第11話 素直な心で戦った結果

 極東魔導女学園序列一位【人魚姫レヴィアタン】ローレライ・ウェルテクス。彼女の力は天才と称される月都にも匹敵。さらに戦場となっているここは、他ならぬ人魚姫の支配下に置かれているのだ。


 だからこそ、あずさ達は一方的な展開によって皆敗れていった。虚しい結末は、当然の結果でしかない。


 ――しかし、


「逃げるんとちゃうわ!」


「――っ、しつこいんだよ!」


 無力化したはずの蛍子が、魔導兵器と魔導兵装を携え復活したのみならず、おかしなことに彼女の地力以上が今現在引き出されてもいた。


 明らかなまでの不自然さにローレライは内心で困惑。されど固有魔法【人魚姫の戯れ】を駆使しながら、蛍子を再度仕留めんとする。


 けれども、先程までと同じように容易く事を運べないことは、最早ローレライをしても認めざるを得なかったのだ。


「――!」


 ローレライは両手を勢い良く広げる。


 水流が人の腕をかたどり、それは際限なく数を増やしていく。


「潰れてしまえばいいんだよ」


 指揮者のように手を滑らかに動かしながら、ローレライは水の腕を操作。


 戦斧を構える蛍子目掛け、一斉攻撃を仕掛けた。


 ――が。


「月都様を、返せ」


 前髪で隠されていない方の瞳、澄んだ紫が限界近くまで見開かれる。


 蛍子を握り潰すべく殺到した無数の腕は、一瞬にして水飛沫に返された。


 膨大な魔力をこめた戦斧が、秒にも満たぬ速度で振るわれたのだろう。全てはローレライの認識の外。蛍子の速度は暗殺者として俊敏性に長けているあずさをも上回りつつあった。


「蛍お姉ちゃんの方が手を引けばいいんだよ」


 跳躍からの強襲。戦斧が弧を描いてローレライに迫った。


 水の盾で防御するも、あまりの重量に耐えかねたのか、たったの一撃で盾は砕け散る。


 だが、ローレライとて無為に翻弄され続けているわけではない。二撃目の戦斧が鈍重なフォルムに似つかわしくないスピードで振り下ろされるよりも早くに車椅子ごと蛍子の死角へと転移。彼女は水の弾丸を放った。


 だがしかし、不意を突いたつもりの攻撃さえ、蛍子は難なく対処する。彼女は振り返りざまに戦斧を旋回させるだけで、散弾銃のごとくばら撒かれたそれを全てなぎ払った。


「……」


 急な復活や能力の向上に驚きはしたが、その間にもローレライの冷静な部分は着々と思考を続けていた。


 何故、蛍子の力が強化されているのか。


 一番可能性が高いのは、彼女の固有魔法【被虐願望】が、ローレライという学園最強の魔人によって負わされた負傷をトリガーとして、肉体を著しく強化し始めたといったものだ。


(身体能力については【被虐願望】で説明がつく。だけど……)


 そう、魔力までもが底上げされる理由には繋がらないのだ。


 戦斧と水の衝突が絶えず繰り広げられる戦場を車椅子で駆けるローレライは、深く冷ややかな思考の海に並列処理の末に没頭。


 そして、正解という名の結論にたどり着いた。


「……なるほど、ね」


 ギリ、と。歯を食いしばる。


 こめられた感情は、怒り。


 月都の安全と守護を願い、頭のおかしな女達から彼を引き離そうと目論むローレライにとって、眼前の魔人の強化は甚だしく許しがたいことが判明されたのだ。


「おまえ、月都お兄ちゃんから魔力をかすめとってるな?」


 憤怒と疑問を直接ぶつけるかのごとく、ローレライは大波を引き起こした。ソフィアを無力化したものよりも、規模どころか威力さえもが遥かに強大。


「なんのことを言っとるのかさっぱり分かりはしませんわ」


 本当に意味が分からないといったかのごとき無垢な様相で、紫子と同じ関西地方特有のイントネーションで言葉を紡ぐ蛍子が首を傾げた。


 日頃の様子とは格段に異なる幼い立ち振る舞いではあるものの、おそらくコレが彼女本来の姿。主の危機を前に虚飾を剥ぎ取ったに過ぎないのだと、理解したくもない蛍子のパーソナルを暴いたローレライは、げんなりとした面持ちで閉口する。


 その上で、彼女の視界の先で無造作に振り下ろされた戦斧は、大波さえ断ち割っていた。









 乙葉月都と一ノ宮蛍子には類似点が多い。


 端的に言えば、波長が合っている。


 勿論、この事実は月都のみならず第三者も把握しており、厳然とした事実でしかなかった。


 されど蛍子の側は、愚かな雌豚である自分が唯一の人間と崇め奉る月都と同じだなどと恐れ多いと、常々口にしていた。


 建前ではなく本心からの発言ではあったが、それでも蛍子は本心にさえ虚飾を介在させていたのだ。


 そんな折に彼女の元へ怒涛のごとく押し寄せたのは、主の危機と人魚姫に及ばぬ無力な自分という残酷な現実。


 叩きつけられて理解した。偽ったままでは、人魚姫に食らいつくことさえままならないのだと。


 だから蛍子は、自分自身に嘘をつくのをやめた。


 自分と月都は似たもの同士という不敬な現実を受け入れた。


 すると不思議なことに、蛍子の体内にマグマのごとき燃え盛る熱が、どこからか流れ込んで来たのだ。


 ゆえに、今に至る。


「月都お兄ちゃんが蛍お姉ちゃんにかけている首輪、固有魔法【絶対服従】。その繋がりを利用して魔力を引き出す」


 冷静に淡々と、分析結果を述べるローレライは、蛍子の行いを不相応にも程があると嘲った。


 魔人としての格が違う相手から魔力を借り受けたところで、肉体が耐え切れないはずなのだ。本来であれば。


 順当にいけば自壊するだけの自殺行為を、ギリギリ持ちこたえているのは、やはり蛍子の固有魔法が彼女の肉体を強化しているからに他ならないのだろう。


「そこまでして、どうして月都お兄ちゃんにこだわるんだよ」


 ローレライのこの発言は、相当に自分のことを棚に上げていた。


 だとしたところで、言わざるを得なかったのだが。


 よくよく見やると、強大過ぎる力の代価を支払うかのように、蛍子の目からは血の涙が流れ、肉体はひとりでに崩壊と再生を繰り返していたのだから。


 どう考えても尋常ではない。


 しかし狂気に脳を染められた蛍子に、異常をそうであるのだと認識することは不可能。


「二度と奪わせへん。二度と、二度と二度と二度と二度と二度と二度と! 理不尽を許すな。もってくな。奪い返す。おまえを許すわけにはいかへんのや! 死ね! ここで死んでけ――っ!!」


 笑いながら、狂乱して。


 泣きながら、憤怒する。


 どこまでも幼い表情のまま、叫んだ蛍子の崩壊と再生の輪廻に囚われた肉体がたちどころに変質。


 彼女の白磁のごとき肌が、艷やかな獣毛に覆われていく。

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