第9話 人魚姫の実力

 数を一つ一つ確かめるのさえ馬鹿馬鹿しいまでの物量。


 水によって形作られた弾丸を防ぐべく動いたのは、ソフィアだ。


 一歩、皆を守護するかのように前へと進んだ彼女は、前方に向けて右手を掲げる。


 光の壁がドーム状になって、ローレライ以外のこの場にいる全員を覆い尽くし、攻撃を防いだ。


「悪くはないんだよ」


 凡百の魔人であればここで沈む。


 だが、如何な学園最強といえど、この三人を容易に下せるとは考えていなかったらしい。


 ローレライはどこか納得したかのような表情で頷き、水の大剣を構築した。


 弾丸から剣へと攻撃パターンを変えることで、光のドームを破壊せんとの目論見。それでもソフィアは一度のみならず、二度も受け切った。


 ローレライはソフィアがただ愚直に耐えたのではなく、ドームを構成する光の壁に含まれる魔力を、インパクトの瞬間に合わせて即座に変質させていたことを見逃さなかった。


「援護は任せなさい!」


 水の大剣をドームから発射させた閃光の杭で破壊。


 その余波を目くらましに、あずさと蛍子は各々魔導兵装を構えて疾走する。


 左右から挟み撃ちにするかのごとく、鎖と戦斧は、車椅子に腰掛けたままのローレライを捉えた。


「私を守って」


 ローレライの支配領域である海から、水の人形がせり出して来る。


 槍を掲げ持ったソレらは、あずさと蛍子を排除すべく動き出す。


「ふっ――」


「せいやぁぁぁぁぁぁ!!」


 あずさは静かに鎖を操り、蛍子は激しく斧を振りかぶり。水の人形を正面から叩き伏せた。二人が対処し切れない分は、ソフィアの援護射撃が即座に撃破していく。


 そのままの勢いでローレライの間合いに踏み込むも、


「海の中ならどこへでも自由自在なんだよ」


 二人の攻撃は空振りに終わる。


 いつの間にか、ローレライは車椅子ごと別な場所に転移していたのだ。


「なら……っ!」


 何かを思いついたらしきソフィアが、あずさと蛍子に目配せをした後、銃剣から閃光を放つ。


 危なげなく水で構築した盾で衝撃を受け流すものの、


「あれれ?」


 ローレライの右脚に、鎖が一本絡みついているのだ。逃れようと転移を発動させるが、魔力は彼女の命令に応えてはくれない。


「これが白兎あずさの固有魔法【縛めの鎖】……厄介なんだよ」


 ため息混じりに、足の鎖を眺めるローレライが呟いた。


「今がチャンスです!」


 その言葉を受け、蛍子とソフィアが動く。


 本当はあずさも彼女達に加わり、ローレライに攻撃を集中させたい。けれども、あずさは固有魔法でローレライの移動という概念だけを、後方に控えて封じるので精一杯であった。


 しかし、だからこそ絶対にローレライをここから動かしはしないのだと気概を込めて、人魚姫の足に繋がる鎖に限界まで魔力をこめるのだ。


 今まさに、あずさの目の前ではローレライに肉薄した蛍子とソフィアが、彼女を仕留めるべく動き出していた。


 ソフィアが銃剣を突き出し、閃光の奔流がローレライを襲う。


 それを極太に構築された水の鞭によって弾き上げたローレライは、続けて迫り来る戦斧を、同じく水の鞭で迎え撃った。


 月都と同格の魔人相手に深追いは危険だ。一旦仕切り直しとのことで背後に飛んだ蛍子とソフィアが着地したと同時、途端に動きを不自然に止めた。


「お姉ちゃん達が思いついたことを、私が思いつかないわけないじゃない」


 つまらなそうな面持ちで語るローレライとは裏腹に、蛍子とソフィアの表情は焦燥で歪む。


「私が支配する海の上で戦っている。その事実を忘れないで欲しいんだよ」


 ローレライの操る水に足を絡め取られた二人は、不安定な体勢のまま固まってしまった。


 現状からの脱却を試み、蛍子は戦斧を、ソフィアは閃光を足元の水に対して叩きつけることで、縛めを振りほどこうとした。


 ――が。


「いい加減、うざったいかな」


 言葉の通り、鬱陶しいと言わんばかりの態度としかめっ面で、ローレライは首を横に振る。


「あずさの固有魔法が……!?」


 それだけの動作で、ローレライを拘束していたはずのあずさの鎖が、音をたてて砕け散った。


 水面の自由移動を取り戻したローレライは、僅か一瞬の内に蛍子の前に現れる。


 足の縛めを振り解くのに集中していた蛍子は、突如として出現したローレライへの対処が一秒程遅れてしまったのだ。


 その一秒が命取り。


「とりあえず、蛍お姉ちゃんからなんだよ」


 超至近距離。回避する猶予は皆無。戦斧は足元へと振り下ろされる直前。ローレライが手を横に一閃させる動きに合わせ、煌めくのは水の刃。


「かはっ、」


 蛍子の柔らかな腹部は切り裂かれ、血潮がぶちまけられた。淡く透き通った海に濁った赤が混じり合う。


「おやすみなさい。良い夢を」


 それだけに留まらず、刃の衝撃で吹き飛ばされた側に待機していた水のハンマーが、蛍子の全身を打ち砕く。


「蛍ちゃん!」


「蛍子!!」


 あずさが持ち前の身体能力を活かし、再度吹き飛ばされた蛍子を、水の壁に激突するよりも早くキャッチ。ソフィアはそれを邪魔させぬよう、閃光の掃射をローレライに浴びせた。


「さて、次はどっちから潰せばいいんだよ?」


 しかしローレライは水面を滑らかに移動することで回避。魔導兵装を展開させずに魔人三名を相手取っているというのに、傷一つ負ってはいない。


 対してローレライの攻撃を直接、さらには二度もその身に受けた蛍子は、魔人の中でもとりわけ頑丈であるがゆえに即死こそしていなかったが、重傷と呼んでも差し支えはない有様であった。

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