の姿はなくなっており、分身を用いたのだと月都は即座に判断した。


 そうして彼の刹那の思考の合間にも、先程の焼き直しのごとく、彼女の手に握られたナイフが肉を裂くという目標を伴って迫った。


「ご主人様に二度の接触を許す程、あずさは心が広くはないのですよ」


 圧倒的格上であるローレライとの激闘を演じながらも、鎖は月都を守るかのように張り巡らされていた。


 小夜香が振るったナイフは鎖に弾かれ、さらには彼女の肉体を絡めとろうと、蛇にも似た挙動で蠢いた。


「おっと」


 だが、小夜香は軽やかな身のこなしで離脱。その勢いのまま、強烈な回し蹴りをあずさの腹部に叩き込んだ。


「ぐ――!!」


「白兎。おまえさんも中々やるようだが、あたしだって多少は鍛えてるんだぞ?」


 そのまま二人の従者はもつれ込み、近接戦の間合いへと突入した。


「二人っきりだな」


 冗談めいた物言いで、月都はフレンドリーに笑いかけた。


「そうだね。嬉しい」


 心から嬉しそうに、ローレライも月都の呼びかけに応えるのだ。



 両者共穏やかに笑い合って、和やかさはそのままに、主と主の一対一が繰り広げられる。


 先制こそ月都がとったかと思われた――が。


「前々から思っていたんだけど」


 爆発は不発。その代わりと言わんばかりに、水の盾が車椅子に腰掛ける少女を守護していた。


「月都お兄ちゃんはとっても強い。だから大雑把で狙いが甘いんだよ」


 月都の固有魔法はローレライ本人ではなく、彼女の周囲を狙って発動がなされたはずだ。


 けれども、彼女は月都が引き起こした爆破を防いだわけではない。自らに襲いかかる力の質を瞬時に把握した上で、水の盾を媒介に受け流したに過ぎなかった。


 その証拠に、遅れてのタイミングではあるものの、月都が発生源と思しき強烈な魔力の波動が、ローレライから見て遥か後方にてひとりでに爆散していた。

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