第32話 急募、姉が服を脱ぎ始めた際の対処法
「盲目的に偶像と見做す……か」
別れ際、魔神の指摘した事実を受け止め、月都は母のみならず、今を生きる他の者にも自らの理想を押し付けている傾向にあることを自覚した。
「あずさもそういう風に、見てしまってるんだろうなぁ」
自嘲じみた独白に、魔神はケラケラと笑いながら答える。
「人魚姫のお嬢さんや変態のお嬢さんみたいな、いわゆる同族以外には、その傾向があるみたいだね」
そうして月都は考えた。
どことなく近しいものを感じている蛍子やローレライを省いた、月都にとって親しいと感じられる者達について。
白兔あずさ。地獄から救い出してくれた暗殺者に、独占欲じみた恋心と確固たる憧憬を覚えた。
ソフィア・グラーティア。幼馴染でありかつての許嫁。また心の底から姉と呼び慕う女性を、地獄の最中で第一の希望と見做し、今も尚誇り高く穢れのない女性と考えた。
その上で、朧気な記憶の中に生きる母と似た雰囲気を纏う周防小夜香を、警戒してはいながらも、先輩として好意を抱いていたのだ。
「本当にその通りだ」
今更ながらに納得する。
月都は自らを虐げた女を嫌い、憎んでおきながら、何かと女性に対して理想を持ってしまう、そんな男であったようだ。
所変わって、極東魔導女学園旧学生寮の月都とあずさが暮らす一室で。
打ち上げをしたいと言い残した月都の言葉に従ったあずさ達は、宴の準備を彼の不在の合間に終えていたのだ。
血族審判から休みを挟むことなく乙葉家を殲滅、帰ってみたら既にこの状態であったので、月都は完全に徹夜のそれではあるのだが、今は眠れるような精神状態でなかったのも確かである。これ幸いとばかりに若者らしい馬鹿騒ぎを楽しむ。
「つー君、ねぇ。つー君ってば」
ぼんやりと考え事をしていると、いつもよりも三割増しで馬鹿っぽくなったソフィアが、ぐでんぐでんになって絡んで来る。
姉の側に目を向けると、その顔色は赤らんでおり、どこからどう見ても酔っ払ってることが明らかであった。
「悪い、姉ちゃん。どうかした?」
「大好き、つー君。キスしましょっ」
「お、おう……」
平時のソフィアは理知的な女性だ。姉弟のスキンシップの一環という名目であればないわけではないにせよ、今ここには月都のみならず他の女性も存在する。身体に回ったであろう酒精が彼女の聡明な頭脳を鈍らせ、自制心を皆無にまで追いやっていた。
「あらあら、まぁまぁ。であれば、わたくしもソフィア様の次に接吻をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
ソフィアから反対側に目を向けると、光の無い瞳を細め、たおやかに笑う友人の姿が。
姉とは異なり、蛍子は酔っ払ってはいないようだった。しかしそれも当たり前で、毒を意図して飲み続けた彼女を、アルコールごときにどうこう出来るはずもない。
「キスだけだよな? それくらいなら、酔った勢いで、一応はノーカンな気もするし……」
「勿論、唯一の人間様であられる月都様との接吻は何よりもの褒美でございますが、このまま肉欲に突き動かされるかのごとく、わたくしの服を剥ぎ、滅茶苦茶にしてくださっても一向に構いませんとも!」
「……」
されど悲しいかな、酔っていようがなかろうが、蛍子が変態であることは不変の事実。これを覆すことは不可能なのだ。
「つー君! つー君! つー君!」
どうやら蛍子と月都が会話していることで、放ったらかしにされているのだと、年甲斐もなく拗ねてしまったソフィア。
彼女はムッとした表情のまま、半ば強引に月都の頬にキスをする。
嫌な気分はしないし、むしろ嬉しいのだが、人前だと気まずいことこの上ない。こちらをニコニコと眺める蛍子が素面であれば尚更だ。
「それでは、わたくしからも失礼させて頂きますね」
「……お好きにどうぞ」
そうして蛍子は意気揚々とソフィアに倣って、月都の頬にキスをした。こちらもアリかナシかで言えば断然アリではあるものの、傍らから見上げて来るソフィアの涙目がかなり心苦しくもあった。
「ぐすん……つー君は蛍子みたいに胸の大きな娘がいいのね。分かった、分かったわ。それならそうと、私にも考えがあるんだから」
いったい何を勘違いしたというのか、血迷った挙句、ソフィアはネクタイを解き、シャツのボタンを上から順番に外し出す。
「姉ちゃん!? 落ち着けって!」
「つー君に構ってもらうためには! 脱ぐしかないのよ!」
「極論にも程がある!? 笑ってないでルコも止めろ!!」
「あらあら、まぁまぁ」
ソフィアは酔っ払いの絡み酒、蛍子は止める気など一切ない模様。これまで彼らのやり取りに入って来なかったあずさは、とっくに酔い潰れテーブルの上に突っ伏して就寝中だ。
ツッコミ役は不在。姉の乱心を月都は一人で止める責務を負うことになった。
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