第13話 共謀する乙女達

 肩で息をする、ローレライ。彼女は学園最強ではあるものの、実家から手を加えられ過ぎたがゆえに体力については甚だしく乏しい。


 彼女は最早魔導兵装たる青のドレスを纏ってはおらず、極東魔導女学園の制服姿へと戻っていた。


 ようやく息の整った人魚姫の眼下に転がるのは、獣から人間の姿へと堕ちた魔人。


「暴走しておいて元に戻れるなんて……つくづくおかしな人なんだよ。これだから狂人は」


 月都の手前殺してはいないが、暫くは起き上がれないくらいにまでは追い込んだ。


 離れた場所で倒れたままのあずさやソフィアも、覚醒する気配は皆無。


「長居していると、グラーティア家や一ノ宮家に邪魔されてしまうからね」


 そう言って、ローレライは彼女自身が支配する領域、広がる海を消し去った。


 後に残されるのは、死屍累々と横たわる魔人達と何の変哲もないリビングのみ。彼女達を適当に拘束した後、ローレライは集中するかのように目を閉じた。


「――」


 ローレライがそうと願うだけで、拠点の内の一つ、その建物の前に広がる湖の上へと車椅子ごと転移していた。


 水を操作するのみならず、支配さえしてのける固有魔法【人魚姫の戯れ】を駆使した結果だ。


 そこには土に汚れることも厭わずひざまずき、頭を垂れる小夜香が。


 道化師めいた魔導兵装は既に解除しており、彼女も彼女で極東魔導女学園の制服に身を包んでいる。


「おかえり、姫さん」


「うん、ただいま」


 主に対する礼節はそのままに、されど小夜香の態度は親愛さをありありと感じさせる、フランクな類のものだ。


 それを受けたローレライも車椅子を地上へと走らせながら、にっこりと本当の姉に対するかのごとく笑いかける。


「月都お兄ちゃんは?」


「心配せずとも、魔力を全部抜き取った上で、地下室に眠らせておいてある」


「流石、屋内であればお姉ちゃんは無敵なんだよ」


「それ以外は雑魚だけどな。はっはっは」


 ローレライの背後に回り、まるでそうすることが自然であるかのように、小夜香は彼女の車椅子を押していく。


 慣れた手付きと足取りで車椅子を押す小夜香。彼女は地下室へとスロープを使って向かう。


「ここに姫さんの王子が眠ってるってわけだ」


 冗談めかした風に言いつつ、厳重なセキュリティが施された三重の扉のロックを解除。


 一見すると小綺麗なホテルの一室のごとき様相ではあるが、異常は確かに現実味を帯びて介在していた。


 ベッドの上に眠りに続けるのは、乙葉月都。魔神に近しい天才的な魔人だ。


 さらに彼は拘束具をつけられている。とはいえ、ローレライ達に月都を害する気は皆無。あくまで保険に過ぎないのだが。


「月都お兄ちゃん……ごめんなさい」


 小夜香の固有魔法によって魔力を奪われた月都の顔色は至極悪い。


 命に別状はないものの、今の彼はひどい貧血を起こしたにも等しい状態なのだ。


「ごめんなさい……だけど、月都お兄ちゃんを死地に送り出すわけにはいかないんだよ」


 確かな罪悪感を滲ませた表情。それでも尚、彼女の振る舞い、行動、その全てに躊躇いは微塵もなかった。


 ローレライは眠る月都の唇に、愛おしさをこめた上で、キスをする。


 するとどこか苦しんでいるかのような硬い面持ちであった月都が、スヤスヤと安らかな寝息を立て始める。傍目から見てもリラックスしている状態なのは明らかだ。


「行こう、お姉ちゃん」


 月都が現実という名の悪夢から逃れ、穏やかな夢を見始めたことを自らの目で確認したローレライは、背後に控える小夜香へとおもむろに手を伸ばした。


「【人魚姫の祈り】。私の固有魔法で作り出した月都お兄ちゃんに優しい世界。そこは閉じているがゆえに、お姉ちゃんはお姉ちゃんの力を十全に発揮出来る……それを私達は最大限に利用するの」


「その通り。あたしと姫さんの力を合わせ、乙葉が二度と無謀な夢を追い求めないようにしようじゃあねぇか」


 共犯者としての覚悟を携えた頼もしい笑顔で、小夜香がローレライの手を強く握り返した。


 二人の姿が激しく発光。視界を覆い尽くしかねない光源がふと消えたと思いきや、そこにはベッドの上に縛められる月都しか存在してはいなかった。

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