第21話 対序列一位【人魚姫】戦 開幕

 一ヶ月近く監禁されていたローレライの屋敷から月都が無事に学園へと帰還し、改めて後日、ソフィアの提案した決闘が行われる運びとなった。


 魔神との戦闘の際に主として用いられる広大な草地に、月都はメイドであるあずさを伴って足を踏み入れた。


 既にその場で待ち構えていたローレライも、従者である小夜香を傍らに置いていたのだ。


 激情に任せてあずさを排除し、月都の逆鱗に触れるよりも、正当な決闘で月都に勝利することで、彼の夢を諦めさせる――そちらの方がより確実に目的を果たせるのだと、あどけないようでいて聡い彼女は理解していた。


 だからこそ、ソフィアの提案に乗りつつも、勝利への道筋を鮮明にするべく、従者を帯同させることを条件としてあらかじめ付け足していたのだ。


「月都お兄ちゃん、私はお兄ちゃんに死んで欲しくないんだよ」


 感情の一掃された凪いだ瞳で、車椅子に腰掛けたローレライが月都を仰ぐ。


「だから私は、負けないんだよ」


 真摯で切実な眼差しが、月都を貫いた。


 取り得る手段こそ物騒ではあったが、月都の身の安全を案じている点に関してだけは、ローレライは他の誰よりも徹底していた。


「ごめんな」


 月都はバツが悪そうな面持ちで、ため息を吐いた。


 極端な言い方をしてしまえば、月都が自分自身の夢を追い求めるために都合が良かったのがあずさで、都合が悪いのはローレライという側面がある。


 あずさでなければ駄目なのだ。心の底から月都の破滅的な夢の応援をしてくれるのは、月都とは異なるベクトルでされど同程度壊れている彼女より他はいないのだと、学園に来てから半年近く経過して、抱いていた予感は最早確信へと変じつつある。


 それでも、可愛い後輩であるローレライを死なせたくはないのだと。その想いは今も尚不変。だからこそ、月都は自分自身の夢を諦めるというリスクをおかしてまで、決闘を承諾したのだ。


『双方、準備はいいわね』


 冷ややかな緊迫感を纏う両者の頭上から、決闘の立会人であるソフィアの声が降ってくる。


 されど彼女はこの場には存在せず、夜空を滞空する羽のついた球体が、離れた場所から決闘を立会人として観測するソフィアの声を伝えるのだ。


『【逆襲者ディアボロス】と【人魚姫レヴィアタン】との戦いはその余波に巻き込まれるだけでこちらが死亡する可能性が高いので、観測所から決闘を見届けさせてもらうわ』


 以前、月都と蛍子が戦った際はギャラリーすら入れる余裕があったものの、此度の決闘は正真正銘の頂点対決。人間を辞めた者同士の真剣勝負。


 立会人ですら巻き込まれて死亡する恐れがある以上、戦場の隔離措置は致し方なかった。


『勿論、不殺の呪いはかけられているので、生命が著しく脅かされそうになった場合は攻撃そのものが無効になるけれど……規格外に過ぎるアナタ達の場合、あまり意味はなさそうよね』


 ソフィアが言葉を濁したように、月都もローレライも魔神に近しい力を保有した魔人だ。


 何回殺されようとも生き返る。そんな常人離れした生命力の持ち主であるのだから。


『極東魔導女学園序列三位、【逆襲者ディアボロス】乙葉月都が勝利すれば、【絶対服従】にて敗者を実質支配し、極東魔導女学園序列一位【人魚姫レヴィアタン】ローレライ・ウェルテクスが勝利すれば、敗者は魔神との戦闘の権利を永久に失う。何か異論はあって?』


 月都とローレライはそれぞれの決意と覚悟を宿した面持ちで、全くの同じタイミングで頷いた。二人の背後で控える従者達は、元より主導権を主に譲っているがゆえに黙して語らないままである。


『それでは行きましょうか。いざ尋常に――始め!』


 ソフィアの声を合図に、だだっ広い草地が一瞬にして海の色へと塗り潰された。


 空間そのものを塗り替える圧倒的な力。まず己の戦いやすい環境へと作り変えておくことが、ローレライの好む作戦構築の内の一つだ。


 さらに、今回はローレライだけではない。小夜香も側についている。


「さて、姫さんの望みを叶えてやらんとな」


 極東魔導女学園序列五位【道化師メフィストフェレス】周防小夜香。彼女の保有する固有魔法の名は【鏡夢の箱庭】。


 非常にピーキーな能力ではあるものの、小夜香はこの扱い難いであろう能力の特性を柔軟かつ巧みに使いこなす。


 【鏡夢の箱庭】の特性は主に二つ。


 一つ――小夜香の知っている人間に姿を変え、また自らの分身を並列して使役出来る、緻密にして精巧な変化へんげと分身操作能力。


 二つ――あの月都の魔力を一瞬にして奪ってみせたように、閉じられた空間であれば、無敵の力と応用力を誇る無敵チートじみた権能だ。


「なるほど。そういうことか」


 おもむろに呟いた月都の視界の先で広がるのは一面の海。どこまでも続いているようでいて閉じているローレライの海は概念的には閉鎖空間だ。よって固有魔法【鏡夢の箱庭】の能力は存分に活かされる。仰いだ空は先程のような夜空ではなく、鏡が散りばめられた天井と化していた。


 ローレライの力のみならず、【鏡夢の箱庭】の特性も十二分に生かせるフィールドに、戦闘開始からものの数秒足らずで仕立て上げたというのだから、敵として相対する限り非常に恐ろしい話だ。


「来ます」


 背後でメイド服型の魔導兵装に身を包み、不動の境地で佇んでいるあずさが厳かに告げた。


 彼女の宣告通り、大波が荒れ狂い、空に張り巡らされた鏡からは魔力波がせり出しつつあった。


 それらは当然のごとく、未だ動きを見せていない月都達に射程を定めている。


「あずさ」


「はい」


「本気でやれ」


「承知致しました」


 月都は振り返りもせずに、ただ傲然とあずさに命令を下す。


 旧陸軍風の魔導兵装こそ展開させてはいるが、彼が攻撃体勢に移る気配は皆無。


 しかし、月都のメイドは彼の意思を代行するかのごとく、無数の鎖を生み出した。


「久々のあずさの本気……ご両名。どうかとくと味わってください」


 大波も魔力波も。月都達に迫りくる全ての害意が鎖によって封じられ、鎮められていく。

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